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最終章 遠野新伝承

「マコト、あんた大手柄じゃないの!」


 家に押しかけて来た鏡花が誠一に抱きつく。


 女の子に抱きつかれるような経験など皆無な誠一は心臓がかなり高鳴っていたが、その相手が鏡花とあってはロマンス度はだだ下がりだ。


 淵神を退治した明くる日、正午を過ぎてもベッドでいびきをかいていた誠一であったが、母に鏡花が来たと起こされたばかり。急いでパジャマを着替え、玄関に出た途端に、鏡花が抱きついてきたのだ。


「ああ、ああ、わかったから離せよ。ほら、周りの人が白い目で見てる」


 人なんて滅多に通らないのは分かっているのだが。誠一はやっとのことで鏡花を引き剥がす。


 鏡花もまた普段着で、最近ずっと巫女服ばかり見てきた誠一にはどうもしっくりこないように思えた。


「ばれていたのか、昨日の天狗が俺だってこと」


「うん、私の家族と、あんたのお爺さんにはね。でも、他の人にはばれてないわ。みんな早池峰の天狗が来て、悪い神様をやっつけたんだって思ってる。あんたの演出のおかげで人間が強い天狗を信頼したから、神様は消えちゃったし、その効果で山への信仰も増したみたいよ」


「それは良かった。でも、またあの神様が復活するなんてことは……無いよな?」


「大丈夫よ。みんながあの神様の倒れるところを見ちゃったんだもん。神様は死んだってみんな思ってしまったわよ」


「ならいいんだ。……ところで先輩は?」


 誠一がぼそりと尋ねた。


「命に別条は無いわ。ただ、ここ一年くらい、箱を開けてからの記憶が曖昧で、神様のことなんて何も覚えてないみたい。川の水を操ることももうできないでしょうね。それ以外は至って元気よ」


「そうか、一応は無事か」


 誠一は息を吐きながら頭を下ろした。


「あんたのお爺さんは社務所で会合中よ。昨夜起こったことは決して口外にしないこととか、色々取り決めを作っているはずよ」


「せこいな」


 誠一の口から思わず言葉が漏れ、それに気付き口を押さえた。鏡花は聞こえたのか聞こえなかったのか、話しを続けた。


「もうすぐ帰って来るわ。もうすぐお昼ごはんでしょ、その時にでもお爺さんを質問攻めにしちゃいなさいよ」


 鏡花はいたずらっぽく微笑んだ。


 その日の昼過ぎ、雲一つ無い空からさんさんと照りつける太陽が地表を温め、遠野では日中の最高気温が今夏初めて30度を超えた。




 遅れてやって来た真夏日は8月いっぱい続いた。9月に入ってもなお太陽の勢いは衰えること無く、稲穂も活き活きとし始める。


 遠野だけでなく、東北各地で冷夏の収束が観測され、農業従事者は安堵で胸を撫で下ろした。


「今年もなんとか収穫できそうだな」


 9月のある日曜日、誠一は田んぼの畦道に腰を下ろし、たわわに実を付けた青い稲穂を見渡していた。草刈りの休憩タイムだ。


 祖父はタオルで顔を拭きながら話し始めた。


「お前の生まれてくる前だが、夏が全く来なかった年があった。その時は米がほとんど採れんかったぞ。またあれがやって来るかと思ったが、良かったのう」


「もうその話は何十回も聞いたよ」


 誠一は立ち上がり、大きく伸びをした。


「誠一、そう言えば稗貫家の使命はどうする? 前に返事は保留すると聞いたが、今のところどう思っているかのう?」


「んー、まだ保留にしといて。今のところ俺がいないと、妖怪のみんなも困るみたいだから」


 再び鎌を手に取り、長く伸びた雑草を刈り始める。


 祖父はふっと微笑んだ。


「誠一様、誠一様!」


 突如、声が響く。作業に没頭していた誠一が振り返ると、稲穂の隙間から二匹の猿が顔を覗かせていた。


 一匹は若い猿で、もう一匹はいつぞやの老猿、猿族の頭であった。


「どうしたんです?」


 周りに祖父以外の人間がいないことを確認して、誠一は二匹の猿に顔を近付けた。


「実は……」


「実は、猿族のある者が最近、人間の畑を荒らし回っておるのじゃ」


 若い猿が話し出そうとしたところで、老猿が話し始めた。


「昨日、そいつがついに人間に噛みついてしまったようじゃ。人間に被害を出してしまっては、駆除隊が結成されてしまう。我々としてもそれだけは困る。そのために……お主にその猿を捕まえて欲しい」


 老猿は深々と頭を下げた。その視線は地面ではなく、やや反れていたが。


「我々もそいつを捕まえようとしたのじゃが、そいつは頭が良く、逃げ足も速くてとても追いつけん。頼む、猿族のためにも……」


「わかりました」


 誠一は快諾した。


「その猿の名前は何と言うのですか?」


「うむ。ガンスケと言う雄の大猿じゃ」


 誠一はすっと立ち上がり、駆け出した。


「じいちゃん、俺、ちょっと山に行ってくるわ。草刈りあとはよろしく」


 岩手県遠野市。この町では今尚多くの怪異が語り継がれている。

 ここまで読んでくださりありがとうございます。

 この小説はこれにて完結させていただきます。


 元々この小説は6年ほど前に私が最初に書き始めたもので完成後長らく放置していましたが、此度小説家になろうにて投稿する次第となりました。

 流行など完全に無視して趣味に走った内容ですが、その分思い入れも強いため皆様に読んでもらえて大変嬉しいです。


 作中の写真は実際に遠野に旅行した際に撮影したもので、遠野の風土を少しでも感じていただければと思って掲載しました。

 過疎化や開発によって昔ながらの風景を残す地域が少なくなる中、遠野は現在でもなお独自の文化を残しています。

 ですがこれは遠野に限った話ではありません。皆さまの地元でも脈々と受け継がれる伝統が残っているはずです。こういった文化は内包されている本人には常識であるため、特異さに気付かないものです。

 私の地元では百人一首の坊主めくりにおける蝉丸の扱いがチート過ぎて、引いたプレイヤーは全員の手持ちのカード、捨てられたカードをもらえるというローカルルールがありました。引っ越してただの坊主と同じ扱いにされているのを見てえらく驚いた記憶があります。


 それでは現在連載中の拙作『絶望の商人と奇跡の娘』もよろしくお願いします。

 重ね重ね、この小説を読んでくださり本当にありがとうございました。


     2016年11月23日 悠聡

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