境界魔道戦争 Episode1「出会い」其の七
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「はぁ〜」
疲れに疲れた俺は、トルアさんに案内されて、空き部屋で待機させられていた。その部屋に備え付けられているものであれば自由に使って構わない。ということらしい。なので俺は遠慮なく、備え付きのベッドにダイブした。
「お疲れだな、ご主人」
「そりゃあ、な」
既に少女の姿になっていた無銘が俺を労う。
突拍子もない話を聞かされて、更には使用人に、ギルド加入だ。疲れないわけが無い。
「お疲れついでに、シャワーでも浴びてきらどうじゃ?」
「シャワー、ね」
確かに浴びた方がいいよな。結局朝から浴びることが出来なかったし…。
そう思った俺は道着の袖を鼻元に持ってきて、クンクンと匂いをかぐ。
うん、汗臭いや。
「....浴びてくる」
「うむ」
「着替えはっと。あそこに入ってるかな…?」
上体を起こし、周囲を見渡した俺の目はある一点で留まる。
クローゼットだ。
ベッドから降りた俺は、クローゼットに近づき、引き出しを開けてみる。
「これは....」
中にかかっていたのは大量の真っ黒で後ろの裾が二手に別れている執事の服、つまるところ燕尾服というやつだ。
「........」
何か、この燕尾服を着るのには少し抵抗があるな。こういうのを着たことがないというのも理由の一つだが、使用人として雇われている身でありながら、執事をやろうとしている気満々みたいで、なんかやだ。
「ほう、燕尾服か...割とご主人に似合いそうじゃのう」
「茶化すなよ」
とは言っても着るのはこれしかない。
「別に茶化しておる訳では無い、本当に似合っていると思って言っておるのじゃ。.....それはそれとして、ここのシャワールームには脱衣所が無いようじゃ」
「え?」
「ワシはしばらく外を散歩してくる。何かあったら呼ぶのじゃ。ワシは、いつでも駆けつけれるからのう」
無銘なりを気を遣っているのだろうか。
まぁ、男の俺は別に見られようと特に感じることはないんだが、見て気分のいいものではないしな...この身体は。
そんなことは知る由もない無銘は部屋を出ていこうとする。その背中に俺はずっと疑問であった質問を投げかける。
「なぁ、無銘。何で俺を主にしたんだ?」
「.......」
無銘は立ち止まり、こちらを向かずに黙り込む。
「言ったであろう。ワシとご主人はまだ仮の契約。偽りの契約じゃ。細かい理由など無い。.....しかし強いて言うのなら、ご主人の腕と御主人の纏っている、その雰囲気じゃな」
そう言った無銘は特に焦りもせずに静かに出ていってしまう。取り残された俺は、天井を見上げしばし考え込む。
_____纏っている雰囲気 。そう言われて思い出したのは、あの男、ヒュエゴ=アイルバーンの雰囲気だ。あの人の雰囲気は異質だ。どこか謎めいていて、本来の力量を隠している。恐らく俺が勝つことは困難だろう。
「はぁー。シャワー、浴びるか...」
ため息をついて、俺は立ち上がる。手に持っていた燕尾服をベッドの上に置いて、適当に取り出した下着やらも置いておく。
そうして服を脱いだ俺はシャワールームへと向かった。
《Another View》
長い廊下に私の足音だけが響き渡る。
ブロンズ色の髪は歩く度に揺れ、首に掠めていく。
この家に人はいるが、その殆どが使用人とギルドメンバー位なもの。使用人は大体主人の前に軽々しく顔を出さないのが常識だ。そのせいか、余計に長い廊下が静かで果てが無いのだ、と幼い私は恐れたのだ。そんな私が向かっているのは、新たな使用人の部屋、新藤工の部屋だ。なぜ使用人でもないわたしが新藤工の部屋に行くのか、というのも、私がトルアに直接申し出たからである。彼がここの使用人になるというのならば仲良くしておきたい、という気持ちと申し訳なさが先立った。というのが主な理由だろう。
「それにしても…」
彼はどこか似ている。私の大切だった人に...。
あの立ち姿に、驚くほどの決断力。それらがどこか似ているのだ。そう思ってしまうと、どうしても彼にあの人を重ねてしまう。
「いやいやいや」
慌てて私は頭を振る。彼とあの人を重ねてはいけない。あの人はもう、関係ないのだから...。
昔の記憶が呼び起こされそうになった時、私は新藤工の部屋の前にたどり着いていた。
「新藤さん、いらっしゃいますか?」
扉を二度ノックして返事を待つ。が、返事が返ってくることはなかった。
出かけた?いや、この部屋で待機という事なのだから、出かけるはずがない。
「まさか...!」
瞬間、脳裏に起こりうる最悪のシチュエーションが浮かんでしまう。
もしかして、既に情報が漏れていて、彼が『黒キ武器』の所有者だとバレたのかもしれない。
「新藤さん、新藤さん!?」
慌てて再度呼びかけるもやはりというか、返事は返ってこなかった。
私は意を決して、ドアノブに手をかけそのドアを開く。
「失礼します」
中に入るとそこには誰もいなかった。
あるのはベッドの上に無造作に置かれた道着と言っていたものと綺麗な状態の燕尾服だった。
______服?
なぜ服が置かれているのだろうか。まるで分からない。まさか、衣服をひん剥かれて連れ去られた?
いや、いやいや、流石にあるわけがない。
そんな私の思考を遮るように、扉が開く音がする。私が入ってきた扉ではなく、室内に併設されている部屋の扉から...。
《Another View end》
「ふぅー」
やはりというか運動した後のシャワーは気持ちがいい。どうせなら浴槽に浸かりたいが、生憎とそんな時間は無い。仕方なく、シャワーを止める。
髪から滴る水滴をタオルで拭きながら、シャワールームから出ると予想もしていなかった人物に出くわす。
「あ」
「へ?」
驚愕の表情を浮かべているのは、ルナだった。
先ず俺の顔を見て、そこからゆっくりと視線を下げていく。俺は頭を拭いている状態なので、その視界は容易に想像できよう。
ルナの顔が顎からおでこにかけてみるみる紅潮していく。更には空気を求める金魚のように口をパクパクさせて、誰が見ても混乱している。
「す」
「す?」
「す、すみませんでしたー!!」
そう言ってルナはもの凄い勢いで部屋から出ていってしまった。
「........」
んー、なんて言うのかな、こう男性と女性の違うかもだけど、っていうか明らかに違うと思うが、裸見られた方って、さして恥ずかしくないんだな…。