他愛もない話
ソーセージパンか、カレーパンか。一体どちらにしたものか。かれこれ五分ほど悩んでいるが、未だに決めることが出来ない。何を下らない事を、と思うかもしれないが私にとっては重大な問題なのだ。話は今日の朝まで遡る。
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今日は朝から用事があった。気まぐれな友人から呼び出されたのだ。せっかくの休み、普段ならばまだ寝ていただろうに。友人に会ったら恨み言の一つでも言ってやろうかと思っていた。
集合に指定された場所も悪かった。私の家からは電車で二駅ほどある。私にはこれが友人からの嫌がらせに思えてならなかった。それでものこのこと行ってしまう辺り、私は甘いのかもしれない。
そうこうしているうちに約束の場所に着いた。そこでは私の気分を害した張本人が、これもまた腹の立つ笑顔で私を出迎えた。さて、なんと言ってやろうかと考えていると、その友人が先手を取ってとんでもないことを抜かしてきた。
「まあいきなり呼び出したけど、大した用事があるわけでも無いんだよね」
私は怒りに打ち震えた。この気まぐれな友人はただ自分が暇だったからと、特に意味もなく私を呼び出したというのだ。彼にとってはせっかくの休みを楽しもうとかそんな軽い気持ちだったのだろうが、私にとっては貴重な睡眠時間だったのだ。
私が抗議しても、その不届き者はただただ軽く笑っているだけである。そのうちに、何だか自分が馬鹿らしく思えてきた。今更この友人が更生を期待できるような人間ではないことは重々承知している。ここは諦めるのが得策だろう。
そこで私はこう考えた。せっかくの休み、はじめこそ自由気ままな友人に振り回されてしまったが今から巻き返し、素晴らしい一日だったと思える生活を送ってみようか、と。あつらえたかのように今日は天気もいい。私はその考えに従うことにした。今日の私はどこか思考がいつもとは異なっていたのかもしれない。
その後、友人とゲームセンターで勝負をした。かなり名の知れた格闘ゲームだ。彼もなかなかに強いが腹を決めた私の前には恐るるに足らず、我の前には誰もが平伏す、と言いたいところだったが何度やっても負けてしまう。どうもこういったゲームには経験ではどうしようもない、一種の才能めいたものが必要になってくる気がする。まあ楽しめたので良しとしようと自分に言い聞かせた。
さて、しばらくやりあった後ゲームセンターを出ると、どこまでも自由な彼は、身勝手にもこんなことを言ってきた。
「この後用事があるから、この辺でお別れだ」
そのまま友人は去っていった。友人は暇つぶしのためだけに私を呼んだのである。わざわざ遠路はるばるやってきた私に対してそれしか言わずに去ってしまった。何たる厚顔無恥。私はもはや呆れてものも言えなかった。
私はこの後どうしたものかと時計を見た。まだ昼にするには少し早い。素晴らしい一日と言っても、この後外でやりたいこともない。何か本でも買って家で読もうかと思った。ちょうどこの辺りに大きめの本屋があった気がする。散歩がてら行ってみようか。
その本屋は期待に背かず、家の近くの本屋では見かけないような本もたくさんあった。手持ちがそこまであるわけではなかったので、まとめて買うわけにもいかない。どの本を買うか迷った。名前も聞いたことのない作家でも、表紙の装丁が目を引くものだと気になってしまうのは私だけだろうか。
そうして本も買い、さて家に帰ろうかと駅までのんびり歩いていた。普段とは一味違う休日の過ごし方であることは確かである。しかし一方で、どうもこれでは素晴らしい一日には程遠いようにも感じられてしまう。どうしたものかと悩んでいたところで、件のパン屋を見つけたのである。
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食事をパン屋で買って済ませることはそこまで珍しくもない。私も休日にそうすることがよくあるが、そのパン屋は値札を見るに、普段行くパン屋よりは高めの値段設定のようだ。なんでも主人がドイツで修行していたとのこと。ならば味は確かのはずだ。今時ブルジョワなんて言葉は誰も使わないだろうが、今日くらいは財布の許す範囲で奮発してみるのも悪くないだろう。
どこのパン屋でも、置いてあるパンの種類は大体同じである。玉子のサンドイッチだったり、アンパンであったり。食パンやフランスパンもそうだろう。普段どこのパン屋で買うにしても大体のパターンというのは決まっているものだが、今日もそれに従っているのでは味気ない。一からじっくり考えてみようか。
私は普段、三切れセットのサンドイッチに、おかず系と甘い系のパンを一つずつ買う。改めて考えてみてもこの組み合わせが自分に一番合っている気がする。あまり腹が減っているわけでも無いので、そこまで挑戦的な組み合わせにする必要もないだろう。サンドイッチはやはり玉子、ハム、ポテトサラダの組み合わせが一番だ。甘い系のパンは、アップルパイがとても美味しそうに見えた。
残るはおかず系のパンのみ。この調子ならすぐ決まるだろうと思っていた。その予想は裏切られることになるわけだが。
ソーセージパンかカレーパンか。これがなかなか悩ましい。どちらも非常にポピュラーだ。私自身、何度も食べた事がある。子供のころから好きなパンだ。だからこそ、どちらかを選べと言われると甲乙つけがたいのである。両方買って帰るという選択肢もないことは無い。しかし、どこか優柔不断に感じられる。ただの休日ならばいざ知らず、今日だけはそういったことは出来るだけ避けたい。あまり長く考えるのも店に迷惑だが、さっさと決めてしまうのも妥協したように思えてならない。どちらにしたものか。
長考の結果、私は名案を得た。店員におすすめを聞けばいいではないか。なんとも単純な案だが、なぜか思いつかなかった。きっと盲点になっていたのであろう。
結局ソーセージパンを選び、私はのんびりと家に帰ることにした。今日は朝から天気がいい。電車も空いていたので座ることが出来た。なかなか良い一日を過ごせているのではないだろうか。そんなことをぼうっと考えながら窓の外を眺めていた。
最寄り駅に着き、電車を降りた。見慣れた光景のはずだが、どうも普段とは違って見える。心の持ちようでここまで変わるのだろうか。せっかくの天気、バスで帰るのはもったいない。私は歩いて帰ることにした。
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さて、無事家に着いた。時間は昼食にちょうど良い時間だ。さっき買ったパンを食卓に並べようと思い立った。焼きたてではないのが残念でならないがきっと美味しいはずだ。そんな期待を抱いていた。しかし私はあることに気付く。
パンが入った袋を電車に置いて来た。