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野いちご  作者: 立花招夏
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第五話 瑠璃も玻璃も照らせば光る(3)

「青洲さん……青洲さんは、何を知っているの? 何を調べようとしているの?」

 暗闇の中、いずみは隣の布団の青洲に問いかける。

「……君をきちんと守りたいんだよ。その為に必要な情報を集めてる」

 少しの沈黙の後、慎重に言葉を選びながら、青洲が答えた。

「……ねぇ、青洲さん、そっちの布団に行ってもいい?」

「……いいよ、おいで」

 青洲は、少し体をよけてスペースを空けながら、掛け布団を持ち上げる。いずみは、そこに体を滑り込ませると、青洲の胸に顔を埋めた。

「……」

――何から訊けばいいのか……。

 いずみの頭の中は混乱を極めていた。こんな時、自分の頭の悪さが、ほとほと嫌になってしまう。

「色々気になっているんだろうね……」

 黙り込むいずみに、青洲が声をかける。

「……宴会が始まる前に、話しかけていた話をしておこうか」

 青洲は、いずみの髪を優しく梳きながら、話し始める。

「まず、何故、君のお母さん、秋乃さんが鈴森姓なら間違いないと言ったことから説明しようね……」

 この島を守る四聖獣の伝説は、古くから口承で伝わっているものだ。古い言い伝えであるにも拘わらず、少なくない数の島民が、その伝説をかなり根強く信じている。いや、むしろ、島民全員が信じていると言っていい。四聖獣はこの島の守り神である神社を、三つの神器は三家『鈴守家』『名和家』『石守家』の血筋を象徴していると言われる。だから、吉田を含めた四家では、代々、子どもに四聖獣に因んだ名前をつけるのが習わしとなっていた。

 一番目の子どもには、青龍に因んだ名前、色なら青、季節なら春、方角なら東、陰陽五行ならば木。二番目の子どもには、朱雀に因んだ名前、色なら赤、季節なら夏、方角なら南、陰陽五行ならば火。三番目の子どもには、白虎に因んだ名前、色なら白、季節なら秋、方角なら西、陰陽五行ならば金。四番目の子どもには、玄武に因んだ名前、色なら黒、季節なら冬、方角なら北、陰陽五行ならば水だ。

「だから、おじさんは、青洲って、青がつく名前なの?」

「そのとおり」

「じゃあ、赤秀さんは二番目?」

「そう言うこと、その下の弟が白舟で、四番目の妹が薫だ」

「薫?」

――何が玄武に因んでいるんだろう?

「そう、ほら、『薫』という漢字の中に黒が隠れているだろう?」

 青洲は、いずみの掌に『薫』という漢字を書いてみせる。

「でも、それなら、母は、鈴守家とは関係がないと思う。ただの偶然じゃないかな。だって、母は一人っ子だったもの」

 一番目なら、青龍に因んでなければおかしい。

「君、お祖母さんのことは、聞いたことがある? たぶん、年齢からして、さっき朱音ばあちゃんが言っていた鈴守青子さんなんじゃないかと思うんだ……」

「お祖母ちゃんのことなんて、聞いたことがなかったわ……父さんも母さんも、極端に自分の出身のことを話したがらなかったから……」

 いずみは、少し辛そうに言った。

「そうか……その辺のことは、東京に戻って調べるしか仕方がなさそうだね……でもね、君は『鈴守』の血を継いでいるよ、恐らく間違いない」

 青洲は確信しているようだ。

「どうして?」

 いずみは青洲を見つめる。

「どうしてもだよ。でも、このことは、特に、この島では絶対口にしてはいけないよ」

 青洲はいつになく、厳しい口調で言う。

「でももし、鈴守青子さんが、私のお祖母ちゃんなら、この家は私の親戚になるってことじゃない?」

 いずみは、少しはしゃいだように言った。

「もし、そうだとしても、絶対に自分が親戚だなんて言っては駄目だよ、約束してくれ」

 青洲は、更に厳しい口調でいずみを諭す。

「うん、分かった。約束する」

 怪訝そうに、でも神妙な様子で、いずみが頷いた。

「……ねぇ、いずみちゃん、ここで眠るつもりなら、俺の方に背中を向けて寝てくれる? なんだか、こうしていると、もう一人がサンドイッチの具になってるみたいで不安なんだけど……」

 青洲が少し困ったように、軽くいずみのお腹に触れる。いずみは、軽く、クスッと笑って青洲に背中を向けた。青洲は、いずみの背後から包み込むように腕を軽く回す。いずみは、回された青洲の手を抱え込んで、軽く口づけた。

「ねぇ、青洲さん……シキの女の人のことって、いずみが訊いてもいいこと?」

「……」

 青洲の幽かな動揺が指先から伝わってくる。

「ごめんなさい、青洲さんが話したくないことなら、いずみは聞きたくないの。ただ、朱音おばあちゃんが言ったことが気になって……シキの女と同じって……」

――同じ毒の匂いって……なんのことだろう。

「……ごめん、いずみちゃん、その人については、まだ冷静に話せる自信がないよ。その人は、俺のかつての配偶者で、今はもう他人だ。いつか話せるようになったら、いずみちゃんには、きちんと話すから。少し時間をくれるかい? それから、朱音ばあちゃんの言ったことは、あまり気にする必要がないと思うよ。俺の兄弟が連れてきた吉田の嫁になる人には、大抵ああやって脅しをかけると言うか……釘をさそうとしてしまうようでね……」

 青洲は、苦笑する。

「釘をさす?」

 いずみは首を傾げる。

「そう、将来、尻に敷かれないようにとの、朱音ばあちゃんなりの配慮らしいんだ。でも、赤秀の嫁さんの時はすごかったよ。この嫁は狐憑きだって、みんなの前で言い張って……」

 青洲は、思い出したようにクスクス笑う。

「狐憑き? そんな……」

 いずみ自身、毒の匂いがすると言われて、かなりショックだったのだ。それをみんなの前で、言われたら……いずみは、絶句する。

「いつか会うことがあるかもしれないけど、赤秀の嫁さんは、ものすごい美人でね。でもその気性の激しさが、現れているようで、朱音ばあちゃんは気に入らなかったらしいんだ。でも、冴子さんは、そんなことを言われても凹む人じゃなかった……」


『狐憑きですって?』

 当時フィアンセだった赤秀の妻、冴子は、一瞬目を見開いて、美しい眉根をぎゅっと寄せた後、その美しい口元に妖艶な笑みを浮かべた。

『おばあちゃん、狐は狐でも、私はね、九尾の狐(*)なのよ。滅多なことを言ってると、あなたも食い殺しちゃうわよー』

と凄んだ。

 凄まれた朱音ばあちゃんは、竦み上がって、念仏を唱えながら脱兎のごとく奥の間に消えたのだった。島民が、未だに語りつぐ逸話だ。

 聞き終えたいずみも、クスクス笑う。

「赤秀も冴子さんも、仲の良い夫婦だよ。彼女は、赤秀の前だけでは、九尾の狐どころか、生まれたての子猫みたいに従順になっちゃうからね。今流行りのツンデレ系……って言うんだっけ? とにかく、仲が良いんだよ」

 青洲もクスクス笑った。


 眠りについたいずみの髪をゆっくりと梳きながら、青洲は考える。朱音ばあちゃんは、口こそ悪いが、心根の真っ直ぐな人だ。吉田の為になら、自分が悪者になってでも、最善と自分が信じる行動を取ろうとする。赤秀の嫁への狐憑き呼ばわりには困ったものだが……。白舟の嫁については、良家の令嬢だったので、さすがに表立って釘をさすことはなかったが、裏で、ちくちくやっていたらしい。

 青洲は、ため息をつく。青洲の結婚は、いわば、政略結婚だった。事態を丸く収める為の計算づくの結婚だった。その人をお披露目する為に、島へ連れて帰った日の夜を、青洲は未だによく覚えている。

 その人を一目見るなり、朱音ばあちゃんは、息を潜めるように沈黙した。そして、その人の目の届かないところで、そっと青洲に耳打ちしたのだった。

「青洲ぼっちゃん、あいはようないおなごばい。毒の匂いがすっ。寝首ばかかれんよう、油断してはならんとよ」と……





(*)九尾の狐 9本の尻尾をもつ妖狐。つまり、狐の妖怪のことで、アジア全土をまたにかける、金毛白面の大妖怪。日本では、「玉藻の前」という官女になり、鳥羽法皇に近づいて朝廷を乱した。これは、陰陽師の安倍康成に正体を暴かれ、下野の国、那須野にのがれ、そこで追手に掴まり退治された。だが、九尾の狐の体は朽ちたが、執念は残り石となったと言われている。この石が「人間はもちろん、空を飛ぶ鳥、地を走る獣まで、近づき触ったものは命を失う」という強烈な毒気を発した為、玄翁という僧が石を砕いて毒気を消滅させた。これが、現在も那須で見ることのできる殺生石なのだ。


(ウィキペディア、および、世界の「神獣・モンスター」がよくわかる本、を参考にしました)


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