境界魔道戦争 Episode1「出会い」其の五
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「ここがアイルバーン邸です」
「_______」
俺は言葉を失った。それ程までに巨大な建設物だった。大きさは学校くらいはあるんじゃないだろうか、門は俺の身長の3倍近くはある。とにかく、驚愕で何も口にすることが出来ない。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
俺が呆然と立ち尽くしていると、横からしわがれた声をかけられる。見るとそこには、燕尾服を着た白髪の初老の男性が立っていた。
「ただいま、爺や」
「お早いお戻りでしたね」
「道中で迷子を見つけて、ね」
「迷子?そちらにいる男性ですか…?」
向けられた視線に俺は軽く会釈をする。
優しそうな目が、細められる。
「その刀....。いえ、そういうことでしたか。経緯はどうあれ、私は貴方を迎え入れなければなりません。どうぞこちらへ」
男性の目が俺の持っていた刀で止まると、そのまま俺の目を見て真剣な顔で俺を迎え入れてくれる旨を示す。
そうして男性はそのまま門のそばに近づいて、門に手をかける。
「『コード認証』」
手をかけたところを中心として、魔法陣が形成される。なるほど、魔法にはそういう使い方もあるのか...。
などと感心している間に、門は重々しい音を立ててゆっくりと開いていった。
「どうぞ」
男性は入口の横に立ち、手のひらを屋敷に向ける。その横をルナはさも平然のように通り過ぎる。
俺は慌ててルナの後を追いかける。
一分ほど歩いてようやく玄関らしきところに着いた。
ルナは躊躇なくその扉に手をかけ、開く。
「「「おかえりなさいませ、お嬢様」」」
開いた瞬間に、大勢の使用人らしき人々がこちらに向き、礼をする。
「す、すげぇ...」
そんな光景を見た俺は、そんな言葉が計らずとも出てしまっていた。大勢の使用人。普段の家の二倍はありそうな天井。そこにぶら下がっている豪勢なシャンデリア。そして、光り輝くほどの美しさを持った床。こんな、如何にも『屋敷』という場所に入ったらつまらない嘆息が出ても仕方ないと思う。
「それでは、新藤様。旦那様のところに案内させていただきます。セレンさんは業務に戻ってください。すみませんがルナお嬢様は一緒に来ていただけますか?」
「えぇ、構わないわ」
「承知しました」
いつの間に追いついていた男性が、俺の案内役を買う。とてもありがたい申し出だ。
______あれ、俺って名乗ったっけ?
そうして、屋敷の中をしばらくの間歩かされる。
ふと、とある一室のドアの前で立ち止まる。
「此処が旦那様の書斎です」
そう言って、男性はドアを二度ノックをして、返答を待つ。
『誰だい?』
「トルア=ヴィラスです。お嬢様とお客様をお連れしました」
『そうか、入れ』
「失礼します」
そう言ってトルアと名乗った男性はノブに手をかけ、押し開ける。
現れたのはなんてことは無い普通の書斎だった。大量にある本。ちょっとした絵画。アンティーク調の絨毯に机。だが、その机に向かって座っている男には、何かただならぬものを感じた。
男は顎に髭を生やし、髪は後ろにかきあげられ、所謂、オールバックのような髪型になっている。歳は三十代後半だろうか。十代の娘を持っている割には若いな。
「さて、ヴィラス君、彼は一体...?」
旦那様と呼ばれる男性は訝しげな目でこちらを見やる。その視線には、どのような人物か、値踏みをされているようで、気分が悪かった。
「はい、彼は迷子のようです。名前は____」
そう言って、トルアという男性はこちらにチラリと視線をよこす。名前は自分で言え、ということか。
「新藤工と言います」
「ふむ。聞き慣れない呼称だな。何処の出身だ?」
「えっと、日本というところの北海道で」
「聞いたことのない地域だな。さては君、異界者かい?」
「まぁ、そういうことになりますね」
「ふむ....」
なんだろう。この男の人、やけに話が早いというか。こっちの理解に追いついていないことに納得がついているような...。
「?君、その刀は....ッ!そういうことか...。なるほど、理解した。つまりはそういうことなんだね?」
男性がそう言うと、トルアという男性に視線を送る。トルアという男性は静かに頷き、肯定する。
「また、面倒な案件を拾ってくるな、ルナ」
「私はたまたま居合わせただけだし…!私のせいにしないでくれない!?」
「あの...」
俺は耐えきれなくなり、質問をぶつけようと挙手する。
「ん?なんだい?」
「素朴な疑問なんですけど、面倒な案件というのはどういう事ですか?」
「あぁ、それか…そうだね、君は外の住人だからね、知らないのも無理はないね」
「それってどういう____」
「今から説明するさ、落ち着いて聞いて欲しい」
俺は口を閉ざし、彼の説明を待った。
そうして彼は、立ち上がり窓側に立って話を始めた。