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「あなたは何者ですか?」と分かっていながら聞くのもなんだが、外れていたら恥ずかしいので許して欲しい





 その日は朝から村の雰囲気が浮き足立っているのを感じていた。


 集落には2ヶ月に1度の頻度で行商人が色々な品物を売りに来るのだが、その時以上にみんながソワソワしている。


 私が注意深く辺りを見渡していると、顔を赤く上気させて駆け寄ってくる奴がいた。


「シズータ、聞いたか? ヤベェ、本当にヤベェよな?」


「お、落ち着けジャイオ。ヤバいのは今のお前だ。一体どうしたんだ?」


 鼻息荒く、目をキラキラさせながら私の両肩を激しく揺すってくる。


 私の危機と思ったのか、ポチが身構えた程だ。


 ジャイオは大袈裟に深呼吸すると、嬉しそうにまくし立てる。


「なんだよ。聞いてないのかよ。ビッテマスターだよ。あのビッテマスターだよ! あぁ、ヤベェ。俺、もしもビッテの卵に認定されたらどうしよう。いや、ほら、シズータが1番可能性が高いのは分かってるけどさ、俺にも可能性はある訳じゃん。あー、ヤベェ。どうしよう」


 相変わらずヤベェの連発だが、なんとなくジャイオの言っている意味の想像がついた。


 想像がついたというか、御伽噺を思い出したというべきか。




 ――ビッテマスター


 ビッテの騎士を司る偉い人だ。


 各地を放浪し、アルメを使うことの出来る人間を見つけるとビッテの卵と認定して連れ帰り、鍛えてくれる。


 訓練を終えた者はビッテの騎士の称号を得るって話だ。


 推測とは言えビッテの騎士の核心を知る私にとっては会いたくない人間だ。だって一目でバレるから。私はポチと楽しくのんびり生活していく事が幸せなのであって、今更チヤホヤされたり無双したりなど興味が無いのだ。


 まぁ、ちょっとはモテたいとは思うがそれはそれ。別に目立たない人生でも幸せになれると悟りを開いている今日この頃だ。




 ビッテマスターとやらが通り過ぎるまでは一歩も家からは出まいと心に固く誓ったのだが、世の中そんなに甘くないらしい。


 すぐさま家に引きこもった私を、両親が「一緒に外に出なさい」と催促してくる。


 ちょっとお腹が痛いと仮病を使うのだが、さすがは私を育てたお方。そんな嘘などお見通しのようだ。


 どうやら両親は何があっても私をビッテマスターに見せたいらしい。


 この世界では子供がビッテの卵に認定されれば凄い栄誉なのだとか。


 もちろん親のエゴもあるだろうが、普段から独りごちる私に思うところがあるのだろう。


 もしかしたら何気にポチが私を護った場面を目撃していたのかもしれない。


 転生しようがポチがいようが身体は子供。両親に引き摺られながら外へと連れ出されるのであった。


 私はせめてもの足掻きとして、ポチに『お座り、待て』と仕草で示したのでついてくる事はないだろう。


 だからもしポチを見て判断するようならばセーフなはずだ。







 →→


 すでに集落の全員が広場に集っていた。


 小さな集落とはいえ、その数は100人近い。


 私が目立たないように下を向いていると、一際大きなどよめきが起きる。


 ビッテマスターが来たのだろう。


 周りからは「ビッテマスター様だ!」「凛々しい!」などと興奮した声が聞こえてくるが、私は背中に嫌な汗をかいていた。


 だが早く通り過ぎてくれと願っていたにもかかわらず、好奇心というものは抑えがきかない。


 一目見るくらいは大丈夫だろうと顔を上げたのが間違いだった。


 ――目の前にポチがいた。


 いや、ポチの2倍ほどの大きさの黒い人だ。


 不意を突かれた私は、思わず「あびゃぁ」と意味不明な言葉を発してしまった。


 広場の真ん中に佇む黒いローブを纏った中年の男と目が合うと、実にいやらしく微笑みかけてくる。


 分かっている。


 他の人に見えないはずの黒い人に、反応した私が負けたのだ。


 男はゆっくりとこちらに近づいて来ると、私の肩に手を置いた。


 周りからの歓声が大きく上がる。


「ヤベェ! やっぱりシズータかよ! ヤベェ、俺、ビッテの騎士の友達だったんだ」


「うちの息子が本当に!?」


 ジャイオはヤベェと叫びだし、両親は狂喜している。


 顔面蒼白なのは私だけだろう。


「お主にはアルメの加護が宿っておる。一緒に来るがよい」


「――お断りします」


 私の発言にあれだけ騒がしかった声が一瞬でなりをひそめる。「何言ってんのコイツ?」と突き刺さる視線が痛い。


 両親は慌てたように「す、すいません、息子はよく分かってないので。ささっ、どうぞどうぞ、お連れになって下さい」と生贄のように私を押し出した。


 はぁ、両親に手放された以上私の取れる道がほとんどないじゃないか。


 冷や汗をダラダラと流しながらそれでもなんとか逃げ場を探す私に、男は不意に顔を近づけ耳打ちしてきた。


「大丈夫だって。君も地球……ってか日本出身だろ? まぁ、不安かも知れないけど悪いようにはしないって」


 先程とは打って変わった言葉遣い。再び中年と視線が絡むと、男は優しく笑った。


 私はこれまでかと諦め、「少し荷物を取りに行かせて下さい」と言って家に戻った。


 今思えばこの時こそ逃げるチャンスだったのだろうが、後の祭りだ。


 家に着いても持っていく荷物などない。2、3枚程度の服くらいなものだ。


 もちろん目的はポチ。


 大人しくお座りで待っていたポチに「おいでポチ。今からちょっと旅する事になったんだ」と優しく抱きついた。


 ポチはよく分かってない感だったが、優しく抱き返してくれた。


 心配なのはポチとあの黒い人が仲良くやれるかだ。もしポチに危害を加えそうなら死ぬ気で逃げよう。






 集落の入り口ではビッテマスターや黒い人が待っていた。両親や兄、弟、ジャイオやスネアン、その他大勢が見送りに来てくれている。


 彼らは集落の英雄だと言わんばかりの熱視線を送ってくるのだ。


 ビッテマスターはチラリとポチに一瞥をくれると私の頭に手を置いた。


「ワシが責任持って育てる故、心配なさるな。一人前のビッテの騎士に育てよう」


 本当なら私も笑顔で「一人前になって帰ってきます!」と別れの言葉を言うべきなのだろうが、そんな気分ではない。


 両親やみんなとの温度差がうらめしい。


 それでも育てて貰った恩もあるし、まがりなりにも肉親だ。


「今までありがとうございました」


 とお辞儀すると、満面の笑みで「頑張ってこい!」と言われた。


「シズータ兄、どっか行っちゃうの?」


 と泣きそうな弟だけが私の味方だ。


 釈然としないままビッテマスターの後ろを歩きだす。


 後ろからは「頑張れよ!」と声援をかけられたが、嬉しくはない。


 普通こんな別れは感動的なはずだよなぁ、と思いながら私は空を見上げると、憎たらしいほどに澄み渡っていた。








 →→→→


 集落からどれくらい歩いただろうか?


 20分程は歩いたとは思うのだが、ビッテマスターはただただ前を歩くだけだ。


 そりゃあ、車はおろか自転車だって無い世界だけどね。まがりなりにもこの世界の憧れの存在が徒歩って格好つかないと思う。


 せめて馬とか。


 そんな私の思いを感じ取ったのかビッテマスターは足を止め、クルリとこちらを向いた。


「もう大丈夫かな? よしっ。さっ、乗って乗って」


 そう言うと黒い人の背中に飛び乗った。


 いわゆるおんぶってやつだ。


 まさか私にそのおんぶに乗っかれというのだろうか? ブレーメンの音楽隊になれというのだろうか?


 ビッテマスターは私の難しい顔に得心したのか、苦笑いすると「君のアルメに乗れって事だよ」とポチを指差した。


 まぁ、ポチにおぶさるのはやぶさかでは無いが、私の方が体格は大きいのだ。


 ポチに目をやると、キョトン(多分)としつつも、隣を見て乗れと背中を向けてくる。


「ポチごめんな」


 柔らかい感触を感じると、グッと持ち上げられる。


 私をおぶることなど苦もないようだ。


「いいかい。俺の後について来るように命令するんだ」


 命令という言葉にイラっとしたが、仕方なく「ポチ、後をついてってくれるかい」と頼んだ。


 ポチが頷くと、ビッテマスターを乗せた黒い人は凄いスピードで走り出す。


 そしてポチもまた負けじと後を駆け出した。


 はっきりいって私は黒い人やポチを見誤っていたのだろう。


 風を切るとはこの事だ。


 バイクを乗っているように景色が後ろへと流れていく。


 きっと周りから見れば、異様な光景なんだろう。


 ポチが見えなければ、おかしな格好で宙に浮いたまま高速移動している私。顔は風圧で潰れて人様に見せれるものではないだろう。





 ポチにおぶさってから2時間くらいだろうか。優しくポチが走ってくれていたとはいえ、内蔵をシェイクされ車酔いならぬポチ酔いした私は石で作られた建物に入っていた。


 おそらくはビッテマスターの家なのだろう。


 フラフラと吐き気を抑えながら横になると、すかさずポチが膝枕をしてくれる。


 ポチは優しいなぁ。


「あっ、酔っちゃった? 仕方ないなぁ。ご飯食べられそう?」


「いや、今はいいです」


「じゃあ、お腹に優しいスープぐらい作っておくね」


 そう言うと奥に行ってしまうビッテマスター。


 気の緩んだ私はポチの膝枕の上でそのまま瞼を閉じるのだった。







 →→→


 パチリと目が覚めると、私はまだポチに膝枕をされていた。


「おっ、起きたかい? スープ温めるよ」


 そう言って黒い人に指示を出すビッテマスター。


 私は起き上がると彼の相向かいの椅子へと腰掛けた。


「じゃあ、改めて自己紹介からかな。俺はビッテマスターのド・ライモン。これからはマスターと呼んでくれ。君の名前は、えっと、シータだっけ?」


「シズータです」


 この人集落ではキャラ作ってたんだな。なんとも砕けた語り口だ。


「あぁ、ごめんごめん。シズータね。とりあえず質問がたっぷりあるだろうから、それから聞こうかな」


 黒い人は湯気の立つスープを私とマスター・ドに手渡した。


 ズズズとすするとオニオンスープのような懐かしい味がした。家の塩味スープとは出来が違う。こういった味付けから見る限り、やはりこの人は日本から異世界転生してきたのだと実感した。



「マスタード。あなたは何者なんですか?」


「マスター・ドね。言っただろ? 君と同じように地球から異世界転生してきた元日本人さ」


「ドライモン。なんでこんな事してるんですか?」


「ド・ライモンね。君ワザと言ってるだろ? まぁ、いい。理由は特にないさ。強いて言うなら俺も君と同じように前ビッテマスターに拾われて、なんとなく同じ事をしているだけさ。というより君もビッテやアルメの事はよく分かってないだろ?」


 確かに思わず聞いてしまったが、ビッテの騎士の事なんて御伽話でしか知らない。


「じゃあマスタード、教えてくれますか?」


「あー、うん。もうマスタードでいいよ。ビッテの騎士の正体が異世界転生した人ってのは想像がつくだろ?」


 曰く、黒い人(以下アルメ)を持つ人はマスタードの知る限り元日本人らしい。


 彼自身この世界で50人ぐらいと遭遇しているらしい。


 しかも全て男性なのだそうだ。


 マスタードの仮説によれば、あの女神(独身)に『最強の力』や『チートな能力』を求めた人間がこの世界に飛ばされているんではないだろうか、とのことだ。


 女性の場合『悪徳令嬢』や『白馬の王子様』的な恋愛モノへの要求で、違う世界に転生しているのではないだろうか、と。


 もちろんマスタードの推測でしかないのだが、彼の出会った元日本人はすべからず『力』を要求していたそうだ。


「ほら、そんなアホ丸出しの要求をする連中だろ? 悪い事を考える奴の方が多いのさ」


 アホ丸出しの要求を否定は出来ない。まぁ、ほら、若かったからと今は10歳の私が言ってみる。


「言っても聞かない連中も多いけどさ、一応最初にガツンと言う存在も必要かなって。俺がビッテマスターなんてやってるのはそんな理由だよ」


 ふむ。分かるような、分からないような。まぁ、きっとマスタードは善人なんだろう。


 そして話はアルメの事に。


 恐ろしい身体能力を持つアルメだが、人に攻撃することだけは出来ないそうだ。


 何をもって判別しているかは分からないが、例えば夜盗に襲われても攻撃は出来ない。


 だが身に危険が及ぶ攻撃は防御してくれるし、威嚇程度の事は可能だそうだ。


 その線引きは自分の経験で覚えるしかないと教えてくれた。


「明日からはしばらくアルメの訓練や、俺の知る限りのこの世界の知識を教えてやるさ」


 マスタードは続いて「好きなところで寝ていいよ。おやすみ」と言って奥に行ってしまった。


 彼の情報は有意義なものになりそうな気はしてる。が、「えっ? 残り一話なのに修行編とかあるの?」と思う私だった。






【登場人物紹介】


ド・ライモン……ビッテの騎士の偉い人。40歳のオッさん。日々、ビッテの卵を探しに放浪している。前世は八百屋の店長。彼が主人公の番外編は予定されていない。


シズータの両親……2人は幼馴染みだという羨ましい話だが、小さな集落では皆幼馴染み通して結婚するのが当たり前。本当は女の子が欲しかったのだが、3人目が男の子だったので以降子作りは中止。しかしシズータが出て行った事で再チャレンジを狙っている。尚この世界の幼児の致死率は低いらしいので子沢山の家庭は少ないらしい。


シズータの兄弟……兄は山に山菜取りに、弟は畑に水やりに出かける日々。兄はシズータを気味悪がっていたが、弟は懐いていた。すでに兄弟揃って結婚相手が幼馴染みと決まっている幸せ者。しかし選択権はない。


ノヒカ……残り一話、間に合うか!

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― 新着の感想 ―
[一言] シズータが実は女の子かもと思ってたけど違った。
[良い点] なんか、いろいろと……あと1話で間に合うのか!……ですねえ。 でもきっと、そういうモン、ドライモン。
[良い点] どんな3話目になるのか楽しみです! わくわく!
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