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野いちご  作者: 立花招夏
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第五話 瑠璃も玻璃も照らせば光る(1)

瑠璃(るり)=青色の宝石(ふつうは、ラピスラズリをさす)

玻璃(はり)=水晶

 鈴守家には、百人を超えるだろうと思われる島民たちが集まっていた。神事がある度に人が集まる家なので、宴会の場所には困らないし、料理もそれぞれの家からの持ち寄りで、溢れるほどの量が集まりつつあって問題はないのだが……広間に集まっている人数を見て、青洲は顔を顰めた。

「おいっ、一太と飲むって話だったんじゃないのか?」

 途方に暮れる思いで、鳴春を見つめる。

「そんつもりやったとばってん、一太のやつが、おまえの帰郷ば島内放送で流しとったとよ、船から無線で……」

 鳴春が困ったように眉を下げた。

「なんで島内放送なんか流すとぞ……」

 青洲は、めまいを覚えながら、ついつい方言で文句を言ってしまう。

「ま、よかじゃなかか。ここ数年、辛気臭い空気が島中に蔓延しとったから、みんな陽気に騒ぎたかじゃ。めでたい話もあることだし……」

 鳴春は、笑いながら青洲の背中をバンバン叩いた。青洲は顔を顰める。


 いずみは、一人、青い海が広がる砂浜に佇んでいた。

 まるで絵具でも溶かしこんだような青い海だ。海岸には人っ子一人いない。時折ぬるい風が、穏やかな海面を吹きわたってくる。

「きれいな海……」

 汀を歩きながら生き物の影を探す。

 小さくてすばしっこいカニが隠れていないだろうか、きれいな貝殻が落ちていないだろうか……好奇心に満ちた瞳で辺りを見回す。でも、あるのは果てしなく広がる砂浜ばかり。沖に目をやるが、魚影一つ、海藻一つ見当たらない。

「変ねぇ」

 いずみは首を傾げる。

 せめて海水に触れてみようかと、手を伸ばしかけて、ふと思いとどまった。

――嫌だ。この海水に触れてはいけない……だって、私、知ってる。この海は……毒の海だ。

 慌てて引っこめようとしたいずみの手首を、突然、何か白いものが海から突き出して引き止めた。

「!」

 声も出せずに、息をのむ。

 それは、真っ白な骨だった。上腕から先の白い骨が、次々と海から突き出してくる。振りほどこうとするいずみの腕に、無数の白い骨の腕が絡みつく。絡みついた骨は、凄まじい力で、いずみをじりじりと海へ引き込み始めた。

「いやっ、いやぁ」

 素足のつま先に海水が触れる。

「いやぁ――」

 指先に鈍い痛みが走って、皮膚が紫色に変色する。骨の髄に染み込むような鋭い痛みでめまいがした。

「いやぁ、助けて、青洲さん、青洲さんっ」


 様子を見に、離れへ戻って来ていた青洲は、いずみの悲鳴に驚いて部屋の障子を開けた。

「いずみちゃん! いずみちゃん、起きなさい、夢だよ。いずみちゃん!」

 いずみは、悲鳴を上げながら目を覚ました。

「青洲さんっ、青洲さん、骨がっ、骨がっ!」

「いずみちゃん、大丈夫、夢だから。骨なんてどこにもないよ。大丈夫だよ」

 青洲は、未だに硬直して震えているいずみを抱きしめた。

「夢じゃないっ、だって、夢じゃないよ……」

「夢だよ。ほら、周りを見てごらん、骨なんてどこにもないだろ?」

 いずみは、こわごわと周りを見回す。さっき青洲に寝かしつけられた離れの部屋だ。

――海じゃない。

 少し落ち着いて来る。

「ほらね、夢だったろ?」

 いずみが青洲の目を見つめて、少し気まり悪げにほほ笑んだ次の瞬間、いずみの表情が凍りつく。

「せ、青洲さん……」

 いずみの視線を青洲が辿る。いずみの右腕には、強く指で圧迫されてできたような青あざが無数に刻まれていた。

「……」

 ガタガタ震えるいずみを、青洲は強く抱き寄せた。

「……さっき船に乗っていた時に、君が船から落っこちないか心配だったから、俺が強く握り過ぎたんだよ、きっと……」

 青洲は、そう言ったが、いずみは全然納得できないでいた。確かにずっと右手を青洲と繋いでいたけれど、腕を掴まれて痛かったという記憶はなかった。


「それよりも、いずみちゃん、ちょっと厄介なことになっているんだ」

 青洲は、困ったように眉を下げた。

 聞けば、青洲といずみの為に島中の人たちが集まっていると言う。いずみは、たじろいだ。迎えの車が来ていた時点で、少し落ち着かない気分になっていたのだ。赤秀に色々言われた時に薄々気づいてはいたが、赤秀は青洲によく似ていたので、何を言われても、逆にあまり実感がわかなかった。でも、ここの人たちの、青洲に対する態度を見ていれば分かる。ここは、自分が居ていい場所じゃない。いずみは、そんな気がしてならない。

「えと、君の旧姓は何にしようか? きっと根掘り葉掘り聞かれると思うんだ……話を合わせておかないと……」

「おじ……青洲さん、私……きっと青洲さんの妻になんてなれない人間だよね。身分違いなんでしょ? 一時的にとは言え、私、きっと青洲さんに迷惑をかけるよ。やっぱり、嘘はいけないよ。私には無理だよ。だって私、馬鹿だし……」

 いずみは、途方に暮れたように言って、うなだれる。

「いずみちゃん、さっき言ったことを忘れちゃった? 俺は君が必要なんだよ。確かに俺は吉田の家の長男で、家督を継ぐ立場にいた人間だった。だけど訳あってすべてを放り出した人間だ。島の人たちは、俺のことを吉田の長男だからって、たててくれるけれど、それは形だけのものだと思ってくれて構わない。俺には、もうなんの力もないんだよ。だから、ずるいようだけど、好意だけを受け取って、それを返すことができない。こんな不甲斐ない俺こそ、君に相応しくないんだろうけど……もし、いずみちゃんさえ嫌じゃなければ、一時的にじゃなくて、ずっと俺の妻でいて欲しいって、思っているんだけどね……」

 そう言って、青洲は、うなだれているいずみの耳元に軽く唇を寄せた。

「……」

 いずみも、切なげに青洲の頬に口づける。

「とにかく、今夜は我慢して付き合ってくれるかな?」

 青洲の言葉に、いずみは小さく肯いた。

「じゃあ、旧姓は斉藤で……」

 いずみは小さな声で、呟くように言う。

「それは、お母さんの旧姓?」

「いえ、父の旧姓です。父は養子だったの」

「え?鈴森姓だったのはお母さんの方? 確か……秋乃さんだったよね?」

 いずみの説明に、青洲は少し驚いたようだった。

「そうだけど……」

 いずみが怪訝そうに青洲を見上げる。青洲は、突然、はっとした様子で目を見開いた。

「いずみちゃん、俺、うっかりしていた。色々と注文をつけて申し訳ないんだけど、鈴森のことだけじゃなくて、奉公先の家のことも口にしないって約束してくれる?」

「うん、分かった……けど、どうかしたの?」

「今度、島を出てから話すよ。君のお母さんが鈴森姓なら、まず間違いないだろう。俺、鈴森姓だったのは、お父さんの方だと思ってたから……。それなら、わざわざ島に来るまでもなかったかもしれないな……」

「なんだか気になるなぁ、なんの話なの?」

「……それはね……」

 青洲が少しだけ説明しておいたほうが良いかと、重い口を開いた時、突然ドカドカと廊下を歩く音が近づいてきた。

「おーい、青洲、ボチボチ始めるぞ。いずみちゃんの具合はどがんか?」

 一太が、一升瓶を肩にしょいながら、どら声を張り上げた。


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