ですよねぇ。結局物事の根底にあるのは人の欲望のようです
「あのマスタード。これって」
「んっ? もちろん修行にきまってるじゃないか?」
私は外に置かれたベンチに腰掛けながらマスタードとお茶の最中だ。
度々起こる強風で、建物の扉はギシギシと音を上げている。
私の視線の先ではポチと黒い人とが悟◯vsベジ◯タ並の熱い戦いを繰り広げているのだが。
「ほら、俺らに力なんてないだろ? アルメを鍛えるのが修行ってね」
「はぁ」
決して間違った事を言っているわけではないのだが、釈然としない。
ポチが傷つくのは嫌なんだが、見てる限り楽しそうに戦ってるし。それに私が止めに入れば木っ端微塵にされそうな戦いだ。
「シズータのアルメ強いねぇ。俺のアルメも鍛えてるのに遜色ないもの。まるで天下一武◯会を見てるみたいだ」
「マスタードはドラゴ◯ボール知ってるんですか?」
私が思い描いた場面とは違うが、マスタードも同じ事を思っていた事にビックリした。
マスタードとはおそらく30くらい歳が離れてるはずだ。
「知ってるよ。って言っても話の途中で異世界転生しちゃったけどね。俺は昭和63年に異世界転生したけど、シズータは?」
「私は令和元年ですよ」
「えっ!? なにそれ令和って?」
「昭和が終わってから平成が始まって、その次の元号が令和なんです」
「うわっ。平成って聞いた時もビックリしたけど……すげぇショック。時代は進んでるんだね」
私はギリギリ昭和生まれなのだが、これが異世界転生風ジェネレーションギャップなのかもしれない。
その後ド◯ゴンボールの最終話までの解説と続編がある事を教えてあげたら「◯空が宇宙人? 子供もいる?」と頭を抱えていた。そりゃ解説だけだと突拍子もない話に聞こえるだろう。
その間もポチと黒い人との戦闘は行われていたが、一際大きな爆発音が聞こえたかと思うと急に静かになった。
決着がついたのだ。
ムクリと起き上がったのは小柄な体躯。勝ったのはポチだった。
マスタードはポンと私の肩を叩くと「これで修行は終わりだ。どこに行っても恥ずかしくないビッテの騎士になったな」と寂しそうに言った。
いや、まだ修行1日目なんですが。
夕食時、改めてマスタードは修行は終わりだと宣言した。
私はポカンとしたのだが、どうやら家に帰れる訳ではないらしい。
ポチ自体の強さに問題はないので修行は終わり。でもこれからはビッテの騎士見習いとして、マスタードについて各地を回る実務に移行するらしい。
騎士の卵から見習いに1日で昇格なんて前代未聞だと語っていたが、私には実感が湧かなかった。
ポチがすごいだけだしね。
見習い昇格のお祝いとしてマスタードと同じ黒いローブを渡された。これがビッテの騎士の正装だそうだ。
なんでも黒い人との相性が良くなるとかならないとか。
着ると自分がそれなりの者になった気がするのは不思議だ。
こうして私の修行は1日で終了した。
→→→→→
翌日からはマスタードと一緒に各地を回り始める。
いろんな場所に立ち寄る度に思うのは、いかに自分が井の中の蛙だったかだ。
小さな集落で育った私にとって残酷な現実ともいえよう。
当然といわれれば当然なのだが、異世界にも街があり国があった。
江戸時代の庶民なんて揶揄った事もあったが、街は人で溢れ賑わっていた。
さすがに電気や機械などの科学を思わせる文明はなかったが、道は整い木造の家は土台からしっかり組み上げられている。色んな商品が売られ、人々が着ている服装も段違いに煌びやかでオシャレだった。
まさに私は田舎者だったわけだ。
打ちひしがれた私だったが、マスタードのフォローもあり心折れずになんとか実務へと入っていった。
マスタードに他のビッテの騎士を紹介されたり、街から依頼を受けたり。例えば大型の狼が大量繁殖したと知らせを受けると駆除に向かった。
初めてマスタードの戦闘シーンを見たのもこの時だ。
辺り一面の狼に囲まれてもマスタードは怯む事なく突き進む。
襲いかかる狼はマスタードに触れる事なく弾き飛ばされていくわけだ。
もちろん黒い人がぶん殴ってるんだけどね。
そりゃあ黒い人が見えない人には格好良く映って仕方ないだろう。
黒い人が石を投げれば、あたかも念動力で動かしてるように見えるし、マスタードに近づく狼が弾き飛ばされる光景は無敵のバリアでも張っているようだ。
真実さえ知らなければ私も憧れたかもしれない。
→→→→→→
実務に乗り出し1年も経った頃、私は初めて極悪面に落ちた騎士と出会った。
街から離れた岩場に立つ男の横には、くすんだ白い色したアルメがいる。一目で違いが分かるなんて、設定投げやり過ぎだろう。
普通、色が逆だろ? とツッコミを入れたかったのだが、いつになく真面目な表情のマスタードは手で下がっていろと私を制した。
私とポチが大きく後ろに下がると、それが合図かのように白と黒がぶつかり合う。
それは僅か10秒程の呆気ない戦いだった。相手の白い人は黒い人になす術もなく殴り飛ばされ、蹴飛ばされる。
マスタードのアルメがマウントをとったかと思うと、その野太い腕がボディを貫く。
パシュッと、サイレンサー付きの銃の音が鳴り響いたかと思うと、白い人は弾けて消えてしまった。
アルメが消滅したのだ。
マスタードは極悪面の騎士に近づき何かを話している。何を喋っているのかは聞こえない。
騎士は抵抗することなく、むしろ憑物が落ちたように何度も頭を下げていた。
わざわざ極悪面の騎士を街まで送り届けた後、私はマスタードに疑問をぶつけてみた。
「あの騎士、解放して良かったんですか?」
「あぁ、問題ない。今の彼は正常だよ。アルメがいなくなった、ただの人間だ」
今までは漠然と極悪面=悪なんだと理解していたのだが、今日の事を振り返ると何やら違和感を感じたのだ。
街中で暴れるなど、分かりやすい悪事をしていた訳ではない。
むしろ人気の無いあんな岩場にいたのだ。
隠れていたのかもしれないが、どうもそんな感じでもなかった。
まるでマスタードを待っていたかのような、そんな表情さえ感じ取れたのだ。
「君にはちゃんと暗黒……極悪面について教えてなかったね。どこから話すべきか……」
マスタードは少し遠い目をしながら語り出した。
「人には欲がある。もちろん俺にだって、君にだってある。俺がよく君に言うことは覚えてるよね?」
『ビッテの騎士は恋愛禁止』
どこぞのアイドル事務所かと勘違いするほどに、マスタードが口酸っぱく言っている言葉だ。
「ぶっちゃけちゃうとね、アルメは特に不純異性交遊に敏感なんだ。俺は女神の呪いって思ってる」
「――はぁっ?」
マスタードの言っている意味が分からない。
「聞かなくても当たってると思うけど、君が育った集落には同年代の女の子なんて居なかっただろ? 実はみんなそうなんだ」
なんでも異世界転生してきた人はみんな小さな集落生まれ。
しかも必ず歳の近い異性(みんな男だから女)が集落にはいない。
ビッテマスターになって 10年ほど経ってから気づいたそうだが、偶然としては出来過ぎなくらい全員に当てはまったらしい。
そしてアルメ。
集落を出てようやく出会いがあったとしても、いわゆる異性といい感じになると暴走するそうだ。
例えば女性といい感じな雰囲気になれば、アルメが周りの備品を壊してまわる。
せめて娼館にでもと向かえば、アルメが娼館の前に立ち塞がる。
人に危害を加える事はないが、その状況をことごとく潰してしまう。
ある意味鉄壁の貞操帯。
私は頭から血の気が引くのを感じていた。
そりゃポチが同じ行動をするかなんて分からない。
だが、マスタードも冗談でこんな話はしないだろう。
一生童貞。
マジか……。
確かに街に出る度にマスタードはモテモテなのに、女っ気がないのは気になっていた。
「つまり極悪面ってのは、積み重なった欲望(性欲)がアルメを白く塗りつぶし制御不能になった状況なんだ。白くなっちまうと視線が女に向いただけで周りのものを壊しちまう」
あぁ、本質がカッコ悪い。
極悪面のアルメも人に危害は与えられないそうだが、周りの人から見れば周囲の物を破壊していく極悪な奴と見られるのだろう。
そりゃあ器物破損も多大な迷惑だとは思うが、てっきり極悪面とは人に直接危害を与えるような存在なんだと思ってしまっていた。
だからあの騎士は人里離れてボッチでいたのか。
むしろ可哀想になってきた。
マスタードに頭を下げてた気持ちも分かる。
「馬鹿馬鹿しい話にきこえるだろ? だが、アルメが純白になっちまうと本当に危険なんだ。先代が見ただけで俺は見た事はないが、人にさえ攻撃する危険極まりない存在になっちまうらしい」
また一つ嫌な真実を知った私だったが、その時はマスタードに異変が始まっていた事に気付いていなかった。
→→→→→
更に2年が過ぎたころ、それは唐突に訪れた。
ビッテの騎士の認定を受け、マスタードの代わりに私が依頼に出向くことが多くなった頃だ。
マスタードの所へ依頼の報告に戻ると彼は外で待っていた。
――純白の人を隣に立たせて。
「くくくっ、これが極悪面の力か。素晴らしい。これで俺は無敵だ」
マスタードの白い人がポチに襲いかかる。
ポチはガードしたが、その衝撃によって私は吹き飛ばされそうになってしまう。ポチが支えてくれなかったら危ない所だった。
「マスタード! な、なんで?」
「許せなかったんだよ。君はどんどん強くなっていく。この世界で最強は俺なんだ! すでに俺のアルメは人に攻撃出来る。死にたくなければ足掻いてみせろ!」
「……マスタード、どうして。」
マスタードは殺る気だ。
私は迷いを振り切りポチに小さく呟いた。
「ポチ……頼む」
ポチは私の思いに同調するかのように身体を震わせると、マスタードの白いアルメへと飛びかかった。
それは激戦だった。
既にポチはマスタードのアルメより遥かに強かったはずなのに、その戦いは互角だった。
何度も何度もお互いを弾き飛ばし、再び激突する。
お互いの動きが鈍り、おそらく最後の一撃があいまみえる瞬間ーーマスタードの白いアルメは動きが止まりポチの渾身の一撃を受けたのだった。
「俺の負けだ……。極悪面に落ちた者への対処は覚えているだろ? さぁ、俺のアルメにトドメを刺すんだ」
マスタードはそばまで来るとそっと私の肩に手を置いた。まるでこうなる事を望んでいた様な優しい顔で。
もしかして私への最後の教えのつもりだったのか?
「……まだ貴方に教えて欲しい事が山ほどあったのに」
「君はもう一人前だよ。老兵は去るのみ……だ」
私は鼻の奥からツンと込み上げる痛みと涙を堪えてポチの方を向いた。
「ポチ……トドメを」
私の感情を理解したのか、ポチはやり切れないようにマスタードのアルメに拳を振り落とした。
一際強い風を感じたあと、ポチの拳の先には何も無くなっていた。
ポチは地面に拳を突き立てたまま動かずにいる。
マスタードと出会って3年。
ずっと一緒にいた仲間だった。
堪えていたはずの涙が止めどなく流れる。
私は抑え切れずに泣きじゃくった。
マスタードはそんな私を優しく抱きしめ、
「嫌な役目をさせてすまなかったな。でもこれで君も一人前だ。もう俺が居なくても立派にやっていける」
と声をかける。
――実に嬉しそうに。
「さっ、これで俺は引退だ。シズータ、今日から君がビッテマスターさ。この世界の平和は頼んだよ!」
涙を忘れて顔を上げると、そこには満面の笑みのマスタード。
いや、もうマスターではないからドライモンか。
私は理解した。
奴のあの清々しい笑顔。肩の荷が降りたからではない。アルメから開放されて、ようやく性欲解禁になった喜びだ。
まんまと騙されたのだ。
力を失ったとはいえ。ドライモンには実績がある。
ハーレムを作る事だって簡単だろう。
くそっ。ポチに攻撃させて捻り潰したいほどにムカつく顔だ。
「そんな顔するなって。20年以上ビッテマスターを続けて、やっと俺のアルメを倒せる弟子に巡り会ったんだぞ」
「ーー!?」
そういう事だったのか!?
ビッテマスターがビッテの卵を保護していく理由。
それは善意からくるものじゃなかったんだ。
自分を倒せる、いや女神の呪いを解除出来る存在を探す為だったんだ!
つまり私もまた自分を倒せる異世界転生人を探さなきゃ性欲解除は出来ないって事だ。
チラリとポチを見る。
家族よりも繋がりのあるポチ。
私の分身。
童貞かポチか……。
私はそのまま項垂れるのであった。
→→→→→
こうして私はビッテマスターになった。
風の噂でドライモンが結婚したと耳にした。彼はようやく幸せを手に入れたのだ。
今はもう恨んじゃいない。出会ってから3年間も決行を待ってくれたのは、確実にポチが勝てるようにという思いだけでなく、彼なりにビッテマスターのケジメとして私に全てを教えたのだろう。
一刻も早く解放されたい思いを我慢してくれたのだと……そう信じたい。きっと彼は彼なりに苦しんだのだろうと。
そもそも元凶はーー女神(悪魔の化身)!
『美味い話には裏がある』なんて格言があるが、怒りの持って行き場はそこにしかないのだ。
私にはまだポチを消す事なんて考えられないが、いずれは極悪面に落ちる日が来るのかもしれない。
防災ではないが、いつか来るかもしれない日の為に備えなければいけない。同じ異世界転生した人を見つけておくべきなのだろう。
うん。それがビッテマスターの仕事だから仕方ないよね?
私はまだ見ぬ次代の『世界最強』に思いを馳せながら、いつかあの女神にグーパンしてやると心に誓うのだった。
【登場人物紹介】
シズータ……後に歴代最強のビッテマスターと語り継がれる。だが彼がいつ引退したかを知る者はいない。
ド・ライモン……20歳年下の妻を娶る。7人の子沢山パパ。王都で八百屋を始めたらしい。
ジャイオ&スネアン&集落の人々……ビッテマスター排出の地として村おこしに成功。後にシズータの町として栄えていく。
ノヒカ……本作のヒロイン。ポチの中身なのは内緒。
女神……今も不幸にあった地球人をスカウトしている。お気に入りの化粧品は日本製らしい。