02-絶望の淵。
今回長めです。
次話で異世界に移動・・・する予定です。
自分の娘の無残な姿を目にして、しばらく呆然としていた。
それでもよたよた、と娘のもとへ歩み寄り、まず脈を確認する。
――脈が、ない。
次に口元に耳を近づけ、呼吸を確認する。
――息も、ない。
心臓停止、呼吸もなし。
あわてて心肺蘇生を行う。AED(自動体外式除細動器)をこの学校を取り入れているが、圧倒的に数が足りない。そもそも、このような事態を想定していないのだから当たり前だが、それでも腹立たしさを覚える。
救急車が到着し、次々と運ばれていく負傷者。意識がないものだったり、出血が激しいものだったり。
運よく(といってもいいのか判断に困るが)、軽傷だったり骨折で済んだものは手の空いている教師などが車で近隣の病院に連れて行く準備をしている。
俺はといえば、校長が気遣って娘の乗った救急車に同伴することを許してもらい、娘と共に近くにある大学病院へと搬送された。
病院ではすでに連絡がいきわたっていたようで、すぐにストレッチャーで娘はICU(集中治療室)へと運び込まれた。
そしてあとから妻の乗ってきた救急車も到着し、同じように運び込まれる。
結論から言おう。俺は、事件が起きたその当日に愛する妻子を失った。
娘はすでに手遅れだったらしく、妻は治療中に亡くなった。
俺の人生37年間で最も不幸な日、と言ってもいいだろう。
なんで。なんで同じ場所にいたにも関わらず、俺だけが生き残ったっ!
なんで2人とも失っちまったんだよ!あの時トラックなんて捨て置いて早く駆けつけていれば。
救急車の到着なんか待たずに、車で運び込めばあるいは助かったのかもしれないっ。
他のガキの避難誘導なんかほかの奴に任せて、行ってやればよかったっ!
自分のふがいなさと情けなさ、それに対する怒り。二度と言葉を交わせなくなってしまったという悲しみ、喪失感。ありとあらゆる負の感情がないまぜになって俺のことを襲う。
「なんであの時、」「どうして○○しなかったんだ」「こうしていれば」・・・何度やろうと意味のない自問自答を繰り返す。
顔に白い布をかけられた状態で横になっている娘と妻を俺は泣きながら呆然と見つめていると、近所に住んでいる親父とお袋が部屋に入ってくる。
茜里の両親は地方に住んでいるから、すぐにはこちらへ来れないだろう。
そして呆然としている俺を見て親父が八つ当たり気味に吐き捨てる。
「何で香弥や茜里さんが死んでっ!お前だけが無傷でいるんだっ!どうしようもなかったのか!」
親父からすればいきなり自分の親族が2人も、しかも片方は目に入れても痛くないほどかわいがっていた孫娘が死んだのだ。冷静でいられるはずでもなく、どこかに怒りをぶつけずにはいられなかったのだろう。
しかしそれは俺だって、俺だって同じか、それ以上だ。
俺もすぐ駆け寄ったが、結局2人とも助けられなかった。2人の死を目の前にしつつも、どうしようもなかった。後悔は絶えない。
もっと良い手があったはずだ。2人とも救えたかもしれない。そんな念が、時間の経過とともにどんどんたまっていく。そんなところに親父の「どうしようもなかったのか。」
自分のふがいなさ、やるせなさがまた湧き上がってくると同時に、その場にいなかったくせに、何も知らないくせにという怒りの気持ちが湧き上がり、それが口をつく。
「俺だって助けようとしたさっ!茜里も、香弥も!俺が、生きているのだって、偶然だ! すぐに2人のもとへ駆け寄った!けれど・・・」
それからあとは声にならなかった。ただひたすらに悲しかった。自分の非力さを呪った。
「あなた。自分がどうにもしてやれなかったのが悔しいのはここにいる全員が同じことよ。特に慶尚は、自分の妻と娘のどちらもを間近で看取っているの。私たちよりも、なおさらつらいと思うわ。」
お袋が親父をなだめる。
「わかっているっ。それでも、それでもなぁ・・・っ」
親父の、悲痛な声が耳に残った。
それからどうやって家に帰ったか覚えていない。
――次の日。
朝日がやけにまぶしく感じて起きる。そして、どうかあれは夢であってくれ、と思いつつ部屋を見渡す。
しかしそこに妻はいない。リビングに向かうも、誰もいなかった。
香弥の部屋に向かった。ノックをするが返事がない。入るぞ、と声をかけて扉を開けたがそこに部屋の主はいない。
あぁ、あれは実際にあったことなのか、と呆然とし、自分のほかに誰もいない家の中で、ただ一人泣いた。
そしてひとしきり泣いてから、学校から連絡が入っていることに気が付く。
昨日香弥を助けようと心肺蘇生を行った時に血がついていたので着替え、ある程度身支度をする。しかし足取りは重く、たった一人で家を出た。朝食なんか、食べる気も起きなかった。
家の扉を開けるとそこには屑が固まっていた。
「奥さんと娘さんをなくされたそうですが――、」
「犯人は脱法ハーブを使用していて――」
この屑どもは何様なんだ。フラッシュはたかれるわ、マイクをこちらへ突きつけてくるわ。
本当に被害者のことを思っているならば絶対にしてこないであろう、最低な行為を平気でして来る。
個人情報なぞ関係ないとばかりに様々なことをまくし立ててくる。
「一言、一言でいいですから!」
無視して車に乗り込もうとすると、女性記者がテレビカメラを持った男とと共に迫ってくる。
~~っ!
その行為に我慢できず、払いのけそうになった時。
パトカーがこちらへサイレンを鳴らしつつやってきた。
そして、中から警官がやってきて、退去勧告を出す。
しかし報道陣は、警察が勧告はできても手出しをできないことを知っているのか、なおも食い下がってる。
と、パトカーの中から
「早く車に!」
と声がしたので車のキーを取り出し、エンジンをかけると警官に頭を下げ、学校へと向かった。
学校についたらついたで記者団がいた。しかしこちらはまだましなほうで、すでにパトカーと警官でバリゲードを作っていて、記者に詰め寄られることなく職員室までたどり着けた。
「あ、任那先生・・・おはようございます。・・・奥さんと娘さんの件、お悔やみ申し上げます。」
「校長先生、おはようございます。それと・・・昨日、今日とお気遣いありがとうございます。」
「いえいえ。大切な人が心配になる気持ちを知っていますから・・・。」
昨日のうちに、妻と娘が亡くなったことは伝えてある。校長も何かあったんだろうか。
「おはようございます・・・。」
職員室内はどんよりとしている。妻だけでなく、数人の教諭がなくなっている。
亡くなった先生と親しかった先生や、自分が担任を持っていたクラスから死傷者を出してしまった先生が落ち込んでいる。普段は会話が飛び交っている職員室が、沈黙で満たされていた。
そうして、一人、また一人と先生が入ってきて、そろったところで職員会議が始まる。
・・・隣にいるはずの茜里の席は、埋まることがない。
「事情聴取や記者会見がありますし、PTAに対する説明会など、まだまだやることがたくさんあります。しかし、それでもやらねばなりません。まだ気持ちの整理がついていないと思いますが、準備を始めましょう。教頭先生と谷垣先生はPTAへの説明会の準備を数人の先生方と行って。私と広報の先生は――」
やらねばならないことはたくさんあるし、気持ちの整理を待ってくれるほど時間もない。
皆、心のうちのつらい思いをおさえ、指示されたことを始める。
その日は警察による事情聴取で一日が過ぎていった。