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一章

 一章


 一通、二通、三通……。

 ルシアは片手でそれらを開封しながら、はぁっと息を吐いた。宙に浮いているその文字列は、それを表示している機器の持ち主である彼女にしか見えないようになっているはずだった。

 しかし、それを横目に見ていた相棒にはその手紙の内容が分かったようだ。

「ルシア。また全滅か?」

 名を呼ばれた彼女は、彼にちらりと目をやり、また無言で作業に戻る。

 ……十三通。

 そのすべてを開封し終えて、彼女はまた深く息を吐く。それからぐるりと彼の方に向き直り、恨めしげに睨み付けた。

「見たわね?」

 この相棒がそんなことをするはずがないと分かっていながらルシアは言う。案の定、否定の返事が返ってきた。

「見てはいない」

「嘘。乙女の秘密を覗くなんて、男らしくないわよ」

 ルシアはそう言うが、彼が男ではないことは一目見れば分かる。いや、彼はそもそも人ではないのだ。こうして対応する声や性格が男性に当てはまるので、ルシアは彼を男として扱っているだけだ。「首」を振る彼から、機械音が聞こえた。

 彼はルシアが廃棄場から拾ってきた機械で、キースと名付けられている。彼女の目線に合わせるようにドーム型の本体を複数の脚で持ち上げていて、それはちょうどクラゲのような姿だ――もっとも、彼女はクラゲというものを画像でしか見たことがなかったが。

 キュルッと彼の「眼」が絞られる。ガラスの瞳にルシアの姿が映った。

「データ閲覧の許可は得ていない。よってわたしがきみの手紙の内容を読むはずがない。これは私が君を観察した結果であり、ただの推測に過ぎない。どうして覗いたと断定できるんだ? きみの判断の根拠が分からない」

「もう……馬鹿っ! 人の痛い所は口には出さないのがたしなみってものでしょう? あ

んたの推測がどーとかこーとか言うのは関係ないのよっ」

 緑のランプが点滅する。キースが情報を記憶する時に見せる動作だった。ややあって彼が言った。

「……なるほど。それはすまない」

「よろしい」

 ルシアはにっこりと微笑んだ。

 拾って間もない頃に比べるとキースは格段と対応できるようになってきている。以前ならば話し方に抑揚がなく、ルシアの言葉にも真面目ったらしく「それは今の質問の答えとして適切ではない」とか「痛い所というのはどういう意味か?」とかと返答しただろう。随分な進歩だ。

 しかしその後の一言は余計だった。

「ともかく、全滅したのだな?」

 しかも何故か先程よりも確信の度合いが大きくなっている訊き方だ。

 そこまで分かっているのならわざわざ聞かなくてもいいのに――彼女はぷくっと頬をふくらませて言った。

「ええそうよ、その通りですともっ。全部駄目だったわよ」

 雇用の不採用通知である。

 彼女は今年に入ってから就職活動とやらを開始していた。履歴書を、これまで五百社は送ったのではないだろうか……おかげでコピーと貼り付けだけは早くできるようになってしまった。しかし、順々に返ってくるそれらの返事はいずれもやんわりとした拒絶。

 ――まあ、「あの言葉」をずけずけと使ってないだけましよね。

 彼女がぼんやりとそう考えた時、通信が入ってきた。

 相手を確認すると彼女は思わず呻いた。彼女がもっとも苦手とする人物からだった。しかしその人物からの通信となると出ないわけにはいかない。仕方なく回線を開く。

「ルシア君。きみは……また全部不採用だったようだね」

 開いた窓に現れたのは白衣を着た長身の青年だった。彼の言葉に、ルシアは激昂した。

「ちょっ……ハラルド先生! 私の手紙、勝手に読んだのっ?」

 他人には読めるはずのない手紙。しかし、彼ならば、彼がそれを要求したのならば、システムはそれを開示しなければならなかった。――彼はルシアの「保護者」なのだ。

「当たり前だろう。僕はきみの主治医なんだからね」

 青年――ハラルドは眉を寄せて言う。

「きみはまだ就職が決まっていないんだろう? もうすぐ世界日だ。それまでに採用通知が来なければ――たぶん来ないだろうが、絶望的だぞ」

「な……何よーっ! 『たぶん来ないだろう』って!」

 憤慨する彼女の声に彼は耳を塞いだ。彼の側で出力された音声を集音機が拾ったのか、彼女の声がこちら側にも聞こえてこだまのようになっている。

 呪詛を連ねる彼女の服の端を、相棒が引っ張る。

「何」

 彼女が相棒を睨み付けると、彼はキュルル、と本体を回転させて知らん顔をした。むくれたまま窓に向き直ると、ハラルドはやっと耳から手を離し、息を吐いた。

「大人しく施設に入ろうという気はないのか?」

「嫌よ」

 きっぱりと言う。「絶っ対に嫌!」

 主治医は呆れた顔で彼女を見た。その顔がなんだか馬鹿にしているように見えて、彼女はむっと口を曲げて彼を睨み付ける。

「私は、退化人類ってだけで一方的に差別されるのは御免よ」

 低く呟く。その顔を、彼ははっとした表情で見た。

「ルシ――」

 彼が言い終わる前にルシアは回線を閉じていた。強ばった顔で手を伸ばした彼が、窓と一緒にぷつっと消える。彼女はややあって沈痛な面持ちでベッドに身体を投げ出した。

 枕に顔をうずめて唸る。

「今の通信を見てもいいか」

 横で相棒が許可を求めてきた。彼女は緩慢な動作で彼に目をやり、無言で小さく頷く。ヘッドホンは付けていなかったので会話はすべて聞こえていたはずだ。それならば映像も見られたって構わないだろう。――どうせならきちんとしたデータを見せておいたほうがいいだろうし。

 データを取り込んでいるのだろうか、彼は機械音をさせたまま動かない。ルシアは無表情に彼から視線を外してカレンダーに目をやった。

 ――世界日。

 世界日というものはルシアたちの住む惑星「フォティンス」で一般に使われている世界暦に組み込まれているものだ。世界日は曜日は廃してあり、年末に置かれる。グレゴリオ暦で言うところの十二月三十一日のことだ。

 世界暦は彼女らの祖先が住んでいた太陽系の地球という惑星で、西暦一九三〇年にエリザベス・Aという女性が提唱したものだが、一般にはそのことはあまり知られていない。

 そもそも地球というのがもう半ば伝説と化しているのだ。祖先らが故郷を離れてからおよそ千年は経っているのだから。

 地球の科学技術はとても発達していたと言われている。

 祖先らはテラフォーミングが可能な惑星発見し、宇宙空間へ飛び出した。そして四、五百年の歳月を経てこの惑星に着いた時の総帥――星長が十四代目の世代だったので、惑星は「フォティンス」と名付けられた。

 しかし、だ。それほどの長い年月を船という限られた空間で暮らしていたのならば、自分たちの子孫について無関心ではいられない。優秀な子孫を残そうと考えるのは当然のことだ。必然身体に欠陥を持つ者たちは忌避されることとなった。

 健常人と比べて、日常生活に支障をきたす遺伝子疾患を持つ者や、手足その他の奇形を持つ者……そのような人々のことを総称して「退化人類」と呼ぶ。

 そしてルシアも、退化人類の一人だった。

 彼女の場合は睡眠・覚醒遺伝子の一部に欠陥が見られ、強い眠気に悩まされている。しかもたまに――いきなりフラッと倒れてしまう発作を起こすことがあるのだ。

「でも、薬で抑えられるんだから、問題ないでしょうが……もうっ」

 この症状はオレキシンを投与することである程度改善できる。探せば出来る職はいくらでもあるのだ。

 ……いや、そもそもほとんどの退化人類と呼ばれる人々の症状はそれほど重大な欠陥ではない。薬で抑えられる症状に過激なほど敏感になる必要はあるのか……。

「五百年の風習はそう簡単に変えられるものではない」

 データの整理を終えたらしく、キースが部屋を徘徊しながら言う。掃除をしているらしい。くるくると歩き回るその姿はなんだかコミカルだ。ルシアはちょっと笑った。

「そうね……。まずはあたしたちが動かなくちゃいけないのよね」

「私はその意見に首肯する」

 相棒がデータを送ってきた。凄まじい量の募集要項だった。

「……その励まし方はあまり感心しないわね」

 彼女は機器を操作して年齢などをある程度限定していく。学者とか、そっち方面の専門職は明らかに無理。ついでに、いかがわしい感じの仕事も対象から外す。

 それを終えると、上から順に良さそうな見出しを探して開いていく。相棒も心得てその作業を手伝った。二人……いや、一人と一体はしばらくその作業に没頭した。

 やがて、ある見出しを見つけて彼女は歓声を上げた。

「おぉ、これなんかどうかな……?」

 彼女は嬉々としてファイルを開いた。


 ***


「リア、首尾はどうだ?」

 リアと呼ばれた女性が椅子の背もたれに身を任せ、表示していた画面を消した。

「駄目よ。全然駄目……見つからないわ」

 言いながらくるりと椅子を回転させて自分に話しかけてきた男性を見た。

 彼の着ているなめらかで細かい繊維の服は、彼女が着ているのと同じ種類のものだ。肩の辺りと長い裾の下の方に入った線の色は、鮮やかな紅。便宜上は黒の線の彼女より階級が一つ下である。

 しかし実際にはそんなものは無用な飾りでしかなかった。この船で階位を理由に権力を振りかざすような者はいなかった。最下層の者が上職に親しげに話しかけても、それを咎められることはない。

 そして彼女も、部下である彼にごくごく打ち解けた感じで話していた。困ったように微笑む彼に、自嘲するようにぼやく。

「……どういう理由でこの私がこんな馬鹿な役を引き受けたのかしらね。断固として拒否すればよかったわ。ねえ、そうでしょう?」

「いいや、貴女ほどの適役はそうざらにいやしないさ。断言するよ。この前だって、惜しかったじゃないか。もう少しであれを止められた……」

「でも結局失敗したわ」

 彼女は哀しそうに頭を振った。

 黒の線は星長の印である。あるいはこの場合は船長か。その責任を負う自分があの失敗を「惜しい」で片付けるわけにはいけないのだ。なんとしてでも成功させなければ、自分のいる意味がない。

 彼は苦笑する。

「そう息を詰める必要はないだろう? 我々に残された時間はまだ充分にある。大体あと一万年か……一世代が五百歳までしか生られないとしても、二十世代も先のことだぞ?」

「それを貴方は充分だというの?」

 大きく息を吐く。「恒星の一つも寿命を迎えられないような時間だわ」

 憮然として彼は言い返す。

「そんな、……億単位の寿命を持って来ないでくれ」

 彼女は優美な眉をしかめてみせ、苛立たしげに髪をかき上げる。真っ黒な画面に目をやり、苦々しく呟く。

「分かってる……分かってるわ。でも私はこれを私の子どもたちの世代に持ち込ませたくないのよ。これは、私たちの咎なのよ。私たちが責任を取らなくてはいけないの……分かるでしょう?」

 彼は少し詰まって若き星長を見つめたが、やがて諦めたようにぎこちなく頷いた。

「……その通りだ」

 ふっと力を抜き、リアは彼の肩に手を置いた。

「それより、何かいいことがあったんでしょう? 貴方が直接ここへ来るなんて……例の星系のことかしら?」

「察しがいいね」

 彼はにやりと笑みを浮かべてデータ片を彼女に渡す。彼女はそれを受け取り、目の前の大きな機器にはめ込む。音もなく起動して、瞬時に資料が表示された。

「これは……やはり」

 星長は嬉しげに画面を見た。映っているのは、岩石惑星だった。しかも、海がある。青く美しい星だ。陸地のほとんどは赤茶けているが、所々に緑色の所が見える。大気組成の一覧にはオゾンという言葉があるから、きっとこれが有害な紫外線から植物を守っているのだろう。

 それから、この星には奇妙な細い線が走っていた。惑星リングだろうか? 彼女はそれを拡大してみる。――やはり。振り返って彼に問う。

「人がいるのね?」

「そう」

 線は上空に浮く都市だった。惑星をぐるりと取り巻く環になっている。明らかに人工物だ。銀色に輝くそれを建設した人々は高度な科学を有しているに違いない。

「この惑星はフォティンスと呼ばれているらしい。遠いからまだ詳しいことは分からないけれど、これほどの建造物を造るのなら我々より後に地球を離れた人々だと見ていいと思うね。ふむん、脈ありだろう?」

「ええ、期待するわ。……ここの星長とは交信できる?」

「う~ん、いや、少し離れすぎているからなぁ。もう少し近づけばできると思う」

 二人は顔を見合わせてにやりと笑った――行き先は決定だ。

「さぼらないでね」

「貴女もな」

 分かってる、と頷き、彼女は横の機器を起動して進路を変更した。それと、正面の機器からデータ片を取り出して彼に返す。……しかし、彼は首を振って微笑んだ。

「プレゼントだ。故郷を思い出していいだろう? ……ただし、あんまり見入るなよ。貴女でなくてはこの役目は務まらないんだから」

 彼はいたずらっぽく片目を瞑って部屋を出て行った。ドアが音もなく滑って閉まる。それを見送っていた彼女は、彼の姿が消えるとそっと息を吐いた。

「姉さんも随分と厄介な仕事を残していってくれたこと……。そうね、これはあの人の妹である私の仕事だわ」

 再び一人きりになった彼女は、目を瞑って意識を例の美しい惑星に向けた。じっと「眼ではない眼」でその惑星を見つめる。彼の言った通り、その星はまだ遠かった。小さい点にしか見えないその星に、自分の声は届くだろうか?

 ――いいえ、やってみなくちゃ分からないわ。

 若き星長は意識の奥深くから「言葉」を飛ばした。

 ――どこにいるの、「適合者」……。

 青い星は、ひたすらに静かだった。

 ……今はまだ。

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