第二話「旅の始まり」
以前投稿した物を全体的に修正しました。大筋は変わっていません。 (2017/4/3)
宿屋の主人の怪訝そうな視線を受けながら俺は二階の部屋へと案内された。
部屋の中に誰も待ち構えていないことは扉越しにサウンドセンサーとサーモグラフィでチェック済みだったので、そのまま入ると、少女が木椅子を勧めてきたが、軽く断って座らず少女の言葉を待った。
これは警戒したわけではなく、デュランダルは膂力倍化機能で軽々と動いてはいるが実際の重量は200kgあり、そのまま座ると椅子が壊れる怖れがあったからだ。
実際ここまで階段を昇って来る時も木の床がギシギシ鳴ってて抜けるんじゃないかと冷や冷やしていたからな。
「私はバラーナ伯爵領ヘルボルから来ましたアリカ・キーナスと申します」
少女はそんな俺の態度を気にした風も無く、それではと自分がその椅子に座って話し始めた。
この構図、何だか俺が少女、アリカを尋問しているみたいなんだけど。
いや、そんなことより今は──
「……実は俺はこの辺りの地理には疎いんだが、地図は持っているか?」
「あっ、はい。お待ちください」
アリカは荷物袋から紙束を取り出してテーブルに広げた。
「このポポル村がここで、ヘルボルはここです」
俺が見ている物はデュランダルの内蔵カメラも捉えているので、地図の画像を即座に衛星写真と照合させる。
画像としては既知であっても地名まではわからなかったからな。
「そして私が目指しているのが、ここ。王都アルバレンです」
縮尺的に見て、この村からその王都まで1000km(※東京から直線距離でも鹿児島・薩摩半島の先くらい)はありそうだった。
「もしかして、ここまで一人旅だったのか?」
「はい。これも修行ですから!」
「何の修行を?」
「勿論、騎士になる為の修行です!」
胸を張って自慢げにそう言ったアリカ。
……やっぱり大きいよな、その胸。ぽよよんっと軽く弾んだぞ。今の記録映像は保存しておこう。
「つまり、俺に声をかけたのは?」
「あっ、そうです。その話でした。えーと……」
「デュランだ」
名前を問うているのは仕種でわかったので咄嗟に返した。デュランダルを着ているからデュランとは我ながらテキトーなネーミングだ。
「はい、デュラン様が騎士様だと思い、騎士の心得をご教授願えればと思いまして」
「なるほど。でもさっきも言ったけど俺は騎士じゃない」
だが、それでもここに俺を連れて来た真意とは? やはりお約束展開の『同行願い』か?
しかし正直なところ、もっとこの世界についてきちんと調べ上げてから行動したいところで、いきなり同行イベント発動は少しきつい。
俺はゲーム内でも新規マップに下調べもせずいきなり飛び込んだりしない慎重派だったんだ。まぁ、世の中的にはそれを『ヘタレ』とか『チキン』とかって言うけど。
とにかく現時点でも当初の予定(=冒険者ギルドに行ってクエストを受ける)から逸脱した行動は避けたいところだった。
「そうでした。だから私、デュラン様に……あれ? 何を話したかったのでしょうか?」
俺に聞くなっ!
思わずツッコミそうになったぞ。
もしかしてこの子、天然か? 天然なのかっ?
「話していたら思い出すと思うので、私について話しますね」
しかも諦める気は無いのか……。
「私は騎士の家の生まれで、でも子供が私と妹だけで、女子だと騎士は簡単には継がせて貰えないんです。本来は婿を取ってその人に継いで貰う形で」
「女の騎士は存在しないのか?」
「いえ、簡単には継げないだけで、王都で認証試験に受かれば女だって騎士になれる筈です! 受かればですけど、でもだから私、騎士になる為に王都に行かなくちゃならないんです」
「なるほど」
容姿的にはむしろ聖職者とか魔術師とかの方が似合いそうだが。胸が大きいし。
「家は妹が結婚して義弟が騎士の位を継ぐことにはなったんですけど」
……んんっ?
「それで、私はもう騎士になる必要は無いんですけど、家にいると結婚しろー嫁に行けーってうるさいから、飛び出して来ちゃいました」
そんな理由かいっ! って、何度心の中でつっこませるんだ、この子は。
「……そうか。頑張れ」
「はい。頑張ります! ……って、何で帰ろうとしてるんですか? 待ってください。思い出しました!」
もういいだろうと扉へと足を向けた俺をアリカが引き留めた。
「デュラン様も王都に向かわれるんですよね?」
いや、そんなこと思ってなかったし、一言も発していないんだが。
たった今、王都とやらに興味が湧いたのは事実ではあっても。
「だからその道中で、私を鍛えてください!」
ほら、やっぱりそうなる。
確かに俺は鎧を着てるけど、剣は持ってないんだが、そこには気づいてないのか?
改めて、俺、剣なんて持ってないし何も教えられないよって言ってやるべきか?
いや、待った。落ち着け。
ここはきっと普通に断ってもダメなパターンだ。
おそらく『この手のキャラ』はこっちの話なんて聞かないだろうからな。
ならば手段は一つ。
向こうに、その気を失せさせればいいだけのこと。
「……それは俺に何の得がある?」
「私という弟子ができます」
「弟子ができるとどんな得がある?」
「身の回りのお世話をします」
いい流れだ。よし、いくぞ。
「夜伽の相手もしてくれるのか?」
「えっ……」
どうだ? いきなり「セックスさせろ」とか言われたら、さすがにドン引くだろ?
現実だったら社会的立場の消失を恐れて絶対に言えない台詞だぞ。
「私なんかでいいんですか?」
「……は?」
不味い。これは想定外の返答だ。
これは一体どういうことだ?
もしかしてこの世界では美的感覚が違っていて、この手の容姿は不細工なのか?
「だって私、18歳にもなって、まだそういう経験が無いんですよ?」
いや、それはむしろプラス要素ではないのか?
この世界でそれはダメなのか?
て言うか18歳なのか。
この星の公転周期が何日なのか、そもそも自転周期が何時間なのかオリーヴからまだ聞いてなかったけど、多分地球と同じくらいだろう。何となくそんな気がする。
「な、何故、その歳まで?」
とりあえずセクハラ上等で切り込んでみた。
「それは、その……女で騎士になりたいなんて頭がおかしいって誰にも相手にされなくて……あっ、それに昔から騎士になることしか考えてなくて、好きな男性もいませんでしたし!」
うわぁ……根っからの騎士馬鹿。つまり『痛い子』認定されてたってわけか……。
「お父様からも、おまえは見た目だけは良いんだから、婚礼の日まで黙ってじっとしていれば結婚できる筈だと言われました」
なるほど。やはり美的感覚は同じか。安心した。
でも父親にそこまで言わせるって……。
「なので、こんな騎士馬鹿の私で良ければ、どうぞご自由にっ!」
あー……やっぱり騎士馬鹿呼ばわりはされてたのか……ていうか、自分で言うな。
「い、いや、すまん。夜伽と言うのは冗談……でもないが、例えであって、今すぐどうこうしたいということではない」
「えぇっ!? そんなぁ~……」
何故それほどまでに落胆する? まさか男に求められたこと自体無かったレベルなのか?
それとも、その歳で未経験だと恥ずかしいって世界観?
「だ、だが、まぁ、気概は充分にわかった。同行したいのなら、それは許そう」
「本当ですかっ!?」
もうこの場では下手に断れない。
だがきっと途中で逃げる機会はいくらでもある。
それにこうなったら、この世界のガイド役として利用させて貰うだけだ。美少女だし。胸も大きいし。
「では明朝、村の広場で落ち合おう」
「デュラン様、宿はもうお取りなのですか?」
「いや?」
「でしたらこの部屋でご一緒にどうぞ!」
て言うか、もしかしてヤる気満々? 肉食系? それともこの世界の女の子、基本的に皆こうなの? 俺、ちょっと怖くなってきたんですけど。
だってリアルの俺、彼女いない歴=年齢の童貞ですよ?
いや、俺の話はどうでもいい。忘れてくれ。
確かに、ここでこの美少女相手に童貞卒業するのも悪くはない。むしろ最高ですよ?
だが、美味い話には罠があると相場が決まっているし、デュランダルを脱いでしまうのはかなり不安がある。
そう、今の俺は、性欲より『生存欲』だった。
いや、そもそも、いくらアリカがエロい体をしているからって、エロいことを考えてるって決めつけるのは失礼じゃないか?
単純に親切心で、宿が無いのならどうぞと言ってるだけの可能性だってある。むしろそっちの可能性の方が高いぐらいだ。
「……デュラン様?」
「あっ、いや……実は知人と飲み明かす約束があって、だから宿は取ってないんだ」
「そうだったんですね。じゃあ明朝に広場で待ってます!」
「ああ、そうしてくれ」
『明朝』というのも随分とアバウト過ぎる時刻ではあるけど、そこはどうにかなるだろう。
こうして俺はアリカと一旦別れて宿を後にして、再び雑踏に紛れて行った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
さて、カッコつけてラッキースケベイベントを回避してしまったのはいいけど、これから明朝までどうしたものか。
寝ること自体はデュランダルの就寝機能を使えば最悪道端に寝転がってても大丈夫なんだけど、夕方にすらなっていない今からそれをやって下手に目立つのも困る。
こうなったら、当初の予定通り、冒険者ギルドに行くとするか。
と言うわけで、10分後、やっと見つけた冒険者ギルドに俺はいた。
受付のカウンターと、壁一面に掲示された依頼の数々。それを見る冒険者たち。
うん、正にゲームそのまんまの光景。
これで俺がお約束通りに中世ファンタジー風の装備だったら完璧にそのまんまだった。
となると、まずは『冒険者』登録か?
早速カウンターのお姉さんに聞いてみよう。
「あの、すみません。ここって登録しないと依頼を受けられないんですか?」
「正確には、受けられない依頼がある、ですね。登録しても実績を積まないと受けられないものもあります」
なるほど。依頼が等級っぽく分けられているのはそういうことか。
「登録を考えているんですけど、何が必要ですか?」
「登録料として銅貨50枚がかかります」
「……とりあえず登録しなくても受けられる依頼は?」
「あちらの壁にあるものがそうですね」
「ありがとう」
銅貨50枚がどれだけの価値なのかわからないけど、一文無しの俺が登録でいきなり挫折したのが現実。
仕方なく示された壁の依頼を見る。
しかしそこに書かれていたのは『冒険者向けの依頼』と言うよりは正に『肉体労働系アルバイトの募集』ばかりだった。
……いや、うん、登録してなきゃ冒険者ですらないんだから、確かに、そうなるよな。
だが逆に考えれば、デュランダルがあれば肉体労働など超楽勝。
この世界に降り立ってからまだデュランダルを戦闘用途で使ってないけど、気にしない!
今は生きていくことの方が大事!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
というわけで俺は、日が落ちるまでの約4時間ほど、荷の積み込み作業を手伝って銅貨20枚を得たのだった。
銅貨1枚が100円くらいだとすると時給500円か……。
これじゃ冒険者登録すらできないけど、明日にはこの村を出るんだし、慌てる必要は無いか。
それに、その金は既に食い物へと変換されて俺の胃の中に入っちゃってるんですけどね。
さて、そうなると後は寝るだけ。
人気の無い路地裏の物陰は既に確保済みだ。
ネットでも無いと遅くまで起きてる理由とか無いし、未だ起きてもいないトラブルに悩んで寝つけないのも馬鹿らしい。
だったらむしろ楽しいことだけを考えよう。
そうだな。
お約束な流れだと、今後もアリカみたいな美少女との出会いがあるに違いない。
あぁ、楽しみだ……楽……し……み……。
そこでどうやら俺はオリーヴによって強制的に眠らされたらしい。
くだらないこと考えてるくらいなら一秒でも多く睡眠を取れということなんだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして翌朝。
屋台で朝食を済ませて広場に行くと既にアリカが待っていた。
「デュラン様、お待ちしてました!」
昨日とは違う、肌の露出を抑えた動きやすい旅行服姿で、大きな荷物袋を背負い、腰には長剣を身につけていた。
まぁ、露出は抑えても服の胸部分をパンパンに押し上げてるものの大きさは隠せてないんだが。
「とりあえず、その『様』付けはやめてくれ。騎士じゃないんだし」
「でも師匠ですから」
いつから師匠ポジションに!? そもそも俺の実力を見たわけでもないのに大丈夫なのか、この子?
「いや、周りから注目されるのは極力避けたいんだ。呼び捨てに抵抗があるとしても、せめて『さん』付けで頼む」
「……わかりました。デュラン様、じゃなくて! デュランさん?」
俺はこくりと頷いた。
ところで広場には昨日は見かけなかった馬車が数台停まっている。
「この馬車は?」
「隣り村へ向かう馬車ですね」
「なるほど……」
乗合馬車か。だが俺は一文無し。乗れる筈もない。
「私たちは歩きですか?」
「馬車に乗れる金はあるのか?」
あるのならアリカだけ乗せて先に行かせれば、俺は走ってついて行ってもいいんだけど。
「ありますけど修行の為にも歩いた方がいいと思います!」
って、見かけによらず肉体派だな。
俺の場合はデュランダルを自動歩行モードにすれば正に楽々と勝手に歩いてくれるので苦では無いんだが。
ただ次の村までは50kmほどあるから歩きだと今日中には着くのは難しい気がする。
「野宿も慣れてるので大丈夫です!」
俺の考えに気づいたのか、アリカが言った。
肉体派なだけじゃなく精神的にも逞しいのか? ワイルドなのはその胸だけでいいのに。
まぁ、急ぐ旅でもないし、アリカがいいならいいか。
と、その時──
「なぁ、アンタらハデラ村まで行くんだろ? 荷台でいいなら乗せてってやるけど、どうだい?」
荷台に高さ1mほどの長細い壺を幾つもギッシリ積んだ荷馬車の男が声をかけてきた。
「この壺の中身は?」
「ワインだよ。この村で買い付けたのさ」
交易商人ってやつか。
「デュランさん、私は歩くのは好きですけど、荷馬車に乗るのも嫌いじゃありません」
まぁ、荷台とは言え、楽だもんな。
ただ、何かが少し引っかかった俺は、乗合馬車に乗ろうとしている客を見て、あることに気づいた。
「……もしかして次の村までの道中、物騒な輩が出るのか?」
「おっと、勘がいいね、お兄さん」
悪びれた風も無く商人が言った。
乗合馬車を待つ者たちの中に、いわゆる一般人な客と一緒に如何にも用心棒風の者もいるのは、やはりそうか。
確か昨日もギルドで護衛の依頼を見た気がするし。
つまりこの商人の男は、用心棒代わりに俺たちを乗せて行こうって魂胆だ。
だが、それならそれで構わない。
「わかった。ただし何も無くてもタダで乗せて貰うし、もし襲撃に遭って守ったら相応の礼は貰うぞ? 嫌ならその時はアンタを見捨てて逃げる」
「わ、わかった。それでいいよっ」
よし、交渉成立だ。
「うわぁ~、さすがデュランさんですね!」
いや、交渉とは言え「見捨てて逃げる」とか平気で言った男を褒められても。
仕方ない。少しはイイ所も見せておくか。
「それなら、あの乗合馬車が出るのを待たずに、さっさと出発して構わないぞ」
「えっ? いいのかい? 早く着ければそれはありがたいけどさ」
思った通り、乗合馬車に先行させて露払いにするつもりだったな。したたかな商人だ。
「私たちがいれば何が出て来ようと大丈夫です!」
意図を察したアリカが言い切った。
もしかして意外と賢い? それとも察しがいいと言うべきか?
それにしても、何で見せてもいない俺の実力をそこまで過大評価できるんだ?
もしかしてアリカだけでも無茶苦茶強かったりするのか?
それもあり得る気がしてきたけど。
「そうと決まれば早速出発だ。夕方前に着ければ大助かりだからな。さぁ、乗った乗った」
しかし実際、荷台は壺でぎゅうぎゅう詰めで、俺たちはその僅かな隙間に緩衝材の如く乗り込む格好だった。
アリカはともかくデュランダルを着込んでいる俺は、壺を割らないように慎重に乗り込む。
デュランダル込みの俺はクソ重いんだけど、そもそも積んでるワイン壺自体が重そうだから大丈夫だろう。
「乗ったかい? じゃあ出るぞ」
鞭入れの音と共に荷馬車が動き始める。
若干間が抜けている気がしないでもないが、これが俺の本格的な『旅』の始まりだ。
いや、俺でなく俺たち? 旅でなく冒険?
まぁ、細かいことはいいか。
どうせ、なるようになるさ。