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第二章 河童と携帯ラジオ その2(写真あり)

「これ、直せるかしら?」


 家に帰ってすぐに神社に来た誠一は横文字のプリントTシャツにベージュのチノパンというラフなスタイルで白鹿神社に赴いた。案の定、巫女の装束を着た鏡花が板張りの社の中でちょこんと座って待っていた。


 手渡されたのは携帯ラジオだった。手回し発電ができるので電池も不要な、災害の時に便利なタイプだ。


「音が出ないのよ。私じゃあよく分かんないけど、あんたなら直せると思って」


 試しに電源を入れてみたが、確かに雑音すら発さない。手回し発電機を回してみてもうんともすんとも鳴らない。


「開けてみないと分からんなあ。ドライバーとか持ってる?」


「とりあえず家にある工具は持って来たわ」


 鏡花は壁際に置かれた金属製の工具箱を引きずり、誠一の前で開けた。誠一はその中から、おもむろに鉛筆程度の大きさのプラスドライバーを取り出し、慣れた手つきでラジオ側面のネジを外した。


 ラジオの中は緑の基盤と、赤や青のカラフルな導線が交錯した複雑な構造ではあったが、空洞もかなりのスペースを占めていた。


 ドライバーを突っ込み、導線をちょっと引っ張ってやると、本来どこかとつながっていたはずの、一端が外れた赤い導線が姿を現した。


「どうも導線が一本切れているみたいだ。はんだがあればすぐにでも直せるけど……」


 誠一は工具箱を掘り返す。そして、最奥で黒ずんだ小型のはんだごてと、黄ばんだナイロン袋に入った数本の細長いはんだを見つけた。


「用意がいいね」


 誠一は照明用のコンセントにはんだごてのプラグを差し込んだ。


 ラジオから基盤を抜き出し、お供え用の机の上に置くと、外れたコードと基盤をつなぐ場所を確認する。そしてはんだごてが十分に熱せられたのを確認すると、導線を基盤の上にはんだで押さえつけ、先端を触れさせた。


 黒ずんだ細長い金属棒は鉛色の滴となり、導線と基盤をつなぎ合わせる。


 はんだ付けは誠一の最も好きな作業のひとつだ。口笛を吹きながら、手際良くはんだを融かす。鏡花はその様子をしげしげと眺める。


 はんだごてを離すと、導線と基盤は光沢のある美しい金属片でつなぎ合わされていた。


 基盤を開いたまま電源をつけると、早速ザアザアと音が鳴り始めたので、鏡花は「わあ」と驚いた。誠一はにやりと笑った。


「流石マコトね。ありがとう」


 らしくもなく感謝する鏡花。


「どういたしまして」


 基盤を元の場所にはめ込んで、ドライバーで固定しながら誠一は照れ笑いした。


「それにしても、そんなラジオどうするの?」


「そうそう、これはね、河童から修理するよう頼まれた物なのよ」


「へ、河童?」


 誠一は昨日出会った信兵衛をふと思い出した。


「そう、河童よ。あの人たちは知識欲旺盛でね、外の事情とかに興味津々なのよ。大事にしていたラジオが壊れてしまって困ったからって、今日の朝突然押し掛けて来たのよ」


「へえ、河童が家に?」


「そうよ。他人に見られないように川を下って来るのは大変だったらしいわ」


 誠一の河童に対する印象は決して悪くない。むしろシンベエの人柄(河童柄?)から受けた印象はかなり良好だ。


「とにかくありがとう。河童のみんなもきっと喜ぶわ」


「まあ、そりゃ嬉しいこったな」


 ワイルドな風貌のシンベエがラジオを片手に大喜びする姿を想像すると思わず笑いがこみ上げてきたが、必死に耐える。


「これから持って行くからあんたも来なさいよ。きっとみんな歓迎してくれるわ」


「そうかな? まあ、せっかくだし行こうか」


 正直に言うと家に帰りたくなかったのだ。いっそのこと、どこかで外泊でもしたい気分だった。


 家を離れられるならどこでもいいや、そんな気分で軽く答える。


 急斜面の参詣道を降りると、鏡花の父親が車で迎えに来ていた。娘が鷹よりも恐ろしい目付きをしていることなど全く感じさせない、心の広そうな、恰幅の良いお父さんだ。


「お父さん、マコトと一緒に河童のトコまで行きたいんだけど」


「はいよ。誠一君、乗りな」


 鏡花は助手席に、誠一は言われるがまま後列に乗り込んだ。


 キーを回すとランドクルーザーが力強く唸り、そのまま発進した。無骨な車体に似合わず、揺れはあまり感じない。


「河童って、いつもはどこにいるの?」


「この川の上流、車で山に入ってからしばらく歩いた所だよ」


 ハンドルを切りながら鏡花の父は答えた。


 誠一達の乗った車は神社にほど近い川に沿って東の方向、上流へと進んだ。


 既に太陽は沈んでおり、薄暗い闇が辺りを覆い始めていた。山が近くなると元々まばらだった人家もさらに少なくなり、山間の僅かな街灯と車のライトだけが頼りになる。


 川に沿った山道に入ると、今までは草地ばかりだった河原も大きな岩や礫が目立ち始め、ついには水流も白色の水飛沫をそこかしこで立てる渓流となった。


 また、いつの間にか路上のアスファルトも途絶え、車はそこらに小石の散らばる、固い土のむき出したままの、未舗装の道路を進んでいた。


 垂れ下がった木々の枝が屋根を幾度となく打ち付けるが、さすがランドクルーザー、勢いを殺すこと無くずんずんと山道を突き進んだ。


 どれほどの小枝を押しのけてきたであろうか。突然、鏡花の父はブレーキをかけた。


「ここだよ。誠一君、懐中電灯を持って降りて」


 座席に備えられていた懐中電灯を持ち、誠一はドアを開けた。


 窓を閉めていたので分からなかったが、この川の水流はかなり激しく、途切れること無くゴゴゴゴという低い地響きのような音、ブシャーという機械のような音など、様々な水音が一つの和音を奏でている。


 懐中電灯を照らしてみると、周囲は隙間無く木々に囲まれており、片側だけが河原へと通じる(とは言っても草もボーボーに繁茂している)坂道で開けていた。


 鏡花の父が坂道を蟹のように横歩きで下り始めたので、誠一も後に続いた。


「足元に気を付けて。ここにはウルシも生えているからね」


「ひええ、先に言ってくださいよ」


 小学生の頃、ウルシにかぶれて酷い目にあった経験のある誠一は目に付く植物の葉には絶対に触れないよう、慎重に進む。鏡花はスキップをするような足取りで二人に続いた。


 やっとの思いで河原に降り立つと、安堵した誠一は足元の注意を怠ってしまった。


 真ん丸な石を踏みつけてしまい、それがローラースケートのように誠一の足を滑らせてしまった。バランスを取りなおす暇も無く、誠一は坂道に仰向けに叩きつけられてしまう。


「大丈夫? 生きてますか?」


 苦痛に悶える誠一の顔を、鏡花が覗き込んだ。


「いってー。まさかこんな伏兵がいたとは」


 誠一はむくむくと立ち上がる。背中に付いたゴミは鏡花が払ってくれた。


 水流により角が取れて、丸みを帯びた握り拳以上の大きさの石が河原を埋め尽くしている。日本古来の山地の姿を今尚残すこの渓流は、昼間に来たら実に気持ちの良い行楽地だろう。


 三人は河原に沿って、更に上流を目指した。途中、何度も大きな岩を乗り越えたり、小川を飛び越えることになったが、しばらく進むと比較的流れの緩やかな、川幅の広いエリアに到着した。


 水深も他よりもかなり深くなっているようで、水面に光を当てても水底は全く見えない。


「ここが河童の住む場所よ」


 今まで取るに足らない会話しか交わしていなかった鏡花が切り出した。


「え? ここに?」


 誠一は水面のあちこちにライトを照らすが、河童の姿は見えない。森の方向に向けてみても、生い茂る木々以外、照らされるものは無い。


「ちゃんと合言葉があるのよ。よく覚えておくのよ。言っとくけど、一回で覚えてよね」


 気乗りしないのか、口を尖らせながらもすうっと息を吸い込む鏡花。


「九回裏三点リードのピンチに打席には四番、投手は決め球のフォークボールを投げた、と打ったぁー! これは大きい、入った、入った、逆転満塁ホームラン、イーグルス逆転勝ちです!」


 誠一は固まった。普段なら絶対に発さない素っ頓狂な大声で野球実況を真似る鏡花に、どう反応すべきか思考が追いつかなかった。


「ちがーう! 入ったは三回だ!」


 ほぼ同時に、何もいないと思っていた川面から全身赤色、褌一丁の男の河童が激しい水飛沫とともに跳び上がった。


 水飛沫が誠一に激しくかかり、驚きのあまり尻もちをついてしまった。


「いいでしょそのくらい。だいたいなんでこんなのが合言葉なのよ!」


「なんでって、河童の総意だよ。去年の10月、Aクラス入りのかかる大一番での逆転勝ちだぜ。これ以上相応しい言葉がどこにあるかってんだ」


「そもそもこれは言葉じゃなくって実況! 毎回毎回言わせられるこっちの身にもなってみなさいよ、恥ずかしいなあ!」


「おいおい、河童は野球実況を子守歌にして野球実況を念仏に死んでいく一族なんだぜ。河童のソウルミュージックなのに恥ずかしいは無いだろ……と、お前誰だ?」


 男の河童は巨大な目玉を誠一に向けた。


「は、はい、稗貫誠一です」


 自分に話題を振られて焦る。それを聞いた河童はああと納得の表情を浮かべた。


「ああ、お前が稗貫さんの……おい、みんな出て来いよ」


 河童がぱんぱんと水かきの張った手を叩くと、淵のそこら中から次々と水しぶきが上がった。


挿絵(By みてみん)

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