第六話「竜の棲む山」
以前投稿した物を全体的に修正しました。大筋は変わっていません。 (2017/4/3)
警護隊長のオルギルは、俺が飲み終えた茶の器を置くのを待っていたかのように再び話し始めた。
「そもそもヘリアッド様が生まれてすぐ婚約が成された異常性がわかるか?」
? それは単に許婚みたいなものじゃないのか?
俺がそう言う顔をしたのに気づいたのか、続ける。
「ヘリアッド様は御年11歳。対してビスキナ公爵家公女マハナス様は失礼ながら今、42歳だ」
「……は?」
それは姉弟どころか母子でもどうなのって歳の差なんだが……。
「ヘリアッド様がまだ幼い頃より一刻も早く婿入れしろと再三にわたってしつこく催促され続け、遂に最終勧告とも取れる脅しまがいの便りが来たので、仕方なく此度の婿入りとなったのだ」
でもそれってつまり、これ以上待つと子供を産むのが難しくなるからとかの理由じゃないのか?
「生憎だが貴公が今想像してるであろう理由ではない。真実は、これ以上待つと『美味しい時期を逃してしまうから』だよ」
「はぁ?」
おい、それって、まさか……。
「マハナス様は勿論大っぴらには言われないが、嗜虐的少年愛好者として貴族の間では有名なのだ」
おいおい、聞いてただけでも虫酸が走って来たぞ。俺はグロやSM系のネタは好きじゃないんだ。
「ビスキナ公爵家の居城に連れて来られて出て来た少年はいないとすら噂されている」
「待てよ。そんな所に公子様を連れて行ったら……」
「いや、さすがにヘリアッド様に危害が及ぶとは考えづらい。が、趣味範囲の内はたっぷりと『可愛がられる』だろう。そして成長して『対象外』となった後も、無垢な少年たちの残酷な末路を見続けることに、いや、見ないふりをし続けることになるだろうな」
「なるほど……そりゃ確かに、何もかも捨てて逃げた方がマシだ」
もっとも根本的な解決には全くなっていないけどな。
「しかし、その僅かな希望は潰えた。再度誘拐されるなどという不手際は絶対に許されない。もうこのままビスキナ公爵領に向かうより他に無い」
「……だが、まだ手はあるってことだろ?」
そうでなければ俺にこんな話をする意味は無い。ただの嫌がらせ以外には。
「単純なことだ。破談金を払えばいい」
単純ではあるが容易とは言わないのがミソか。
「しかし公爵ともなると、最早金などでは動かない。だから『金では買えない物』を代わりに献上するしか無いわけだ」
「回りくどい話はもういい。要は、それを俺に探して来いってことだろ? 何なんだ?」
物わかりが良くて助かると言いたげな笑みを浮かべつつオルギルは言った。
「《竜涎香》さ」
早速オリーヴに検索させた。
現実で言う『龍涎香』は鯨の胆石のことで、主に高級な香水として使われるらしいが、つまりこの世界で言うと、文字通り竜のそれってことか?
「……要するに俺に竜を狩って来いと?」
「必ずしも狩る必要は無い。大抵見つかるのは奇跡的に川に流されて来た竜の死骸から見つかった物だからな」
でもそれって川からダイヤ探してくるようなものなんだろ? 現実的には竜を狩れってことなんだろ?
「我々は引き続き巡礼という名目で可能な限り時間をかけて進むので、ビスキナ公爵領に着くのはおよそ一ヶ月後になる」
何にせよ、それまでに竜涎香を持って来いってわけか。
「話はわかった。で、駄賃は出るんだろうな?」
「勿論相応の額を『買取金』として出すし、竜涎香以外の部位は好きにして構わない。それだけでも平民なら10年は遊んで暮らせるだろう」
「なるほどね」
って、結局それって生きてる竜を狩れってことじゃないか。この狸め。
「幸いにも竜が棲むと言われている山は、ここから馬で三日ほどだ。特別に馬車は与えよう。何なら部下を数名つけても構わないが?」
「いや、馬と15日分の食料と旅費その他諸々だけ貰えればいい。後は何とかするさ」
こっちとしては、やっと待ちに待ってた英雄譚的な冒険ができそうなんだ。むしろ邪魔をされたくはない。
だが馬だけと言うのはあんまりなので旅費と経費分くらいはねだらせて貰おうか。
「と言うか、暗殺者ギルドとグルだったんならユイリは連れ戻さなくていいのか? ヤラセだったんだろ?」
「末端の実行者には上の事情など伝えられていない。貴公がもし衛兵に突き出していたら我々としても助けることはできなかった。そしてギルド長は、失敗した者など、どうでもいいそうだ」
なるほど。
つまりユイリを帰しても言ってた通り娼館送りになる可能性があるわけか。
だったらここは素直に俺が預かっておこうか。
「じゃあ糧食は三人分で頼む」
「わかった。それと、貴公に一つだけ言っておくが、竜は狩る以前に、そもそも見つけることが容易ではないぞ。竜が棲むと言われている山の麓の村でも数年に一度程度しか見ないそうだからな」
おいおい、そんな頻度なのかよ……。
むしろ麓の村が竜狩りのベースキャンプみたいになっているのを想像してたんだが。
「……ちなみに、もし俺が途中で逃げた場合の罰は?」
「このままだと公子様がどんな目に遭われるか貴公はもう知ってしまった。つまり一生後悔とまでは言わんが、嫌な記憶を引きずって生きることになるだけのことだ」
言霊の呪いかよ!
そいつは割と厄介だな。
確かにここで逃げたりしたら今後の寝覚めが悪くなることは確実だ。
もっとも、逃げるつもりは全く無いが。
「……わかった。早速今日中に村を出たいから、馬車の手配を急いでしてくれ」
「うむ、承知した。頼んだぞ」
引き受けざるを得ない状況に持ち込んだくせに「頼んだぞ」じゃねーよ! ホント狸オヤジめ……。
「……ちなみに、竜涎香の採取を命じたのは俺だけなのか?」
「竜が棲んでいると言われている山は一つではない」
はいはい、ぬかりなく俺以外もちゃんと探しに出してるってことね。
だがそれでも俺にもやらせるってことは成果が上がってないってことでもある。
まぁ、でも、だったら使い捨て要員として少しだけ気楽にやらせて貰うさ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
こうして宿に戻った俺を待ち構えていたアリカとユイリ。
「デュランさん、見てください。これがユイリちゃんの旅装束です。更に可愛さが引き立ってて、とっても可愛いでしょ?」
そのユイリの格好は、胸部分だけ隠すタンクトップとショートパンツ。
それだけだと水着だと言われてもおかしくない服装なので、その上に厚い布地のショートジャケットを着ている。
ただし一つだけ違うのは、その下に例の黒い全身タイツを着ていることだった。
「確かに可愛いし似合ってはいるが、そのタイツは着ていないとダメなのか?」
暗殺者というか未来風忍者っぽくはあるけど。
「私も言ったんですけどねー」
「……着てないと落ち着かない……ダメ?」
「そうか。それならいいさ。気になっただけでダメなわけじゃない」
それに、これから山に向かうから虫除けとかにもなるだろう。
って、いけね。肝心なことを忘れていた。
「そうだ、アリカ。俺はこれから街道を逸れてパブステル山に向かうことになったんだが、アリカはどうする?」
「どんなご用ですか?」
「竜狩りだ」
「!! そんなの行くに決まってるじゃないですかっ! 連れて行ってくださいっ!」
「でも騎士道とは違わないか?」
「あらゆることを経験するのが騎士道なんです!」
いや、それ絶対今、出任せで言ったろ? まぁ、ついて来るのは想定内だからいいんだけど。
「ユイリは?」
「……私はデュランの道具だから、必要なら持って行って貰うだけ」
「そ、そうか……じゃあ、ユイリも一緒に行こうか」
こくりと頷くユイリ。
ここはつっこんではいけないところだ。特にアリカの前では。
「よし決まりだ。早速で悪いが今から出発するから準備をしてくれ」
「はいっ!」
「っと、忘れてた」
俺はユイリに向かい合って言った。
「その髪型、似合ってて可愛いぞ」
青い紐リボンで結ったツインテールがとても似合っていた。
「ユイリちゃん、よかったね」
「……」
ユイリが恥ずかしそうにうつむいた。
服だけ褒めて髪型をスルーしてしまうのは片手落ちだからな。
て言うか俺、こういう気は回るのに、どうしてリアルではモテなかったんだ……。
いや、今もモテているかと言われると微妙な感じと言うか、何か違うって気もするけどさ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
準備とは言っても俺はデュランダルを正に着の身着のままだし、ユイリも同じくで、単にアリカが荷造りを済ませるだけで、すぐ宿屋を出た。
途中の屋台で昼食と夕飯用のパンや肉等を少しだけ買って、村の入口に行くと、既に馬車の傍らにオルギルが待っていた。
「待たせてすまなかったな」
「いやこちらも来たばかりだから気にしないでくれ。むしろ、この程度の馬車しか用意できなくて、こちらこそすまない」
用意されていたのは二頭立ての幌馬車。
乗合馬車ではなく、荷馬車に幌が付いているだけの物だ。
「物見遊山じゃないんだから構わないさ」
言いつつ中を確認すると糧食と思われる物と、ついでにいくつかの武器も積んであった。
むしろ椅子がある物よりも、こちらの方が二人を雑魚寝させておけるから良いくらいだ。
アリカとユイリに早速乗り込むよう指示して、御者台に乗ろうとした俺にオルギルが手間賃と思われる金の入った袋と地図を差し出しつつ言った。
「その地図に我々の進む順路と日程が書かれているから、竜涎香を手に入れたら追いかけて来てくれ」
「善処はする」
「いや、貴公ならやってくれると信じているさ」
ぬけぬけと。
まぁ、公爵家は金持ちらしいし、この程度の馬車や金なんて持ち逃げされたところで痛くも痒くもないってことだろ。
だから俺に敢えてお家事情まで話して呪縛したわけだしな。
まぁ、これ以上ここでグダグダ言ってても始まらない。
むしろ俺としてはやっと『冒険』っぽくなって内心わくわくしてるし。
「じゃあ行って来る」
「ああ、待っているぞ」
俺は馬に鞭を入れて馬車をゆっくりと走らせ始めた。
ちなみにいきなり俺が馬車を操れるのは、御者のスキルデータでデュランダルに自動操作させているからで、それによって自然と俺自身の体も憶えていく仕組みになっている。その辺の準備は抜かり無いさ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
こうして村を出て走り出してから二時間ほど。
街道から外れて山間部へと向かっているので往来は全く無い。
例によってドローンに先行偵察はさせているので安全面では憂慮していないが、問題はその道程だ。
竜がいるらしい山の麓の村まで約三日。その途中に村は一つしかない。
つまり普通に行ったら、→野宿→途中の村→野宿→麓の村となって実質四日かかってしまって勿体無い。
できれば、→途中の村→麓の村と二日で行って、三日目には山に入りたいところだ。
そうするには単純に馬車を殆ど止めずに行けばいいわけで、馬の睡眠時間、二時間程度だけ休んで進めば、それは可能だ。
もっとも馬は寝ない分、餌を頻繁に食べさせなければならないので、実際は休み休みになってしまうが、それでも人間の都合で一晩休んでしまう時間浪費に比べたら微々たるものだろう。
そこで、そう言う場合は御者を交代しての強行軍をやったりするのだが、俺の場合は、俺が御者をし続ければいいだけのことだった。
オリーヴにデュランダルの制御を渡せば、俺はたとえ寝たままでも馬車を操れるからで、アリカとユイリには馬車の中で寝て貰えばいい。
動いてる馬車で寝るってのも大変だろうけど、そこは多少……いや、少なくともアリカは余裕で寝られるだろうな。そんな気がする。
とにかく、その計画で、まずは夜通し走って途中の村に立ち寄る予定で、俺は馬車を進め続けたのだった。
ちなみに野宿をしないことにアリカが少し不満を漏らしたのは言うまでも無い。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局、馬は途中の村で買い替えることにしたが、それは疲れ切った馬と元気な馬との交換なので、それほど大した出費ではなかった。
そうして公子たちが逗留していたハデラ村を出てから二日目の夕方、竜が棲むと言われているパブステル山の麓の村、ペイブに到着した。
旅人など滅多に来ない村なのか、好奇の目を浴びる中、アリカたちを先に宿屋に向かわせ、俺は一人で村長の家を訪ねる。
オルギルに貰ったはいいが結局手を付けなかったワイン壺を挨拶代わりに渡して早速竜についての話を聞いた。
「竜涎香なんて十年以上前に村の若いのが小石程度のを川で拾った程度だし、そもそも竜も、もう見かけなくなったの」
「そうなのか」
不味いな。これはいきなりハズレを引いたパターンか?
「ああ、竜ももう歳で、巣から出て来ないんじゃないかのう。ここ何年も飛ぶ姿を見かけてはおらんし、哭き声すらも聞かなくなって久しいからのう」
「? 竜自体はいるってことか?」
「そりゃいるともさ」
そうならそうと言ってくれよ。こっちは諦めて帰るところだったんだぞ。
「巣の場所はわかっているのか?」
「下手に近づいて食われんように大体の場所を把握してるだけじゃがの。じゃが正直、教えたくはないのう。あんたらが食われると、それだけ僅かばかり竜の寿命が延びてしまうからの」
俺たちが餌にされるの前提かよ!
と言うか、竜がそのまま動かずに餓死するのを待っているとは随分と気の長い話だな。
さて、それはともかくどうする? 金を渡して教えて貰うか? ……いや。
「俺たちは竜涎香が欲しいだけだ。それ以外の部分は全てあんたらにやる。それでどうだ?」
それだけでも村人で分けるにしたって結構な金になる筈だ。
本来はそれが俺の取り分なんだが、俺自身の目的はあくまでも『冒険譚』であって、金はそれほど欲しいわけでもない。
そもそも竜を処分して売り捌くのも面倒だし。
「それでも竜涎香と比べたら釣り合わんが、まぁ、寝て待ってるだけで入る金なら、それで妥協しようかのう」
ああ、それでいい。人間、過分に欲をかくとロクなことにならないしな。
こうして俺が、竜の巣までの地図を描いて貰って村長の家を出ると、既に宿の手配を済ませた二人が待っていた。
「明朝すぐ出かけるから、今夜はたらふく食って早く寝ておけよ」
「あの、そのことなんですけど、デュランさん」
「ん?」
何故かアリカがもじもじと恥ずかしげにしている。
「竜と戦うってことは、もしかしたらもしかするかも知れないじゃないですか?」
「? どうした? 怖いならこの村で待ってても構わないが?」
「そうじゃなくて、だから、今夜こそ、夜伽をですね……」
「もしかしないから、ナシ!」
「えぇ~っ……」
せめて死ぬ前にって話かよっ! 人間の本能的にわからないでもないけどさ。
「べつにユイリちゃんがいるのは気にしませんから」
「いや、そこは気にしてくれ」
て言うかユイリの前でそういう話はやめてくれ。アリカは性的なことに少し開けっぴろげ過ぎじゃないか?
「……わたしなら気にしないよ? 見慣れてるし」
「うん、ユイリならそう言うんじゃないかとも思ってたけど、黙ってような」
あと、微妙に怖いこと言うのもやめような。
「じゃあ、いつだったらいいんですかぁ~っ?」
「うっ……」
アリカに涙目で抗議されると流石に少し罪悪感が……。
「……そんなにしたいならアリカから襲えばいい」
「なるほど!」
「ちょっと待ちたまえキミたち」
……うん、ユイリも別ベクトルでダメな子だったようだ。