第三話 犬も騒ぐから食事の支度
悪戯好きの妖精は森のキノコに仕込みをする。芳しい香り、焼いて食べると旨味が広がる。だけど食べると気が抜ける。何故かって? 呆けている間に悪さをするためさ。
――狩猟に携わる者に伝わるお伽噺として――
(朝からかなりつかれた……)
だが、まだ、続くかもしれないと思うとリエッタは内心でため息を吐く。
にこやかに送りだしてくれた、森に住む尖耳人の男へひたすら頭を下げつつ、その場を辞去し、森の奥からヤーナの住む小屋に戻ると、老婆はこのあと集落へ顔を出すから付き合ってとリエッタに申し出てきた。
「色々と、そう、色々とね、納める品物があるのよ。もう、いい時期なの。それに、そう、ロミィさんやシェイアちゃんの顔も見たいわ」
ドーナもたまには外に出さないといけないしと、ヤーナは続ける。
リエッタはヤーナに、ドーナが竜人であることを隠す必要はないのかと問いかけるが、集落に住む人達へは周知の事実だと教えられた。
流石に古い竜の血を引いているとまでは教えていないと言うことを聞き安心したしだいだ。
リエッタは小屋の外でヤーナが庭の小さな厩舎から連れ出した、荷運びをさせるロバと共に待ちながら、ずいぶんと大らかな場所に移り住んだのだなあと思うが、集落をまとめる立場の個性的な面々を思い浮かべて、仕方がないかと思い直した。
「まずは、そう、タウルとウィワ夫妻のところによりましょう。タウルへは定期的に目薬と火傷用の軟膏を卸しているのよ」
集落の古参で顔役の夫妻には、越してきてからリエッタも家族共々お世話になっている。
髭小人と普人の半血である鍛冶師、ウィワの夫、タウル。巻毛人と普人の半血になる裁縫師かつ集落の食堂の料理人、タウルの妻、ウィワ。二人は各々の職業をこなしつつ、宿屋も営んでいる。
まあ、あまり泊まりに来る客はいないので稼ぎの無い副業的な感じになっている。
他愛もない話をしているうちに、集落へと着く。他の集落よりも若干粗末な木造の小屋が点在する、住む住人もまだ数少ない小さな共同体が『端の集落』と呼ばれる、リエッタ達家族が移り住んだ場所だ。
国境沿いにあり人里からそれなりに離れ、未開地域かつ人跡未踏と言われる断崖山脈の麓へ広がる奥深い森の端にあるところからも付いたともいわれている。中央付近では余り知られていない集落の一つである。
それなりに早い頃からヤーナを尋ねはしたが、色々とこなしているうちに日は昇り、集落の住人も活動を始めている。
「さあ、着いたわ。ここまでありがとう、リエッタさん。あとで、そう、また、顔をだすから先に戻ってて」
「ここまで来たなら、ついでにもう少し付き合うわよ」
ヤーナは、あら、そうと微笑み、ドーナの手を引き他の小屋と違い、土壁を設えた食堂兼宿屋の中へと入っていく。
朝食の頃は終わり、昼にはまだ早いためか、石を敷きつめた床の上に木の机が点在する食堂の中は人がいなく閑散としていた。
「御免ください。森の奥から薬草婆のヤーナが参りました。誰かいらっしゃる」
ヤーナは食堂の受付から奥に声をかける。そうこうしないうちにドタバタと音がして、繕いの多いシフトドレスを、なめした皮のボディスでまとめた恰幅のいい、両腕に毛を生やした女性が慌てた様子で姿を現す。
「あらあら、ウィワ、お久しぶり。そう、タウルにいつもの薬を持ってきたわ」
手さげの袋から薬を入れた包みを取り出し、受付の長机に置く。中身を見るもなくウィワは、長机へ両手をつき、ヤーナに鼻息荒く顔を近づける。
「ちょうど、いいところに来てくれたよ! ヤーナの婆様! うちの旦那の様子がおかしいんだよ! すぐに見ておくれ!」
ウィワは、返答を待つ間もなく、あらあら、まあまあと言うだけのヤーナの腕をつかみ食堂の奥へと連れて行ってしまう。
あとに残され呆気に取られていたリエッタは、表情も変えずに、ぼぉとっ立っていたドーナに気付き、若干引きつり気味の笑顔で「一緒に行こうか」と問いかけ、肯定ととれる頷きを見てヤーナが連れていかれた奥の間へと足を進めた。
「今朝起きてからずぅーっと、こんな感じになっちまたんだよ! ヤーナ婆さん! なにかわからないかい!?」
ウィワはヤーナに向けてわめくように問いかけている。隣には椅子に座る中背だが筋骨隆々の髭面の男が、焦点の合わない目を上に向け、ボゥと座っている。
「ありゃ、タウルさん本当におかしいみたい」
鍛冶師のタウルは仕事をしているとき以外は、見た目通り、がさつで、年がら年中ガハハと笑っている明るい男だ。
だが、髭人族の血をひいているだけのこともあり鍛冶師としての腕はいい。
ヤーナはウィワの大きい声を、はいはい、そうねと聞き流しながら、タウルの瞼を開けて目を見たり、口を開けて中をのぞいてみたりしている。
「幾番目の前からおかしな感じをさせてはいたんだよぉ。それが、今朝になったらこんな風にまでなっちまって……」
ウィワは顔を両手で覆い、いったいどうしたんだよぉと、タウルの様子を嘆く。
タウルは生気の抜けた様子で、ヤーナの診察も何も感じないかのようで、されるがままに受けている。
「……ヤーナさん、まさか、怪異が憑りついたのでは」
リエッタはタウルの尋常ならざる様子に怪異か何かがとりついたのではと予想をたてる。
(この辺りに潜んでいそうな、生体に獲りつく怪異というと、森に潜む悪霊ズロイ・ドゥス・ダソス、ずるがしこい動物霊のリシッツァ・シャバハ、でもリシッツァが獲りついた場合は気狂いみたいに騒ぎたてるはず)
リエッタはあごに手を当てて、タウルに憑りついていそうな怪異を頭に浮かべ、ヤーナへと進言をしようとする。が、その前にヤーナがウィワへと質問を始める。
「そう、そうねえ、タウルは最近、森の方にいったことはないかしら」
ヤーナの質問にウィワは腕を組み首を傾げて、眉間にしわを寄せて思い出し
「そ、そうだねえ、そういえば少し前に鍛冶用の材料を採りに森へ行ったかね。だけど、暗くなる前には戻っていたねえ」
リエッタが心配するような怪異が姿を現す前には戻ったとはずだと伝え、ウィワはヤーナの顔を見る。
「そう。それと、タウルは最近、夕飯とお酒を飲む量が少し減っていなかったかしら」
意味の分からないヤーナの質問にウィワは、んーとうなりながらも、そう言えばと返し、心配そうな顔でタウルとヤーナの顔を見比べる。
「ヤーナ婆さん、リエッタちゃんの言う通り、質の悪い怪異が憑りついたのかい? それとも、何かの病気なのかい?」
この人に逝かれたらどうすりゃあいいんだよぉと、ウィワはへたり込み、顔を両手で覆い、その場でオイオイと泣き始める。
リエッタはウィワの肩に手をかけ、大きな背をさする。いつもは気丈で切符のいい、ウィワの弱気な姿を見ていると胸が締め付けられる。
ヤーナはいつものような穏やかな微笑みの中に少しだけ困ったような様子を浮かべてウィワの疑問に答えをつづけた。
「タウルの、そう、眼球の裏の血管が多くなっているの。そして、息に少し独特な臭気混じっていたわ。脈や呼吸の乱れは感じない。多分、これ、妖精キノコを食べたのよ。しかも、お酒の肴に」
ヤーナはそう言うと、肩から下げていたカバンから小瓶を取り出して蓋をとり、そっとタウルの鼻に近づける。
「う、うわ! く、くっせえ! なんだあ?!」
瞬時にして、タウルは目を覚ましたかのように大声を上げる。声を聞いたウィワとリエッタは大口を開けてタウルの様子を驚きの目で見る。
「お、おい、なにしやがる……ん、ヤーナの婆さまじゃあねえか。一体、いつ来たんだ?」
タウルは今までのことを気づいていないようでヤーナの姿を見て、首を傾げる。そして、床にへたり込むウィワの様子を見てさらに首を傾げてしまう。
「お前、なにそんなところに座ってるんだ。おや、リエッタ嬢ちゃんもいたのか。おお、ドーナもいつの間に……」
タゥルはウィワの様子に心配するそぶりも見せず、鼻から息を出し、おちょくるような声をかけつつ、周囲に見知った顔を見つけ不思議そうな表情を浮かべる。
「タウル、そう、森でキノコを採るのは構わないわ。でも、あまり知らない物を口にするのはよくないのよ。そう、猛毒を持つものもあるから」
ヤーナは少し困った顔をタウルに向けて、幼子へ教えるように優しく諭す。
「んん? ヤーナの婆様、よく俺がキノコ食べたの知っているな。森のそばでたまたま見かけてよ、いい匂いさせていたから、こっそり焼いて食っちまった。これが、酒に合うのなんの」
タウルはそういうとガハハと笑う。後ろで、ゆらりと立ち上がるウィワの様子に気付くこともなく。
「貴方の食べたのは妖精キノコ。貴方の言う通り、芳しい香りのお酒にあう味のキノコ。強い毒性はないけど、少しずつやる気をなくす作用があるから常食するものではないのよ。まだ、毒気は抜けてないから、いつもの目薬と火傷用の軟膏と合わせて、これ、そう、毒消しの丸薬も渡しておくから、毎食後に1つずつ飲んで。あと、この刃物、次来る時までに砥いでおいてちょうだいな」
じゃあ、行きましょうと、言うことだけ言って、リエッタに声をかけ、ドーナの手を取りそそくさと奥の間から出ていく。
「おいおい、婆様どうしたんだい。ゆっくりしていけよ。何を珍しくそんなに慌てて……」
タウルはヤーナ達を止めようとするが、後ろで麺棒を振りかざす鬼のようなウィワに気付き、何かを感じ取り悲鳴を上げた。
「よかったの、あれ、放っておいて」
リエッタはヤーナ達と共に建物の外に出て、中から聞こえてくる悲鳴と怒号に呆れた表情を浮かべ、ヤーナに問いかける。
「あらあら、しかたないのよ。そう、夫婦ゲンカは犬も食べないっていうじゃない」
そういうものかとリエッタは思い、陽が高くなりそろそろ昼食にも近いころだと思い、ヤーナを迎えるならついでに、今朝のお返しで一緒に食事をとろうと誘うのであった。




