お化けサザエは砂塵を越えて
赤い砂と黒い岩が転がるだけの殺風景な海底をのそのそと動き回るサザエ。
知らない者の目にはそう映ることだろう。
「今日もすげぇ砂嵐だな」
「もう20日はこの天気よ? 嫌になっちゃう」
窓の外は真っ赤、時々黄色。
火星第8砂漠を行くは、愛車兼マイホーム、異状気候地帯走破用移動式居住区画……だったかな? 通称お化けサザエ。
尖った屋根、そしてせり出した角、もといセンサーや緊急用火器、そして、我が家名物磁力砲。
名前の通り、馬鹿でかいサザエの殻のような移動式の住居である。
実は外観だけでなく、移動方法もサザエに似ているらしいが、火星生まれで生きたサザエを見たことがない俺にはよく分からない。
「うわ見て……。なんかすごい焼け跡……。砂賊の抗争かしら」
窓の外をふくれっ面で眺めていた姉が指さす先には、多数のバイクや、バギー、そしてウチと同型の車両が擱座し、黒い煙を吐いていた。
よく見ると人型の物体がいくつか目に入ったが……迂闊に近づくこともあるまい。
砂嵐に紛れながら、お化けサザエをゆっくりと迂回させる。
動きはノロいが、いかなる砂嵐でも問題なく活動できるコイツは頼もしい。
人類がこの星に移住を始めてから今年でちょうど110年。
様々な争いや政争を経て、我らが火星は地球に対して独立を宣言。
人類居住惑星初の独立惑星となった。
それが確か10年ほど前か。移住100周年記念とか言ってたしな……。
だが、独立という響きは良いモノの、星内の治安、食糧事情は大きく悪化し、俺たちのような流浪の民を多数抱えることとなってしまった。
地球からの観光客を迎え入れる「表」は随分発展しているが、半球回ればホバーバイクに跨ったならず者どもが駆け巡る……ほら、アレだ。地球語で……「セイキマツ」という状態だ。
そして、抗争が、奪い合いが起き、人の命が貴重な資源と共に燃えていく。
まさに今しがた見かけたような光景が散見されるのが火星の現実だ。
地球統治下だった頃は、治安維持部隊なるものが駐屯し、輩を取り締まっていたのだが……。
まさかあの鬱陶しい連中を恋しいと思う日が来るとは思わなかったな……。
■ ■ ■ ■ ■
12時間程進むと、砂嵐はだいぶ収まり、夜空が窓から見えるようになってきた。
レーダーナビを見ると、もうすぐ目的地に着きそうだ。
「姉さん。どうだ? 上の様子は」
「うーん……それっぽいのがいくつか飛んでるわね。この軌道だと……」
上空へ向けたレーダーサイトを見ながら、姉が計算機を叩いている。
このお化けサザエ、地上戦用の緊急火器は自動制御システムがあるものの、上空に向けた火器を統制するシステムは搭載していない。
なんでも、地球統治下だった頃、治安維持部隊に民間人が盾突かないよう、対空火器を搭載した車両の製造、開発を禁止していたそうで、そのために火星の車両メーカーには対空武装の製造技術がないらしい。
最近入ってくるようになった地球メーカー製の車両はその辺もキッチリしていると聞く。
全く……。火星政府が意地になって独立なんかしなけりゃ、俺たちはもっといいサザエに乗れたんだがな。
「おっと! でっかいの発見よ!」
最近癖になってきた、火星政府への愚痴を脳内で垂れ流していたが、姉の声で現実に引き戻される。
「5分後に仰角82度、上空座標112.452.998に向かって撃てばドンピシャなはずよ!」
「へい親分!」
「親分言うな」
姉の指示した座標に磁力砲を向け、エネルギーの充填を始める。
この時期は「落とし物」が増えるのがありがたいな。
「はい、いくわよ。10、9、8……」
姉がカウントダウンを始める。
1秒でもタイミングがずれると、一回分のエネルギー全ロスという最悪の結果を招く。
僅かな狂いも起こさないよう、姉と呼吸を合わせていく。
「5、4、3、2、1……」
「「発射!!」」
よし! タイミングぴったし!
サザエの頂点から放たれた銀色の光線が、上空へ立ち上っていく。
その光が夜空に吸い込まれるように消えると、その先から無数の流星が走り始めた。
「来るわよ!」
「分かってる! シールド全開!」
シールドレバーを最大まで引き下げ、衝撃に備える。
時折、このサザエよりデカい獲物が落ちてくることもあるから、油断はできない。
まあ、気を張っていたところで何も出来ないのだが……
「わー! すごい! かなりのサイズのコンテナよ! あの大きさとなると、イシナギ級か、フトツノ級……いや、オンデン級のかもしれないわ!」
窓の外を眺める姉が歓声を上げる。
運が悪ければぺしゃんこで即死なのに、よくそれだけはしゃげるもんだ……
だが、俺も獲物のサイズは気にかかる。
姉の頬に自分の頬をくっつけ、同じ窓から外を見た。
なるほど、確かに赤く燃えながら落ちてくるコンテナ群は、かなりの大きさ、そして量だ。輸送艦丸々一隻沈んだか……。
となると、船体の残骸が落ちてくる可能性もある。
俺は必死で目を凝らし、空を見上げたが、幸いにもコンテナより大きなものが落ちてくることは無かった。
■ ■ ■ ■ ■
「よっこい……しょ!!」
一先ず手近なところに落ちてきたコンテナをこじ開ける。
時間固定保管庫に入っているということは、食品か、はたまた愛玩動物かのどちらかだろう。
以前のように謎の生物兵器が襲い掛かって来る危険性を考慮し、姉が保管庫に向けて銃口を向けている
「食べ物だといいな~♪ お酒だともっと嬉しいな~♪」
全く……この飲んべえは……。
恐る恐る保管庫を開ける。
「早く開けてよ~このヘタレ!」等と後ろから聞こえるが、ここはスルー。
というか前のとき、生物兵器に襲われて泣き喚いてた癖に、懲りない姉である。
保管庫を開けると、そこには黒い瓶がぎっしりと並んで入っていた。
いくつかは割れてしまっているが、殆どが無事だ。
そのラベルには「カンジ」と称される記号が2文字並んでいる。
大体こういう場合は「ニホンシュ」か「ショウユ」である。
「キャーーーーー! これ『宇宙』じゃない! 美味しいのよコレ!」
姉が俺をグイっと押しのけ、保管庫の中身を弄る。
ああ、どうやら当たりのようだ。姉にとっては……だが。
「ねえちょっと! ニホンシュ以外にも色々入ってるわよ! ビーフジャーキーに、ナッツに、これは……燻製タマゴかしら?」
他の惑星の飲んべえに向けて運んでいたのだろうか、だがしかし、無念。その荷物は今夜姉の胃袋に消える。
「きゃあ!!」
保管庫を次々開けて、中身をせしめていた姉が突然悲鳴を上げた。
何事か、まさかまた生物兵器かと慌てて姉の元に向かうと、姉が我が家そっくりな物体を手に持ち、固まっていた。
「私……初めて見たわ……」
なにやら驚いた様子で、サザエを投げてよこす姉。
サザエ自体は別に珍しくもないだろう……。地球産の海産物では人気の種だし、火星でも焼いたものが高値で売られている。
等と思いながら、姉が投げてきたそれをクルクルと回しながら眺める。
そういえば妙に湿っているような……そして……独特の香りが……。
俺が違和感に気付いた時、殻の奥から、にゅるりと柔らかい物体が這い出してきた。
「うわあああ!!!」
■ ■ ■ ■ ■
「サザエは海底を這うように移動します。この時、二つに分かれた足を使い、まるで人が歩いているかのように動き回るのです」
「なるほど……こいつの動きって本当にサザエに似てたんだな」
一つの保管庫の中には、生きた海産物が袋詰めにされて入っていた。
ご丁寧に解説ビデオ入りのデータディスクまでついて……。
ちなみに姉はあまり興味を示さず、台所でサザエを焼いている。
火星では結構貴重な生体なのだが、姉にとっては所詮、酒のつまみだ。
「しかし……。酔狂なことする地球人もいるもんだな」
データディスクには、海産物解説のほかに、火星人に向けたメッセージも収録されていた。
まあ、簡単に言うと「こんな命溢れる星と縁を切るなどバカバカしい、もう一度地球の一地域になりませんか」という勧誘ビデオの類だった。
火星の裏に住む連中に向けたメッセージのようで、どうやらあのコンテナ群は、このメッセージを届けるための撒き餌だったようだ。
地球統治下の方が治安や暮らし向きが良かったのは確かだが、こういう、地球人特有の火星を見下した態度はどうにも好きになれない。
そんな地球人の作戦にまんまと乗せられた自分も自分だが……。
「お待たせ~。サザエのつぼ焼き!」
「つぼ焼き? 初めて聞く名前だな。ていうか姉さん、よく初見で料理できたな」
「ああ、なんか解説書みたいなのがついててね。それの通りに焼いたのよ」
あのよく分からない図面のことか。
姉は地球の言語に明るいので、こういう時重宝する。
「でねでね! 解説書にあったんだけどさ! サザエってニホンゴで『小さな家』って意味なんだって! それが転じて一家の安全とか繁栄の縁起物として扱われることがあるんだって! なんだか素敵じゃない?」
生態には興味がなかった姉だが、こういう縁起ネタには弱い。
「なるほど、でも当のサザエくんは家を背負って這ってたら攫われて焼かれてお家断絶ってわけだ」
「まーたそういうこと言う! あんたにはロマンってのが無いわけ?」
ムスッとした姉がニホンシュをグラスに注ぐ。
彼女が突き出してきたそれを、俺はとりあえずグイっと飲み干した。
口の中に広がる、果実のような風味。そして僅かに遅れて来るキリリとした辛さ。
サザエのつぼ焼きもまた絶品で、ニホンシュとの相性も抜群だ。
悔しいが、やはり食材の味では、火星は地球に遠く及ばない。
むしろ、今の火星が地球に勝るものはあるのだろうか……。
まあ、噂を聞く限りでは、生き方の自由さだけは火星の裏が勝っているようには思う。
だが、いくら自由があるとはいえ、このまま火星の裏を這いまわるだけでは、所詮何も得られぬまま死んでいくだけではなかろうか
あの焼け跡に転がっていたお化けサザエの光景が、皿の上のサザエの殻に重なる。
いや、本来なら行きつくはずの無かった場所までたどり着いての死なら、このサザエの
方が上等なのではないだろうか。
どうやら俺は、酒を飲むと後ろ向きになるタイプのようだ。
「また何か暗いこと考えてたでしょ」
姉が俺のグラスにニホンシュを再び注ぎながら笑う。
姉は俺と違い、酒が入ると陽気になるタイプだ。
「まあな……。火星のこととか、今の暮らしのこととか、色々考えることもあるのさ」
「はぁ……。相変わらずね~。私たちに今出来ることは、この星を這いまわることだけ。それなら一生懸命這いまわらなきゃ。そうやってるうちに、今までとは違う未来が見えてくるかもしれないんだから」
なにやら頭の中を見透かされていたようで、気恥しい。
だが、彼女の言うことも最もだと思えた。
明日は久しぶりに砂漠街に行ってみよう。
今日の収穫物を売って我が家を少しアップグレードしよう。
いつか死の運命に焼かれる日まで、姉さんと共にこの星を這いまわろう。
今を這いまわることでしか、見えてこない明日もあるのだ。
小さな家は再び吹き荒れ始めた砂塵の中へ、ゆっくりと消えていった。