第五話「意外な陰謀」
以前投稿した物を全体的に修正しました。大筋は変わっていません。 (2017/4/3)
真夜中にこっそり連れて帰って来たユイリをベッドに、アリカの横に無理矢理命令して寝かしつけ、俺はデュランダルを着たまま壁に背を預けて床に座り込んで睡眠に就いた。
そして迎えた朝。
アリカとユイリが目覚めるよりも早くオリーヴに俺は起こされた。
短時間集中睡眠させられたので睡眠時間が少なくとも問題無く頭はスッキリだし、インナースーツのお陰で座った姿勢のままでも体は快調。
そっと立ち上がって窓を開ける。
見下ろした通りはもうまばらに人が歩き始めていた。
小鳥、というか雀? が屋根の上で鳴いていて、正に朝って感じだ。
「……デュラン?」
窓から入って来た音か外気の匂いにでも気づいたのか、ユイリが目覚めた。
ベッドの上でまるで猫のように伸びをしてから立ち上がる。
「おはよう、ユイリ。まだ早いから寝てても構わないぞ」
「……デュランより遅く起きたら朝食抜き?」
「そんな掟は無いから安心しろ」
それはそうと、その全身真っ黒タイツはさすがに上に何か着させないとダメだな。
とりあえずアリカが起きたらユイリの服を買いに行って貰おう。
昨夜商人から貰った金を無駄遣いしなくて良かった。
俺がそんなことを考えてる内にユイリは床にぺたんと座り込んで柔軟体操みたいなことをやり始めたが、毎朝の習慣なんだろうなと放置。
いや、放置して再びぼんやりと窓の外を眺めているふりをしつつ、背面カメラで観察。
……うん、その体が異常に柔らかいのはよくわかった。
例えるなら、淡々と高速でヨガをやってるようだ。
改めて朝陽の下でユイリの肢体を観察すると、そのしなやかで柔軟度の高い動きとも相まって正に猫科系スレンダーだなと再認識したのは勿論だが、その身体能力を支える為か太ももがムチッとしていると言うかお尻が意外と大きい。
胸もよくよく見るとCカップくらいはあるかも知れない。
とりあえず画像データから3サイズを推測させてみよう。
いや、これは決して邪な観察ではなく、仲間のパーソナルデータ収集であり──
「ふぁ~……デュランさん、おはようございます~……」
と、そこでアリカが目を覚ました。
アリカが声を出す前にユイリは気づいて柔軟体操を止め、素早く振り返って中腰で身構えている。
「……? ……あれっ!?」
アリカは昨夜は爆睡したままだったので、ここで初めてユイリと対面したわけで……。
「大変っ! デュランさんが可愛い女の子になっちゃってます!」
「俺はこっちだ!」
ユイリの全身タイツを俺のインナースーツと混同したんだろうけど、どうしてその発想になる? やはりアリカの脳内は未知の領域だ……。
「えっ? じゃあ、こっちの可愛い子は?」
何故一々可愛いと付け加える? 事実ではあるが。
「昨夜おまえが寝てる内に色々あって、弟子にすることになったユイリだ」
「えぇぇっ!? じゃ、じゃあ私は破門ってことですかっ!?」
「いや、べつにアリカはアリカで好きにすればいいけど……」
それともこの世界では弟子は一人だけって決まりでもあるのか?
「それにそれに、どうして私を一緒に連れて行ってくれなかったんですか!」
「だっておまえ、ぐっすり寝てたし」
「なるほど。それなら仕方ないですね」
引き下がるの早いな!
「私、一度寝るとなかなか起きないって言われてますから」
……なるほど。憶えておこう。
「私はアリカです。可愛いユイリちゃん、これからよろしくね」
アリカはベッドから降り、ユイリの前でしゃがみ込んで言った。
「……」
ユイリが何故か困ったように俺を見た。困ることあるんだな。
「安心しろ。そいつは裏表無く無害な奴だ」
……多分、だけど。
「……よろしく?」
そして何故疑問形で返す。
「うん、私のことはお姉ちゃんだと思って何でも頼ってね!」
そう言えばアリカは妹がいるって言ってたから、面倒見もよさそうだな。これは思ってたより俺は楽ができそうだ。
「そう言うわけで、ユイリに服を用意しなきゃならない。店が開いたら買いに行ってくれるか?」
「わかりました。とりあえず私の服を貸すから一緒に行こうね」
「……」
だから一々俺に助け船を求める視線を向けないでくれ。そこは女の子同士仲良くやってくれって。
──と、その時、扉がコンコンッとノックされた。
勿論誰かが部屋に近づいて来ていたことは察知済みで、それが熱源と足音から宿屋の主人だともわかっていたので警戒はしていなかったのだが。
あっ、やばい。ユイリを連れ込んだことを言っとかなかったせいか? 追加料金を払わなきゃならないよな?
とりあえず俺はアリカたちを制して、そっと扉を少しだけ開けた。
「何だ?」
「おはようございます。デュランさん、でしたよね? 実は、デュランさんを訪ねて来られた方がいらっしゃいまして……」
微妙に歯切れの悪い言い方が気になり、すぐさま一階の熱源を走査すると、入口付近に1体。宿の外に2体。
若干穏やかじゃないな。
「わかった。すぐ行くと伝えて待ってて貰ってくれ」
俺は一旦扉を閉めアリカたちに向き合う。
「そう言うわけで、このまま俺だけ出かけることになるかも知れないから、アリカはユイリのことを頼む。朝食も二人だけで摂ってくれて構わない。ただし、これを胸ポケットにでも入れといて常に持ち歩いててくれ」
俺は念の為、例の超小型監視端末をアリカに渡した。
ちなみに、胸ポケットに入れるも何も今のアリカは下着のままの格好なので、思わずその胸の谷間に差し込みそうになったことは内緒だ。
「わかりました♪」
とにかくこれでアリカたちの位置を常に把握できるし、様子もモニターできる。
更に念を入れてドローンも追尾させておこう。
「あと、ユイリは村の奴らに顔を知られている可能性もあるから、念の為隠しておいた方がいいな。……いや、その仮面はよせ」
俺の言葉に即、暗殺者仮面を付けようとしたユイリを止めた。
「それは私が何とかします」
かなり不安ではあるが時間も無いしアリカに任せるしかないよな。
「よし。じゃあ二人とも頼んだぞ」
「はい、デュランさん、行ってらっしゃいませ」
そう言いつつ、隙を窺っていたかのように、ここぞとばかりにユイリをぎゅっと抱きしめるアリカ。
「……ませ」
嫌そうな困り顔で、でも無下に払いのけたりはせず、されるがままのユイリ。
まるで、新しく貰って来た『子猫』が、先に飼われてた『大型犬』に徐々に慣れていくみたいな感じだなと思いつつ、俺は部屋を出て一階に下りた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「俺がデュランだが、何の用だ?」
朝駆けされた不機嫌さをわざと出しつつ、入口に立っていた兵装の男に告げた。
用ってのは間違い無く昨夜の件だろうと予想はついていたが、てっきり村の衛兵かと思いきや、その出で立ちからして貴族が連れて来た兵士のようだ。
だが男は俺の不機嫌さなど気にした風も無く言った。
「朝から失礼する。突然ですまないが、我々にご同行願えないだろうか」
正に想定通りのセリフ。
「ああ、そんなことだろうとは思ってたさ」
「それは結構。では参ろう」
男に続いて宿屋を出ると、俺の後ろを部下二人がついて来る。
まるで連行だ。
さて、俺としてはユイリの処遇の方で頭が一杯だったので、もうこの件は助けた礼を貰うだけで終わって欲しいところなんだが、わざわざ呼びつけるほどだし、そうはいかない可能性が高いだろうな。
自ら首を突っ込んだ面倒ごととは言え、少しうんざりしつつ、俺は男の後に続いて村長の家へと向かったのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
やはりマントは良い買い物だった。
これを付けているだけで『異世界の住人』になった気がしてくる。
たとえマントの下がSF的未来技術の結晶だとしてもだ。
少なくとも自分が周りから浮いているのを気にしなくて済む。それだけでもストレスが減るというものだ。
とまぁ、そんなくだらない悦に入ってる内に村長の屋敷に着いた。
屋敷の主である村長に会うことなど無く、そのまま奥の間に迎え入れられる。
祝宴や舞踏会が開かれそうな広間の更に奥に雛壇が設えてあり、その上の椅子に座るのは言うまでもなく貴族のご子息様だ。
「公子様、例の者を連れて参りました」
そう告げて公子とやらの前に進み出ろと促されたので、従う。
顔自体は昨夜見ているが、その表情と仕種がどこか怯えているように感じるんだが、まさか俺が怖いのか?
「貴公がわたしを賊から助けてくれたデュランだな。礼を言わせて貰う」
まるで棒読み役者のようにそう言って公子は立ち上がり、壇を降り、そして俺の前まで来た。
……もしかして跪いたりした方がいいのか? そう迷っている内に公子が続ける。
「ありがとう。言葉ではこう言うより他に無いのが歯痒いが、感謝している」
相変わらずカンペでも見てるかのような棒読みだ。
「勿体無い御言葉です」
だが俺はとりあえず胸に右手を当てて軽く礼をしつつ答えた。
「わたしはこれで失礼させて貰う。この者に充分な謝礼を与えるように」
何と予想に反してあっさりとそれだけで公子は退室して行ってしまった。
まるで台本をそこまでしか憶えていないかのように。
勿論俺としてもわざわざここまで来たのは謝礼目当てではあったんだが、是非部下になって欲しいとか俺を雇いたいとか、そういう流れは一切無かったのが拍子抜けだ。
公子が退室後、暫くして侍従と思われる初老の男が歩み寄って来て布袋を差し出した。
もうその布袋自体が如何にも高級そうで、これは中味にも期待できそうだとありがたくいただく。
「じゃあ、俺もこれで」
出口に向かって歩き出すが、誰にも呼び止められはしない。
ただ兵士たちが共に歩いてついて来るだけだった。
どうやら本当にこれでクエスト終了らしい。
やれやれ、緊張して損したな。
この程度で終わるのならアリカたちを宿屋で待たせとくんだったと思いつつ出た扉が閉められた途端、俺を連れて来た男がスッと前に立ちはだかり、言った。
「さて、本題はここからなので、別室で話すとしようか」
なるほど、公子の及ばない所で俺に『相談』があるってことか。
何やら一気にきな臭い話になってきたが、これはこれで面白い展開だ。むしろこうでなくてはな。
お駄賃だけ貰って「はいさよなら」じゃ少し惨めになってくるし。
「俺はまだ朝飯も摂ってないんだ。せめてお茶くらいは出るのかい?」
俺のその問いに男はニッと笑っただけだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
応接室と思われる部屋に通されると、男一人だけが対面に座り、部下たちは入って来なかった。
「名乗っていなくて失礼した。私は此度の道中の警護隊長を務めているオルギル・デトナンス士爵だ」
士爵ってことは要するに騎士か?
そんなことより結局お茶は出ないのか? と俺が思ったのを見透かしたかのようにオルギルが言った。
「お茶は暫し我慢してくれ。何せ、この屋敷で働いていた使用人が一人、昨夜から行方不明になってしまってごたごたしているのでな」
おそらくユイリのことを言っているのだろう。その意味ありげな口調は俺を探ろうとしているのが明らかだ。
やれやれ、ここから腹の探り合いか?
と思いきや、いきなりオルギルが続けて言った。
「それにしても、凄腕自慢のお節介か? まったく、余計なことをしてくれたものだな」
「!?」
「とりあえず、『あの娘』は口止め料として貴公に与えるから、好きに玩んでくれて構わないが」
「!!」
その言葉から導き出される結論は一つ。
オルギルは、あの誘拐犯たちとグルってことだ。
だからユイリだけ逃げ損ねたことを知っていて、それを俺が保護したことまでお見通しってわけだ。
だが、ここで下手に騒いだりしたらどうなるかは明らか。
勿論、兵士程度に捕まる俺じゃないが、そこまでお見通しとなると、いつでもアリカたちを取り押さえられる準備くらいはしている可能性がある。
二人だけで置いて来たのが裏目に出たか。
「勘違いをしないで欲しいのだが、我々は公爵家に仇を為さそうしているわけではない。これは全て公爵夫人様の御意向に沿ったものだ。ただし当の公子様は何も知らないだけでな」
「……どういうことだ?」
「貴公はこれ以上、更に首を突っ込むつもりがあるのか?」
質問に質問で返されてしまったが、オルギルの言い分はもっともだろう。
要するに、お家の事情による自作自演の誘拐騒動だから関係無い奴は引っ込んでろってことだ。
正に『好奇心は猫を殺す』ってやつで、これ以上踏み込めば危険だと親切にも忠告してくれているのだ。
だが、それなら金を渡した時点であっさり帰しておけばいいのに、何故わざわざ話した?
要するに、俺を巻き込みたいってことだろ?
ただ、一応選択の余地を与えた。
いや、与えたように見せかけたに過ぎない。
せっかくの自作自演誘拐を台無しにしてくれた俺にきっちり責任を取らせようって魂胆だ。
あぁ……俺としては、こういうややこしいクエストは求めて無いんだけどな……。
もっとこう、竜や巨人相手に俺TUEEEEE!!無双するようなクエストをだな……。
「……わかったから続きを詳しく話してくれ」
「察しが良いようで結構」
そう言ってオルギルが手をパンパンッと叩くとすぐに、食事を用意した使用人たちが現れたのだった。
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さて、俺が若干うんざりしている頃、アリカとユイリがどうしていたかは、渡した情報端末がきっちりと記録していたので、そっちの話をしよう。
俺とおっさんとの会話なんていつまでも聞いてても楽しくないだろうしな。
「ユイリちゃん、まずは買い物に行く為に、これに着替えてください」
俺が出て行ってすぐ、アリカが自分の村娘風普段着をユイリに渡した。
「……外に出たらだめなのに?」
「そこは私に任せて貰えれば大丈夫です。さぁ、その黒い服を脱いで着替えましょう」
言うや、ユイリの全身タイツを脱がせにかかるアリカ。
ユイリはもう最初から諦めているのか、されるがままに脱がされていく。
全身タイツの下は何も着ておらず全裸だったが、アリカは慌てず言った。
「そうだ。せっかくだし体を拭いておきましょう」
手桶に汲んであった水に浸した布でユイリを拭き始める。
脱がされてから全裸で突っ立ったままのユイリ、正にされるがまま。
いくら女同士とはいえ全く動じていないあたり、ユイリの羞恥心も微妙に普通ではなさそうだ。
ちなみに後でその件について聞いてみたところ「馬が体を洗って貰う時、恥ずかしいなんて言わないでしょ?」と答えられて、むしろこっちが言葉に窮した。
「はい、終わり。まずは下着を……下着は買うから、そのまま服着て行けばいいよね」
「……」
もうどうでもいいという感じに頷いたユイリが、そのまま服を着させられていく。
「はいできた。じゃあ、最後に変装だよ」
そう言ってベッドに座り、自分の膝の上に座るように促すアリカ。
しつこく促すので仕方なくユイリが膝の上に座ると、背後からその柔らかなクセっ毛髪の片側をむんずと掴み、そのまま結わえた。そして反対側も同じように結う。
「どう? これでバッチリでしょ? それにとっても可愛いよ!」
単に短めのくせっ毛ツインテールにしただけだった。
確かに可愛いのは事実だが、何となく犬のタレ耳っぽくもある。
それに、これで別人を称するのは少し無理があるのではないだろうか。
そもそも部屋には鏡が無かったのでユイリは確認のしようも無かった。
「……これでいいよ」
それでも、どうでもいいことなのか、ユイリはそう答えた。
「うんっ、じゃあまずは朝ご飯食べに出発だよっ!」
「……!」
今まで全てを諦めたように無表情だったユイリが『朝ご飯』と言うキーワードを耳にした瞬間、目を輝かせてこくこくと頷いたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、残念ながらここで話はまた俺の現状に戻る。
俺は出された朝食を摂りつつ、オルギルの話を聞いていた。
「ここイルビアス王国では爵位を持つ者は基本的に平民とは結婚できない。貴種を守る為だ」
そこまでして血統を守ろうとする真意は気になるな。
「グラーベ公爵家・第三公子であらせられるヘリアッド様は、その習いに従って、ビスキナ公爵家に婿入りすることが生まれた時より決まっていた。そして正に今、ビスキナ公爵家に向かっている道中だったのだ」
あの公子様、三男だったのか。しかしあの歳で婿入りねぇ。
「それを『誘拐された』なんて危ない橋を渡ってまで、どうしてご破算にしようとしたんだ?」
「ビスキナ公爵家公女の夫となるくらいなら、貴族という特権を捨てて一生匿われて暮らす方がまだマシだからさ」
「!? ……どういうことだ?」
「あまり気分の良い話ではないので、とりあえず貴公がその食事を済ませてから続きを話そう」
人の一生が懸かっているところで申し訳ないが、話が面白くなってきたと感じていた俺は、さりげなく急いで出された食事を平らげた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ちなみに、一方その頃アリカとユイリは──
「そんな普通のじゃなくて、絶対こっちの服の方が可愛いユイリちゃんがもっともーっと可愛くなるってば」
「……でも、そんなの着たことない」
「だからだよ! これでユイリちゃんの隠されてた可愛さが溢れ出ちゃうよ。きっとデュランさんも可愛いねって褒めてくれるよ」
「……じゃあ、それでいいよ……」
俺の方の不穏な状況など全く気にせず、楽しげに服選びに興じていたのだった。