闇夜を焼く焔
今回分の投稿です。もう少し投稿ペースあげようかな………
なお今回も主人公の消息不明
フィリスは10才になった。このころになると、元の才能と暇な時間をほとんど読書に費やしてきたことがあわさり回りがついていけなくなるほどの能力を開花させていた。
その分、選民意識の強い王宮では邪魔物扱いされていた。どんなに優れていてもそれは半分だけーー王の血だけであり、穢れている半分は無能だと。その証明として、いまだに用途のわからない左手に描かれた紋章をあげられた。ならひとつしか紋章を持たない人やそもそも紋章を持たない人はどうなんだ、とフィリスは心のなかで思っていた。当然口には出さないが。ちなみに王宮内で紋章二つの紋章を持つものーーデュアルはフィリス一人である。あとはひとつーーシングルかそもそも持たないものばかりである。
「どうしてなんだろ」
日が暮れてからフィリスはテラスから夜空を見上げる。フィリスとしたら至って普通にしているだけなのだ。なのに血が悪い、穢れている、などと蔑まされる。かといって、そんな人たちが自分より必ず優れているとは思えない。まだ幼いフィリスでは経験と言う意味では決して勝てないが、あと5年経てば越えられるんじゃないかと推測していた。実際、目に見えてフィリスを避難している人は国民からしてみれば決して有能ではないーーどころか無能のレッテルを張られている人物ばかりである。それでもそんな人物を摘出出来ないのは国のあり方に問題があるからである。フィリスは幼いながらもそのことを理解していた。また、フィリスの父ーー現国王もそのことに頭を悩ませていることも知っている。だからこそ、なんとかしたい、とフィリスは思っていた。もっともそうそう簡単に尻尾は出さないが。なんでそんなとこだけ頭が働くかなあ、とフィリスが小さくため息をつく。
「フィリス様」
しばらくぼうっと空を眺めていると後ろから声がかけられる。ちらりとそちらを見ると、ひとりのメイドが控えていた。その顔には見覚えがある。一応フィリスを様呼ばわりしているが、全く敬意を払わず、厄介者している一人だ。関わるのも厄介なので、無視する。名前も覚えていない。
「あまり外に居られると風邪を引きます。私が」
最後にぼそりと付け加えた一言。なら戻ればいいでしょ、とフィリスは口のなかで愚痴る。まあ一応フィリスの側付きではあるので対外的にそれはできないのだろう。とりあえずこの待女変えてほしかった。
当然メイドの一言を無視して空を見上げる。なぜこうしているのかーーそれを聞かれたらフィリスはわからない、と答えるだろう。実際になんで見つめているのか、理由がわからない。もしここで魔族の襲撃があったらフィリスは真っ先に狙われる。
それでもなぜか、今日だけはこうして夜空を見上げる。なぜか、見上げていなければならない。そんな気がしたから。手袋の上からゆっくりと右手で左手の紋章を撫でる。これが囁いている気がするのだ。なにかが起こる、そんな感じで。だから例え危険でも、夜空を見上げる。
「ねえ」
何気なく口を開く。
「どうして人と魔族は戦うのかな?」
それは率直な疑問。きっと今まで多くの人が、魔族が抱いてきた疑問。
「魔族が悪だからです」
そっけなく答えられる。あまりにも単純で思考放棄しているとしかフィリスは思えなかった。
「じゃあ私は?」
そんなフィリスの問いにメイドは黙る。答えなんてわかりきっている。悪だ。このメイドにとってフィリスも魔族も、同じ悪でしかない。完全に思考放棄をしている。ただ言われたことを鵜呑みにし、なにも考えていない。フィリスとしても、このメイドは自分の待女としておきたくない、そう結論付ける。
ーー今度、お父様と相談してみよう。
そう心に決めて、空を見上げる。
「ーー!!?」
そして、見る。
夜空を焼く炎を。天まで届く火柱を。音もなく、ただ静かに、闇夜を焦がし、照らす圧倒的な力を。
当然、それに気づくのはフィリスだけではない。その圧倒的な光景に、メイドは息を飲む。王宮も急に騒がしくなり、誰もがこの光景に圧倒される。
「えっ!?」
フィリスはさらに、別の現象に気づく。眼下、地平線の先に急激な速度で”なにか”が広がっていくのを把握したのだ。そしてそれがなにかを即座に理解し、対処するために動く。
衝撃波。先程、火柱が上がった時には感じなかった音や衝撃が今来ようとしているのだ。先程音などがなかったわけじゃない。あまりにも遠すぎて、遅れてやってきたのだ。フィリスは右手の振動の紋章に強いイメージを送り込む。やってくる衝撃波と同等の振動をぶつけ、相殺するイメージを。
そしてその時がやってくる。フィリスは右手を突きだし、衝撃を大幅に殺す。それでも半分程度にしか緩和できず、テラスの奥へと吹き飛ばされた。
ーーこれだけ距離があるのに、ただの余波でこれ!?
転がることでうまく衝撃を逃したフィリスは、その圧倒的な威力に驚愕する。余波、しかもかなり減衰したあとであろう衝撃で人が簡単に吹っ飛ぶ。それならあの炎本体の威力はどれほどなのか、想像もできないし、したくもない。もしあれが国にぶつけられたらそれだけで滅ぶであろう一撃なのは簡単に理解できた。
周囲を見渡すと、王宮の窓ーーガラスを製造することは可能だが、非常に高価ーーが破片となり散らばり、悲惨な状況になっている。メイドはそのガラスの海の中に沈んでいた。その光景に慌てて駆け寄る。が、あまりにも破片が散らかりすぎていて近寄れない。遠目で見る限り、掠り傷ばかりで命に関わる怪我はなさそうだ。
だが、この光景を第三者がみたらどうなるだろうか。先程の衝撃波と絡める人だと、少女がメイドを助けようとしているように思えるだろう。だが、その衝撃波の存在を無視する輩が見たらどうなるだろうか。少女がメイドを吹っ飛ばし、怪我をさせたーーそう思えなくもない。
「何している!」
運悪く、フィリスの前に現れたのはそんな横暴を平気で行う大臣の一人。フィリスを敵視しているのはフィリス自身がよく理解していた。
「貴様、自分の待女に怪我させたのか!」
フィリスが口を開くより先に、大臣が勝手に事実を決めつけ、吠える。どうやったらそんな結論を得られるのか、フィリスはそっちの方が疑問だった。
「先程の衝撃波の余波です。彼女はそれで怪我を負いました。」
無駄だろうな、とフィリスは頭の隅で考えながら口を開く。
「ふん、言い訳など聞きたくない!」
それだけを言い残し、大臣は足早に立ち去る。せめて人を呼んでよ、と心のなかで思いながら右手を地面につける。振動の威力、方向性を明確にイメージし、小さな破片をテラスの隅へと集めた。紋章術が使える人が見たら、目を見張る光景だ。完全に振動の紋章を使いこなしているのだから。これほどの紋章師は大人でもほとんどいない。それが子供ともなればなおさらである。
ちなみに先程の大臣が誰かに嘘の告白をしたところでフィリスは気にしない。虚偽の報告はすでに何度も行われている上に、状況からして上ーー父である王が的確に状況を推測して逆に大臣を罰することが目に見えているからだ。少なくともフィリスには父親とひとつ上の兄は絶対の味方である。その二人が虚偽の報告でフィリスを罰することはありえない。もっとも、兄ーー第三王子はまだ11才ということもあり、特に権力などをもっているわけではないのだが。
フィリスはメイドの体を引きずり、なんとか王宮の中へと入れる。
「フィリス!」
そこに件の第三王子ーーユーリスが何人か人をつれて現れる。
「無事か!?」
「はい、私はなんとか防御が間に合いましたので………。ただ、彼女が………」
と、血塗れで意識を失っている待女に視線を向ける。するとユーリスは自分の付き人の一人に指示を出し、メイドを運ばせる。
「何があったのか、聞かせてもらえるか?」
ユーリスはフィリスに目を向けて言葉を発する。フィリスはその視線に、見ていたもののすべてを語る。自分が感じていた、何かしらの予感を含めて。
今回の話は話の中心であると同時にすぐには関係してこない予定です。主人公は次々回に初登場予定です。(なお登場したらまた消える模様)