泣きたくて泣いてるわけじゃない
笑顔でつたえる。
笑って、この言葉を。たったそれだけ。
昨日バカほど練習したのに。
なぜ僕は泣いているのだろう。
言葉は喉につっかかってなかなか出てきやしない。
言いたいことを全部含んだ便利な5文字は今の僕には役に立たなかった。
「あの、それで、」
ふたりぼっちの昇降口を夕暮れの金柑色が包み、辿々しい言葉を貴方は優しく受け止める。
貴方の持つ花束の香りとその笑顔が僕の心に染みる。
僕はまだ何も伝えられていない。
この不安も感謝もなにもかも。
「だから、その・・・」
唐突に花の香りが近づく。
次の瞬間、貴方の顔が肩の上にあった。
息の音、心臓の鼓動さえ感じ取れる近さ。
僕を包み込んだ君は僕があれほど練習した5文字を簡単に言った。
「 」
金柑色と花の香りが2人を包む。
伝わっていなくてももう良かった。
答えはもう貰ったから。
頬をつたう水滴さえ君は包み込んで、
僕はそんな君が、
[泣きたくて泣いてるわけじゃない]