タチウオ草
朝のディフェル城塞都市、この時間帯は、人々が仕事の準備をするため慌ただしく動いている。
その中で1人3本の剣を鞄に無理矢理いれたまま、気分よく街道を歩く者がいる。やや小柄の体格で薄い金色の髪、あどけなさが残る顔に反して、野暮な装備品に周囲の人々は時折に目が向いた。
--- 魔王ドラミスの視点 ---
今日からは風鈴剣で風魔法を試したい。
そのまえに、ギルド施設に行き案件の紙を流し見しているとあるものが目に止まる。依頼者が山猫飯屋、私がよく行く飯屋ではないか。依頼内容は、こう記されている。
『依頼者:山猫飯屋。依頼内容:食材の調達代行依頼。ルックウト平原に自生するタチウオ草を50本調達してください。成功報酬は、70G。タチウオ草の絵は、以下に記載……』
よく見ると他の飯屋でも様々な食材の調達依頼が書いてある。食材は、市場にでまわらないものもあるのか、私は山猫飯屋の案件を行うことにした。
街から少し離れた後、さっそく風鈴剣の鞘をとり詠唱する。
「風の防衛をまとえ加護風」
私に、危害を与えようとした者に自動的に風圧で防御する魔法である。これならゴーレムみたいに魔物を威圧することはない。
早速、魔物5匹に囲まれて、襲いかかってきた魔物に自動的に風圧がぶつかる。
「風の断裂よ、障害を切り裂け! 風刃!」
1匹の魔物を両断した。水魔法も斬り裂くものはあるが、風の方が切り口が鮮やかである。他の魔物は力量の差を感じたのか、逃走していった。今回は、魔物討伐が目的ではないので追撃はしない。風魔法も使用できることを確認したので、案件をこなすことにする。
ルックウト平原に到着し、周辺を探索するとタチウオ草を見つけた。タチウオ草は、そこらへんに自生しており採り放題である。
なぜか、ルックウト平原では魔物に遭遇せず、百本のタチウオ草を悠々と採集することができた。
今日は順調である。落運の効果があると思えなかった。
だが、ギルド施設に戻ろうと思った矢先、私のまわりが巨大な影に覆われる。私は、とっさに上空を見る。巨大な何者かが太陽をさえぎりながら飛んでいる。それは、蝙蝠のような巨大な翼、鱗は、緑色で統一されている。
――グリーンドラゴンだ。
私が、前の肉体だった時、あらゆる魔物を従えてしていた。だが、その中でも従えることができない魔物はいくつかいる。その中でも象徴的なのがドラゴンだ。
私は、その場で立ち止まる。肉体に反して思考が高速でまわる。私が今、グリーンドラゴンと戦って勝つことはできるだろうか? 結論は、「無理」である。
なぜ、ドラゴンは上空を飛んでいる? 獲物を探しているのか?
周囲は視界の良い平原だが、他に動物の気配がない。となると、見つけられる獲物は――
私に向ってドラゴンが滑空してきた。
ドラゴンの顔面に加護風の風圧がぶつかるが、勢いがよわまる程度であった。私は、かろうじて歯牙を避ける。
私の目の前にグリーンドラゴンは、地に足をおろした。ドラゴンは、地上より上空の方が強い。それが、地におりた。それで十分だと判断されたのだ。
「あらわれよ、氷の――」
ゴギュングシャアン
ドラゴンが尻尾を振り払った。加護風でも攻撃が弱まりきらず、とっさに右腕で防御したが吹っ飛ぶ。
「――守護者よ氷巨人! グリーンドラゴンを攻撃し時間を稼げ!」
私は転げながら詠唱を終える。召喚されたアイスゴーレムは勢いよくグリーンドラゴンへ攻撃を開始する。私は、森を見つけて走り出す。森には、走ってでも3分はかかりそうだ。各足が地面に触れるたびに、防御した右腕が痛んだ。確実に折れているだろう。
バゴォン
猛烈な音と風圧に思わず振り向く、アイスゴーレムが粉々になりがら吹き飛んでいるのが見えた。
まずい、グリーンドラゴンと距離は少し離れているが、森へは、まだ2分かかる。飛んでこられると、確実に追いつかれる。
しかし、グリーンドラゴンは羽を広げない。逆に手と足を地面に突き刺した。口から強烈な魔力が匂う。龍呼砲を使ってくる気だ。
「我を守れ氷心盾!」
私が詠唱を終えると同時にグリーンドラゴンはブレスを放った。
バゴォン
私は氷の盾もろとも、走って2分はかかるだろう森まで一気に吹き飛んだ。なんて威力だ。木の枝にぶつかっていきクッションの役割を果たしてくれたが、それでも全身が痛んだ。再び太陽の光が遮られる。ドラゴンが上空を飛び、私の方へ滑空してくるのが分かる。
グシャッギャー
ドラゴンの歯牙がオークをとらえていた。
どうやら、私の近くにオークが潜んでおり、ドラゴンは大きい獲物に標的をかえたようだ。
私は、この隙に逃げることにした。
走りながら聖水生成を詠唱しつつ、全身の傷を回復させ、右腕の骨折も完治できた。グリーンドラゴンが追ってくる気配はない、オークを捕食して満足したようだ。
**
街に到着した。私の呼吸が異常に荒い。逃げるのに必死で加護風を解除するのを忘れ、かなりの体力を消耗してしまった。
ギルド施設に行き、タチウオ草とギルド会員証明書を見せると案件完了証明紙を渡された。この紙とタチウオ草を山猫飯屋に持っていくと、山猫飯屋から金が支給されるそうだ。
ちょうど、お腹も減ってきたし昼飯ついでに行くことにした。
「へいらっしゃーい、おやっティオさん。今日は、やけに疲れていない?」
「ギルド依頼の。タチウオ草をもってきたよ」
店主に案件完了証明紙とタチウオ草を見せる。
「おおう、これはありがたい70Gだったね、どうぞ。あそこは、危険な魔物が多くてね。ティオさんは、襲われなかったのかい?」
「グリーンドラゴンに襲われたよ」
「ははは、ご冗談を、よほど運が悪くないかぎりドラゴンに襲われることはありませんよ」
今の私は、よほどに運が悪いようだ。
「昼飯、注文してもいい? "おまかせ"で」
「あいよ、いただいた新鮮なタチウオ草があるんだ。こいつを使わせてもらうよ」
店主は、手際よく調理をする。私は、その光景を注意深く観察する。
「あいよ、猪肉の豪快焼き」
猪肉は、前の肉体のときに食べたことがある。
肉はうまいが、くさみが強くて好きではなかった。だが、この料理はくさみを感じない。
「タチウオ草のおかげで、肉のくさみを消してくれるのだよ」
本に書いてあるハーブというものを思い出した。タチウオ草も、その1種なのであろう。
料理を食べる、肉汁を純粋に楽しめてとてもうまい。タチウオ草を加えるだけで味の印象がかなりかわった。
家に戻り鞄を整理していたところタチウオ草が1本でてきた。
「採りすぎたやつか、今夜の夕飯に使用するかな」
露店市場へ向かう野菜などは家に残っている。目的は、肉である。
肉が並べられている露店を見つける。
「店主、この中で、くさみが強い肉は、あるか?」
「はぁ、かわった注文ですね。ならばコカトリスの肉とかどうでしょう? くさみは強いですが肉は引き締まっていて歯ごたえがありますよ」
私は、コカトリスの肉を購入して、家に戻る。コカトリスの独特のくさみが室内を充満させた。これは挑戦しすぎだったろか。
早速、料理の仕込みに入る。まず、タチウオ草をみじん切りにして、別皿に盛る。コカトリスの肉を食べやすいサイズに切っていく。鍋の中にいれて肉とタチウオ草を混ぜ合わせる。ふむ、くさみが消えていく感じがする。
そして、鍋に肉を焼いていく、こんがりとした良い匂いが周囲に漂った。
あとは、別でスープを作成して完成、今晩のメニュー「コカトリスの豪快焼きもどき」が完成した。
「ただいま、もどったよ」
カルが、ちょうど戻ってきた。
「ティオ、今日のお土産だ」
カルは、土の魔導仕込み土剛剣を私に差し出した。
「あれ? 昨日、風鈴剣を買ったばかりなのに大丈夫なの?」
流石の私も、心配になった。
「実は、貴族の1人が兵士達も稽古してくれた礼として、金以外の品を献上したいと言ってきたんだ。それで、土剛剣が欲しいですと答えたら、その日のうちに献上してくれたんだよ。俺もこれには驚いたけどね」
「おお、それはありがたい、とりあえず夕食を食べてくれ」
「おいしそうなお肉だ。いただきます。少し臭みがあるかな? でも、おいしいよ」
珍しくカルから駄目だしがでた。私は、コカトリスの最初の強い臭みを覚えているせいで、あまり気にならなかったがタチウオ草1本では、臭みは完全に消えていなかったようだ。
それにしても、意外な形で4属生の魔導仕込みを揃えることができた。
これで、落運を詠唱することも解除することも可能になり、憑依魔法も使えるようになったのだが……