境界魔道戦争 Episode1「出会い」其の二
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「〈リシュテルノア〉?」
刀が言った地名であろうものを反芻するが、やはり心当たりがない。本当に異世界なのだと味わわされる。
俺は空を見上げ、独り呟く。
「来ちまったな、異世界...」
そう、来てしまったのだ。戻ることの出来ない。異世界へ。
さて、これからどうしようか…。
そう思い立ち上がると、焦りに似た怒号が聞こえてくる。
「あ、ああ、あなた!!」
「ん?」
声のした方を向くと、そこには女性が立っていた。歳は20前半だろうか。ロングの赤い髪風にたなびかせ、大きな目は限界まで見開かれている。
服装は、メイドのような服装をしているが、手には槍のようなものを持っている。
「今、空から...。まさか、ノワールですか!?」
「ほえ?ノワール?何それ?」
ノワール、確かどっかの国の言語で黒、っていう意味だっけか。んー確かに今の俺の格好は黒の道着を着ているからな。『黒ですね!!』と言われても_______うん、おかしいね。
「あくまでも、とぼけるつもりですね。分かりました。ならばその首もらい受けます!!」
「は!?ちょっ、待てって!!」
女は槍を構え、一直線に俺に突っ込んでくる。
「問答無用です!」
そう言った女の槍は俺に向かって一突き、更に一突きを放ってくる。俺はその攻撃を左に右に避けつつ、弁明を続ける。
「ちょっ、俺は人間だって!ノワールだかなんだか知らねぇけど、そんなものは違うっつの!!」
「問答無用と言ったはずです!.....っく!ちょこまかと…。動かないで頂けますか!!」
それは無理な話だ。どうやらこの女、人の話を聞かないらしい。
『丁度良い。童、お主の力を見せてみよ』
「俺の力だ?」
安全域にいる刀はそう言った。
あいつ、他人事だと思いやがって...!
「分かったよ!!やってやらぁ!!」
『ふ、それでこそ童だ』
「さっきから独りで叫んでどうしたんですか?ノワールというのは頭までおかしいのですか?」
女はそう言いながらも、攻撃の手を休ませることは無い。
というか、刀の声って俺にしか聞こえないのか…。マジで哀しい人に見えるじゃねぇか。
俺はバックステップで一度、女との距離を置く。
「自ら、槍の射程距離に入ってくれるとは愚かですね!!」
そう言って女は力強く槍を一突きする。
_______愚かなのはそちらの方だったな。
俺は突き出された槍を左に避け、勢いを殺すことなく、左腕で槍の柄を抱え込み、身体を反転、そのまま右肩で相手に体当たりをくらわせる。
「ぐっ」
女はバランスを崩したものの、倒れることは無い。しかしそれも想定内。
俺はすかさず、左脚で相手の左脚を刈る。
女は自らの獲物を手放し、その場に尻餅をつく。
「きゃっ」
俺は女が手放した槍を構え、突きつける。
「降参した方がいいんじゃないか?」
少々意地の悪い笑みを浮かべて、女を煽る。
女は悔しそうに歯噛みをしているが、やがて右手を顔の前にかざし、降伏の証を_____。
「閃け閃光、〈ハルトン〉!!」
「へ?」
女がそう言うと、かざしていた手から鋭い光が放たれる。
「くっ!!」
光は俺の視界を遮り、徐々に大きくなる。一際大きくなった時に、腹部に衝撃が走った。
「がはっ!」
俺の身体は後方へ飛ばされ、尻餅をつく。
視界を奪っていた光は徐々に消え、周囲の状況が目に入ってくる。
俺は地面に尻餅をついて槍を持っている。女は俺がさっきいた場所よりも少し離れたところに立っており、両手をかざして、何かを詠唱している。
_______詠唱?
「我が信ずるものは義なり、汝抗うものは仁なり」
女は詠唱を始めると、女の手には魔法陣のようなものが現れ、赤い光を帯びていく。
「穿つは邪なり、放つは聖なり、焼き尽くす火焔の業火なり、我此処に焔を穿たんとす」
「おいおい、これやべぇんじゃね…?」
俺はすぐに立ち上がり、横に走っていく。
「〈灼熱地獄〉!!」
女がそう叫ぶと、魔法陣は赤い光を強めて何かが姿を現す。
「おいおい、マジかよ…」
_____それは直径2mはあろう火焔球だった。
あんなものをまともにくらったら、生きていることは難しいだろう。
女は手をこちらに向けると、それが合図だったかのように、火焔球が俺を襲う。
______時速100kmを超える勢いで。
「ちょっ、早ぁ!!」
ドゴォ!!という音を背に俺は何とか避けて、俺が立っていた場所を見る。そこには見事なまでに綺麗なクレーターができていて、真っ黒焦げになっていた。俺は再び女に向き直り次の動作に備える。
女は再び、火焔球を作り出し、俺に投げつける。
大きさは先ほどの半分ほどだが、スピードは変わらず、俺を倒すには十分だろう。
「くっ」
俺は繰り出される火焔球を間一髪のところで躱す。女は三度、火焔球を放ち、紙一重で躱す。
「動かないでいただけますか!?」
「っざけんな!!動かなきゃ死ぬわ!!」
「だから、死んでくださいと言っているのです!」
繰り返される爆発音により、俺も女も声を荒らげて叫ぶ。
このままだと、確実に仕留められてしまう。何か、この状況を打開できる策は無いんだろうか。
俺は女の一挙手一投足に意識を集中させる。
女は火焔球を放つと、再度、かざした両手から火焔球を作り出す。
______隙が全然ねぇ。
まだ、まだだ。どこかに絶対に隙がある筈だ。
俺は女が火焔球を放った瞬間に意識を集中させる。
______なるほど。そこが隙だったってわけか。
俺は放たれた火焔球を避け、次の動作に備える。
「そろそろ倒れてください!」
「あぁ、倒れるさ」
女は火焔球を繰り出す。その瞬間俺は手に持っていた槍を真っ直ぐ投げつける。その間に右手から大回りで接近する。
「きゃっ」
投げつけた槍が火焔球を貫き、女は驚き魔法の発動をキャンセルさせる。そう彼女の隙、それは魔法と魔法の間に発動される魔法陣だ。この魔法陣の発動を破棄させれば、彼女の攻撃までの時間を数秒だが稼ぐことが出来る。その数秒があれば攻撃を放つのに、問題ない。
「_____君がね」
「なっ」
不意に視界に現れた俺に驚き、急いで魔法陣を展開させるが、既に遅い。俺の掌底が女の腹部を穿つ。
「かはっ!」
女は膝から崩れ落ち、その場で気絶した。
「しまった、やり過ぎたかな…?」
対人なんて最近全くやってなかったものだから手加減の具合を間違えてしまった。
これからどうしようか…。
放っておく訳にはいかないし、かと言って起こすとまた襲ってきそうだしな。
等と逡巡していると…。
「リタ!?」
「ん?」
聞き慣れない声と名前が聞こえ、聞こえた方を振り向く。
そこには、とても綺麗な少女がいた。歳は同じくらいだろうか、端正な顔立ちに、まだ幼さが残る体つき、澄み渡るようなブラウンのの瞳は限界まで見開かれ、肩甲骨まであるブロンズの髪を風になびかせている。腰には、剣のような武器を携えている。とにかくとても綺麗な少女だった。
「リタ!!」
少女は『リタ』という名を叫び、こちらへ走ってくる。どうやら少女はこの倒れている女の知り合いのようだ。だったら都合がいい、この女を起こして_____。
「リタに何をしたんですか…!」
「へ?」
少女が放った、思ったよりも低いトーンに俺は呆けた返事をしてしまう。そしてこの状況を今、客観的に見ることが出来た。
「例えどんな人であろうとも、リタをこんなことにした人は許しません」
気絶した女、その前には戦闘を終え、疲れが出ている男、見る人が見れば、『強姦魔!!』と罵られるだろう。つまり、そういうことだ。
_____俺、生きていられるんすかね…?