第四話「夜襲」
以前投稿した物を全体的に修正しました。大筋は変わっていません。 (2017/4/3)
睡眠に入ってから2時間17分後。
俺は突然オリーヴに起こされた。
だがオリーヴは意味も無くそんなことをしない。
つまり『非常事態』だ。
ただし警戒レベルは2。直接俺が害を被る可能性は10%以下。
スヤスヤと幸せそうに寝ているアリカを確認して、起こさないように俺はそっとベッドから出て状況を確認する。
村の上空に待機させたままのドローンからの報告で、屋根づたいに動く熱源が3体。
その内の1体がちょうど俺の泊まっている宿屋の上を通ると予想されたので『非常事態』となったわけか。
その3体は互いに離れて別々のルートを進んではいるが、目的地点は同じ、村長の家と予測された。
これだけなら泥棒だろうなと思うが、今は事情が違う。
例の貴族の子息とやらは宿ではなく村長の家に泊まっている筈だ。
つまり、暗殺か誘拐の線が濃い。
状況を確認しつつ素早くデュランダルを装着し終えてすぐ、熱源の1体が、宿屋の屋根の上を通り過ぎて行った。
これで、やはり俺狙いではなかったのは確定。
さて、それならどうするか、だ。
貴族のお坊ちゃんなんて知ったことじゃないんだが、実は少々、いや、かなり今、欲求不満ではある。
勿論、性的にではなく『英雄譚的に』だ。
だって、ここまで『らしい行動』ってゴブリンを追い払っただけだぞ? さすがに退屈過ぎないか?
要するに、今のこの、のんびりまったりとした状況を一変させるような刺激的な『イベント』に俺は飢えていたのだ。
だから俺は『余計なことに首を突っ込む』決心をした。
念の為、テーブルの上に目薬の容器大の超小型監視端末を置いて静かに部屋を出る。
いざとなればこの端末でアリカと会話もできる仕組みだが、それはあくまでも『いざとなったら』の話だ。
一階のフロントに宿屋の主人がいないことはセンサーで確認済み。
そっと扉を開けて外に出る。
深夜なので殆どの建物の明かりは消え、街灯も勿論無いから道は真っ暗だが、村の上空にいるドローンの誘導と暗視装置のある俺は苦も無く目的地までの最短ルートを静音移動モードで走り出した。
ちなみにデュランダルの外装色は夜間用の黒に変更済みだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
村長の家まで時間にして4分。
既に『賊』たちが邸内に侵入してしまっていることはドローンで確認済み。
暗殺が目的なら今から突入しても手遅れなので、誘拐に賭け、俺は屋敷の塀の外で待った。
念の為デュランダルの外装は透明迷彩モードにしておく。
原理はわからないが夜目が利く賊なのは明らかだったから、そのまま潜んでいたら見つかってしまうかも知れないからな。
ちなみに、この透明迷彩モードは戦闘行動だと処理が追いつかない場合もあるので、主に潜伏時や微速移動時用だし、バッテリーも結構食うので多用はできない。
そうして暫く待っていると賊の一団が屋敷から走り出て来て門を通り過ぎた。
ドローンの映像で確認してはいたけど、全員が真っ黒な全身ピッチリタイツに白い仮面という、もうお約束な暗殺者ですって格好をしていた。
その一団の中でも頭一つ大きい奴が人間大の布袋を担いでいたので、やはり誘拐に間違い無い。
更に気づいたことに、賊の人数が一人増えて四人になっていた。
その増えた分は小柄な背丈からして女性だと思われる。
使用人として事前に屋敷に潜入しておいて、誘拐を手引きしたってところか?
まぁ、一人増えたくらい大した問題ではないだろう。
俺は数秒待ってから透明化を解除して後を追った。
その分距離を取ることになるが、上空のドローンで捕捉しているから見失うことは無い。
慌てず、静音移動モードで追い続けると、一団は門ではなく人気の無い外壁部分へと向かっていた。
確かに門は夜警の門番が見張っているだろうし、壁を乗り越えて外に出る手はずを整えていたのだろう。
村全体を見渡していたドローンの高度を少し下げて一団の真上に付けさせる。
一団が向かう先の外壁の上端から地面に斜めにロープが張られていた。
一団はそのロープを綱渡り、と言うか、綱走りの要領で軽快に外壁を越えて行き、しかも最後に渡った奴が追跡を防ぐ為にロープを回収する念の入れようだった。
だがデュランダルが乗ったらロープなんてブチッと切れてしまうだろうし、そもそも2m程度の壁に、そんな物は不要だった。
一団に遅れること30秒。
外壁まで来た俺はスピードを緩めず、そのままジャンプした。
膂力倍化機能によってその重さも感じさせず軽々と外壁を跳び越えて静かに着地する。
ちなみにジャンプ中の姿勢も自動制御されているので、みっともなく着地に失敗することもない。
「さて…………あれか!」
村の外、壁から離れた草原に停まっていた馬車。
既に一団は乗り込み、今正に走り出そうとしていた。
予想以上に手際が良くて、これはかなりまずい。『普通の手では』もう間に合わないぞ。
やむを得まい。早過ぎるが『奥の手』だ。
俺は走りながら右腕を水平に上げて御者に狙いを付け、手甲部分から電撃弾を撃ち出した。
ポシュンッという空気圧の発射音だったにも関わらず気づいてこちらを振り向いた御者は、しかし一瞬ビクンッとして、そのまま御者台から転げ落ちる。
その派手な音に気づいて馬車に乗っていた一団が飛び出した。
走って来る俺にすぐに気づき黒塗りの短剣を構える。
単にカモフラージュだけだったらいいが、毒を塗り込んである可能性もあるな。
だが、それがどうした。
相手を無力化させるマイクロ波を放射している余裕は無かったし、高圧空気で発射する電撃弾だと弾速的に最初から目視されていると叩き落とされる可能性がある。
だから俺はそのまま突っ込み、短剣で斬りかかって来た男の腕を取った。
次の瞬間、男はそのまま無造作に地面に倒れた。
俺の掌から高電圧の電撃を流し込んだからだ。
ゲームではごく初歩的な現住生物や弱いモンスター対策ではあるが、相手が人であれば効果は充分だった。
残るは布袋を担いでいる大男と、普通の男と、小柄な女の三人のみ。
しかし俺に触られると気絶させられるとすぐに察したのか、迂闊に飛び込んでは来ない。
このまま睨み合いか?
と思った瞬間、男が斬りかって来ると同時に、布袋を担いだ大男と女が逃げ出した。
なるほど。こいつに時間稼ぎをさせてる間に自分たちは逃げるってわけか。
男は斬りかかると見せかけて、すぐに距離を取り、牽制しつつ俺を追わせないように立ち塞がる。
でも生憎だが短剣程度では俺の牽制にはならない。
俺は立ち塞がる男に向かってそのまま構わず走り出す。
思わず横に跳び避けた男が背後から斬りかかって来たが、俺は構わず走り出して逃げた二人を追う。
すぐさま男が短剣を俺の背目がけて投げたが、背後のその男の動きも短剣の軌道もお見通しな俺は最小限の動きでそれを避け、最大速力で逃げた二人を追った。
デュランダルの膂力倍化機能なら、チーターには及ばないまでも猟犬程度は振り切れる時速90kmまでは出せるので、男を置き去りにして逃げる二人にはすぐ追いついた。
しかし──
「なっ!?」
今度は女が立ち止まって俺を阻むのかと思いきや、何と大男がいきなり布袋を俺に向かって放り投げたのだった。
意表を突かれ、慌てて布袋をキャッチする俺。
そして、その隙を突いて大男と女が同時に、手の塞がっている俺の両脇から斬り込んで来た。
だが実は電撃は何も手からだけじゃなく全身から出せるので、結果は言うまでもなく、大男と女は俺の足下に倒れ……いや、大男は寸前で短剣を離して飛び退いたので、足下に倒れたのは女だけ。
おそらく女が一瞬先に斬り込むのをちゃんと見てての判断だろう。流石だ。
──って、しまった!
全身モードにしたから抱えてた布袋の中の奴も一緒に感電しちゃったよな……。
ま、まぁ、いいか。気絶レベルの電撃で、殺してはいないし。
とにかく残りは、置き去りにして来た男とこの大男の二人だ。
布袋を置いて、さぁ、どこからでもかかって来いと構えると……。
「……あれ?」
何と大男は俺を無視して猛ダッシュで馬車へと向かって行った。
と言うか馬車が走り出していた。勿論、置いて来た男が御者台に乗っている。
そこに大男は飛び乗り、そのまま走り去って行ったのだった。
最初に倒した二人の姿も無いから、馬車に乗せて行ったのだろう。
「何て手際がいいんだよ……」
勿論、デュランダルの全速力を出せば追いかけることは可能だったが、RPG的に言う『敵に逃げられた』格好で、もうそんな気にはなれなかった。
それにしても誘拐に失敗したと判断するや最少の証拠しか残さず逃げ去った。正にプロフェッショナルの仕事だ。
そう、最少の証拠。
子息が入っているであろう布袋の横には賊の女が気絶したまま倒れていたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
俺は布袋の中に入れられていた貴族の子息──想像以上に若く、10歳くらいだろうか?──を布袋から出して担いで、外側から村の門を叩いた。
夜勤の衛兵にことの次第を話して子息を渡し、一応俺の泊まってる宿を告げて村へと入る。
説明した言い訳としては、眠れないので真夜中に散歩してたら賊を見かけたんで追いかけたってところだ。
とにかく俺は宿に戻って──戻るフリをして外壁沿いを進み、そこにちょこんと置いてあった『布袋』を回収した。
そう、門に向かう前に、布袋にご子息様の代わりに賊の女を詰め込んで、外壁の中に置いといたのだ。
そのまま担いで近くにあった農具小屋へと入り、まだ気を失ってぐったりしている女を布袋から出し、壁に寄りかからせる。
衛兵に突き出さずに連れて来た理由は、この女がまだ年端もいかぬ少女だと気づいたからだ。
捕まった賊が尋問を受けるのは容易に想像できる。
だがおそらく暗殺者的な外見と身のこなしからしてこいつらはプロフェッショナル。決して口は割らないだろう。
もしくは下っ端で詳しい事は何も知らないことも考えられる。
結果、尋問、そして拷問の末の獄死が待っている可能性があった。
いや、あくまでもそれは俺が想像した『この世界』の世界観であって、実は意外とユルいのかも知れないけど、それに賭けて、やっぱりガチのシリアスだったら手遅れだろ?
とにかく、物凄く利己的で身勝手な考えだが、べつに今回の賊に個人的な恨みなんて全く無いのに女の子をそんな目に遭わせるのはさすがに格段に後味が悪い。
だからこの子を匿って連れて来た。
そう、完全に俺のただの自己満足な偽善を充たす為だけに。
俺は懐中電灯をランタンモードにして床に置き、念の為結束バンドで少女の手足を拘束してから、フードを脱がせて仮面を外し、頬を何度か軽く叩いた。
ちなみにフードを脱がせる際、くせっ毛気味の黒髪が予想以上にふんわりもっさりと出て来て驚いた。鎖骨より少し下くらいまでの長さはあるだろうか。
「……? ……っ!? ……っ!!」
頬をぺちぺちと叩き続けてる内に意識を取り戻した少女。
すぐさま俺が離れると状況を察したのか少女が殺気立って睨みつけてきた。
「おっと待った。縛ったままで悪いけど、おまえに危害を加えるつもりも尋問するつもりも無いから、少しだけ俺の話を聞いてくれ」
返事を待たず、俺はここまでの経緯をかいつまんで説明して、仲間が少女を見捨てて逃げたこと、そして自分は少女を逃がしてやるつもりなことを告げた。
だがまだ少女は当然ながら俺への警戒を解こうとはしない。
そんな少女を、ここに至ってようやく俺はまじまじと観察する。
アリカより少し歳下、14、5歳くらいだろうか?
全身タイツのような格好のお陰で露わになっているその体はスレンダーで、猫科の猛獣、黒豹って表現がしっくりくる感じだが、まだ成熟し切ってはいない未熟さも若干ある。
胸の大きさはおそらく年相応くらいだろう。
アリカのを見慣れてしまうと残念な感じがするが、むしろアリカが異常なだけで、こっちが普通だからガッカリするな俺。みんなちがって、みんないい。
顔立ちもアリカとは別系統、現実で言うところの南米系美少女で、やや褐色気味の肌と、大きくて潤んだ瞳が、ほのかな色香を醸し出している。
要は、まだ成熟し切っていないっぽいのにナチュラルにエロくて素晴らしい将来楽しみだな、ということで。
「俺を恨むなとは言わないけど、今後一度くらいは俺のことを見逃してくれ。それで貸し借りは無しだ」
そう言って少女の拘束を遠隔操作で解いた。
しかし手足が自由になった少女は逃げようとはせず、むしろその場で床に力無くぺたんと座り込んでしまったのだ。
もしかしてまだ電撃の後遺症が消えないのか? 出力が強過ぎたかな?
「どうした? 立てないのか? 一人でも帰れるだろ?」
「……帰れない。帰ったって、虜囚の辱めを受けた私なんて……」
囁くようにか細くて意外と可愛らしい声で少女は切り出した。ウィスパーボイスってやつか。
「粛清されるのか?」
失敗した者には死を、か。
予想以上に厳しい組織の一員だったようだな。
辱めを与えた憶えも与えるつもりも無いことは先に言ったんだが、捕まったこと自体が恥ってことなのかも知れない。
「……役立たずは娼館に売り飛ばされる」
予想していたよりは厳しくないのかも知れないが、より現実的ではある。
「だったらわざわざ組織に戻る必要は無いんじゃないか?」
「……必要は無いけど……組織以外での生き方なんて、私には無理……」
なるほど。「貴様は用無しだ。もう好きに生きろ」って言われても、どう生きていいかすらわからないってことは、子供の頃から暗殺者として育てられたってパターンなのかな?
逆に言うと組織からしたら、この子程度、使い捨ての消耗品ってことか。
しかし今さら衛兵に突き出すのは俺の立場的に逆にマズいし、でもこのまま放置して去るわけにもいかないし、どうしたものやら。
こんな時は、別の人間だったらどうするか考えてみるのがいいんだっけか?
よし、アリカだったらどうするか……どうするか……いや、あいつ、何も考えてなさそうだから無理だこれ。
仕方ない……。
「だったら、俺がおまえを引き取ろう」
「……え?」
「いや、引き取るって言い方はちょっと違うな? 何て言えばいいんだ? とにかく、おまえは仲間に見捨てられたんだし、だったら俺が拾っても構わないだろ? 要は戦利品みたいな物だ」
「……わたしを性奴隷にしたいの?」
「違うっ!!」
可愛らしい口から随分とえげつない単語が出たな、おい。
「……わたしはまだその類いの技はあまり体得してないから、満足させられるか不安」
「だから、しないっての!」
何か微妙に似たような会話を最近した気がするぞ?
「……じゃあ、何の為に?」
役立たずのレッテルを貼られてしまったら後はもう体を売るしか道が無いと本気で思い込んでいるのか?
うーん、根本的に価値観の相違があるようだな。
だが、それならそれで俺が『この世界』に合わせていかないことには始まらない。
「じ、実は俺は弟子を募っていたんだ。勿論、誰でもいいわけじゃないぞ? 見込みがある奴限定だ。だからおまえを弟子にしようって話だったんだ」
「……弟子? それって性奴隷の隠喩?」
「性奴隷から離れてくれっ! 具体的には俺と一緒に旅をしながら強くなるってのが弟子だ」
「……? それはあなたに何の得があるの?」
やれやれ、今度は俺が師匠のお得さを説かなきゃならない側とは。
「まぁ、正直に言うと、組織がおまえを金稼ぎの道具として使ってたように、今度は俺がおまえを道具として使うってことだ」
ここで下手に虚飾した言葉を使っても説得力に欠けると思い、むしろ敢えて逆にネガティヴな言い方をしたみた。
「……道具? ……うん、なら、それでいいよ」
いいのかよっ!
……ま、まぁ、本人的にそれで納得がいくのなら俺もそれで済ますけどさ。
「決まりだな。俺はデュランだ。おまえの名前は?」
「……ユイリ」
「よし、ユイリ。今から俺の弟子として、俺の言うことを聞くんだぞ?」
「……うん、何でも命令していいよ?」
「いや、そんなに命令はしないし、嫌なことなら嫌だと拒否してもいいんだが」
「……変なの? 道具は嫌なんて言わないよ?」
うん、これは逆に新たな誤解を生んでしまったかも知れない……。
とにかく、かくして、俺たちは今度こそ本当に宿屋へと向かったのだった。