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第四章 狐の情 その5

「結局また振り出しかよ」


「もしかしたら本当に人間の仕業かもしれんな」


 誠一と祖父が倦怠感を露わにしながらずんずんと山を下る。鏡花は終始無言で、誠一達よりも3メートルほど後ろを歩いていた。


「おじさんには悪いけど、これは未解決事件として処理すべきじゃないのか? だいたい誰だよ、神社の前にスクーター置くなんてややこしいことした奴は」


 誠一が振り向き、鏡花に向かって声をかける。しかし鏡花は例の鋭い目で睨み返すだけだ。誠一は慌てて前を向き直した。


「……それにしても仔狐かあ。昔、家の近くにもいたっけなあ」


 鏡花が怖いので、誠一は話題を変えることにした。


 山の中腹までさしかかり、植林された針葉樹だけがそびえ立つ区画に入る。枯れ枝以外落ちている物は無く、所々で痩せた粘土が顔を覗かせている。


 都合の良いことに、間伐された太い杉の木が倒されたままになっていたので、三人はそこに腰かけて休むことにした。


 族長からお土産でもらったグミの実を口に放り込むと、爽やかな甘酸っぱさが鼻まで浸透した。疲れた体でもまだ頑張れるような気分になれる味だ。


「美味しい……」


 ようやく鏡花が口を開いた。しかし消え入りそうな、ただ息をそのリズムで吐いただけのような音だった。


「うまいなあ。じいちゃん、家にもグミ植えようか?」


「挿し木にしたらいいらしいからな。山本さんの家から枝を一本もらって来ようかのう」


 見事な出来のグミに舌鼓を打ち、男衆の機嫌はすこぶる回復した。山歩きの苦労もグミの味で一気に吹き飛ぶ。


 何の前触れも無く、鏡花が立ち上がった。誠一と祖父は会話を中断し、動きもぴたりと止めた。


「何か……いる」


 鏡花がぼそりと呟く。祖父が手提げバッグから狩衣を取り出し、誠一に着させた。


 狩衣を着込み、誠一はよく耳を澄ませる。天狗の力を得て、視力聴力をはじめ五感がことごとく鋭くなった誠一にも、確かにぱきりぽきりと何者かが枝を踏みながら三人に近付いてくるのが察知できた。


 しかしどこから音が聞こえてくるのか皆目見当が付かない。タイミング良く冷たい風も吹きこんできた。杉の木が揺れ、ザアザアと葉がこすれる。


「誰だろう」


 もしも人間だったら、古風な格好をした子ども達が山にいれば不審に思うはずだ。急いで誠一は狩衣を脱いだ。


 近くの茂みががさがさと揺れ、そこから小さな影が飛び出した。


 女の子だった。10歳くらいで白いワンピース姿にショートボブの女の子が、こんな山中に突如現れたのだ。


「な、何しているんだこんな所で?」


 固まる中学生二人を置いて、祖父は女の子に歩み寄った。


「私は遊びに来ただけだよ。お兄ちゃんたちこそ、こんな所で何しているの?」


 女の子はにかっと笑って尋ねた。


「遊びに来た? こんな山奥まで一人で入っちゃ危ないぞ。わしらは用事でここまで来ているだけだ」


 祖父は柔らかく女の子を諭したが、この女の子の視線は祖父ではなく誠一に向けられていた。


「ふうん、神社の巫女さんが……神事でもあるの?」


「まあ似たようなものね」


 鏡花が自分を親指で指し示した。


「危ないから一緒に帰ろう。おうちはどこだい?」


 祖父が腰を落として女の子と目線の高さを合わせる。


「ええとね、こっちだよ」


 女の子は斜面を下り始めた。


「待て」


 ついて行こうとした誠一を祖父が止めた。その声に、女の子も足を止める。


「お前さん、今来た方向とは違うな。わしらをどこに連れて行く気だ? そもそもお前さん、本当に人間かいの?」


 祖父の指摘に、女の子は黙り込んだ。笑いながらも鋭い目を向ける祖父に、女の子はついに観念した。


「申し訳ありません。私は狐のイヅナと申します」


 女の子がこちらを振り返り、深々と頭を下げた。同時に、短く切った頭からにゅっと何かが生えた。小麦色の狐の耳だ。


 本当に化けるんだ! 誠一は驚いて腰を抜かした。


「か、かわいい……!」


 一方の鏡花は目をきらきらさせている。この夜叉のような娘にも意外と女の子らしいところはあって、こういうかわいらしいものには弱いらしい。


「狐が何の用だい? 今朝の事件のことか?」


 祖父が尋ねると狐の女の子は「はい」と丁寧に答えた。


「実は今朝、神社の前にスクーターを置いたのは私です」


「え? あのスクーターはあんたのせいだったわけ?」


 鏡花は輝かせた目をじっと細めた。だが両手の指はわきわきと落ち着かず、今にも目の前の狐の女の子を抱きしめようとしていた。


「はい。私は今朝、狐族の者が人間から奪った豆を食べているところを目撃してしまい、族長にもお伝えしました。ですが狐族の信頼が揺らぐことを恐れて組織ぐるみで事件を隠すよう指示されたのです。しかし、黙っていたことがばれては余計に信頼を失ってしまうのは明白です。私は皆さんのお力を借りようと思い、犯人の使ったスクーターを山中で見つけ、神社の前に置きました」


 誠一はぼりぼりと頭を掻き始めた。


「それじゃあ、スクーターに付いていた毛ていうのは……」


「はい。犯人の物で間違いございません。狐の者達が仔狐の物だと申しましたが、そんなのは真っ赤な大ウソです」


 誠一は憤慨し、拾った木の棒をがむしゃらに振り回した。


「なんてこった、俺たちは騙されていたのか!」


 振り返り鏡花と祖父を見たが、二人は意外にも「うーん」と唸りながら考え込んでいた。鏡花も懸命に衝動を抑えているのだろう、指を組んで顎に当てている。


「どうしたんだよ。真犯人を知っているって言うんだぜ」


 誠一は鏡花に詰め寄ったが、鏡花はフルフルと首を二度横に振った。


「信用し切れないわ。もしかしたら、今話しかけているのは狐族の崩壊を企む別の妖怪かもしれないし」


「何てこと言うんだよ!」


 とっさに誠一は鏡花の腕を掴んだ。反射的に鏡花は払いのけた。


「冷静に考えなさい。私たちには今の話が事実だという証拠が無いのよ。いくら整合性が取れていようと、確信はできないわ」


「まったく鏡花ちゃんの言う通りだ」


 祖父は鏡花の頭を撫でた。


「わしらは争いに関しては第三者である以上、どちらの意見も常に等しく扱わないといかん。感情に振り回されては、真実が見えなくなることもあるからのう」


「第三者とか言ってる場合かよ。おじさん怪我しているんだぜ」


 誠一は地面を蹴った。植物と呼ぶべきか土と呼ぶべきか、微生物によって分解され、粉々になった葉や枝が飛散した。


「しかし狐族の長が否定しているでのう。怪しくても証拠が無いのなら、これ以上突き詰めることはできない」


「ええいもう!」


 誠一は頭を掻き毟った。腹が立った時に頭を掻き毟るのは誠一の幼いころからの癖だ。家族には散々注意されてきたのだが、一向にこの癖は直らない。


 頭髪が毬栗のようになって、ようやく手を止めた誠一はイヅナに語った。


「誰かは分かりませんが、あなたの言うことが本当ならば、俺たちに証拠を見せてください」


 鏡花も祖父も落胆した様子だった。口にはしなかったが、正直なところ族長の証言は全くのデタラメだとは感づいていた。そしてこの愛らしい狐の女の子の言うことが真実だということも。


「生憎ですが、私は今犯人を特定する証拠を持っておりません。ですが、奴らが豆を食べていたのはこの近くでした。そこは痩せた土壌で、狐も滅多に立ち寄りません。もしかしたら、有力な証拠が見つかるかもしれません」


「分かったわ」


 鏡花が割って入った。


「ここで足踏みしていても何にもならないし。私だって個人的にはあなたを信用したいからね」


 鏡花はついさっきの落ち込みからは考えられないほどの笑顔で話した。


「それからあなた、その耳触らせて」

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