表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

第壱章―②

「なんだなんだ? 夏休みに入るのがイヤなのか?」

 その日の昼休み。

 三階校舎(校舎自体四階建て)の教室で一つ降りて、職員室の隣に食堂がある。

 ラーメン、カレーといった様々な匂いが五感を刺激する。空腹に耐えきれなかったいつもの三馬鹿ズは、今日も仲良く食堂の片隅で食事をしている。

 そんな中、優人だけが食券機の前で異常とも取れる行動をしたのだ。

 それに気付いた公英は心配をして声を掛けたのだ。

「いやいや、入りたいし、それに食欲不振とかじゃないよ」

 からあげ定食キングサイズの公英とチキンチーズカツカレーカツ二枚盛りの梓。それを目の前にする優人は、遠い目で手を横に振るジェスチャーをする。

 梓にいたっては小柄なのにどこにそんな吸収されるのか、と優人は眠る前に考えてまったく寝むれないこともあったらしい。

「じゃあ悩みか?」

 身を乗り出す公英に、「ないない」と手で顔を押しのける優人。

 すると、頬杖をついた梓がスプーンをクルクルっとつまらなそうに回して、言い放つ。

「隣同士なのは毎回失敗だと思うんだけどさぁ、ウチの隣もキモいの移るからなぁ」

「「ひどい‼」」

 異議あり‼ なんて台詞が似合う反応をする男性陣であった。

「――んで佐藤、サバの味噌煮定食ってどんだけ質素なのよ」

 全国のお袋の味大好きなみなさんに謝ってほしいですね。

「いつもはガッツリ行くのに……優人、お前恋した乙女なのか?」

 ぶふぉ、とスプーンでカレーを一口食べた梓はむせ返す。

 そして、不条理な視線を浴びる優人は怪訝そうな顔で対抗。

「そんなわけあるか。そしてなんか用なのかシロ」

「べ・つ・にぃぃ?」

「まぁまぁ、食べようぜ」

 これ以上追及されるのも面倒くさいと優人が感じた最中、いじる話題を持ち出した張本人が話を丸める。

 あんたが言うのか、という二人の鋭い視線が公英へ向けるも、

「冷めるぞ~」

 と、能天気にスルー。性質の悪さは天下一品だ。

 お茶碗の中の米粒を拭き取るように優人が箸ですくいあげる。そのときだ。

『万屋さん依頼品~依頼品はや~く~』

 甲高い声が脳裏を過ぎると同時に、気付いたら優人は席を立ちあがっていた。

 その行動に驚きを隠せない二人は、「え? なになに? どうした優人?」「うわっ! 佐藤あんたなにしてんのよ!」

 などと吠えて、しまいには梓のセーラー服にカレーが吹き飛んでしまった。

「げっ、最悪!」

 梓がわざわざ大げさな反応をするから、自業自得という言葉はそれに当てはまらなくもない。

「悪い、ちょっとトイレ」

 相手する時間がもったいないと感じた優人は、またバツが悪そうな顔で食堂から急ぎ足ででていってしまった。

 その場で流れるやり取りを終えた二人はぼけーっとしている。

 優人の背中が消えるまで目で追いかけた。

 セーラー服の胸元についてしまったカレーを、テーブルの上にあったおしぼりで拭き取りながら梓はため息をついた。

「おいおい、かなり突発的すぎだろ」

「……何かの予兆かしらね」

 いつもの日常に少しのプラスアルファが加わり、少しずつ変わる日常に違和感を覚えた二人であった。


「ごめんね、ウサギさん」

 昼休みということもあり、グランドでは元気いっぱいの生徒達がサッカーやバレーをしている。炎天下というのに動けるというのは実に若い証拠だ。

 どこかの誰かさんも負けじとグランド(片隅)にいる。まぁ残念ながらウサギ小屋の目の前にだが。

 腰を落として一匹のウサギさんと対面している優人。周りに細心の注意を払っているのか挙動不審だ。実に怪しいことに本人は恐らく気付いていないだろう。

「お待ちしておりました万屋さん」

 ウサギさんは依頼してた物をついに手に入れることが出来る喜びからか、ぴょんぴょん跳ねている。このウサギさんもかなり元気なのだろう。

 教室から取ってきたスクールバックの中から出てきたのは……。

「おぉなんてたくましい!」

 スタイルがとても良く、形も整っている。一度は揉み洗ってみたいだろう……その人参をね。

 人参を手に取ったウサギさんは目の色を変える。食べ始めて少しの間を置いて、何かに気付いたように顔を上げた。すっかり優人のことを忘れていたのか、申し訳なさそうな顔をしている。

「……あぁ失礼。このたびは依頼を受けてくれてありがとう、万屋さん」

 今回の依頼はというと、『飼育委員がくれる人参があまりに少なくて』ということで飼育委員である二年三組の水野さんに憑依をして『餓死しちゃうから昼休みまでに‼』と必死に依頼をしてきた。という、まとめ。

 当の水野さんは憑依が解けたときに、「佐藤君⁉ え、え?」などと動揺をしていた。

 好感とは思えなかった思春期の少年は、心に擦り傷ができたとか。

「あ、佐藤君! こ、こんにちは」

 噂をすれば本人登場。

 右に黒髪の束を集めて、前に流す女優やアナウンサーみたいなキレイな人だ。

 水野さんは丁寧にお辞儀をして、緊張しているのかスカートの裾を掴んでモジモジしている。

 そんな小さな仕草なんて気にならなかった優人は、ただなんとなく後ろを振り向き立ち上がる。

「こんにちは。どうしたの水野さん?」

 えへへ、と苦笑いを浮かべて視線を下に落とす水野さん。

 その視線の先には水野さんが持ってきた山盛りの人参たちが水切り容器に詰まっている。

人参は食べてくれと言わんばかりのみずみずしさを保ち、おいしそうだ。

「実はねぇ、ウサギさんも夏バテ予防しなきゃと思って人参たくさん用意したの」

 ウサギさんのほうへと視線を移すと、「万屋さん、これ食べきれなそうですよ‼」なんて言っている。

「幸せ者め……」

「へ?」

 声が漏れていた? と首を傾げておどける優人に水野さんは口に手を当てて笑う。

 ――その後、水野さんと適当に世間話をした優人はウサギ小屋を後にした。

「万屋、お願いです‼」

「一日一依頼ですよ、お客様」

 というあしらい具合。罰が下ってもおかしくないですよ優人さん。


「――佐藤よね、あれ?」

「あぁ、そうだね優人だ」

 食い意地が張った二人は食堂で定食たちを平らげたはず。なのに、手には購買部にあったあんぱんと首領みたいな缶コーヒーブランド。どこまで食べるんだ二人とも……。

 場所はウサギ小屋の隅に生い茂っている背丈の高い草木。変装しているつもりか、頭には地図記号で田畑と表示された紙を張り付けた、正真正銘の馬鹿がいる。

 土曜八時の枠でもそんな雑な刑事役はいないだろう。

 それはさておき、公英と梓は息をひそめ、最近言動が怪しいと睨み追いかけてきた。十二分に怪しさは二人のほうにある、という事実に一生気付くことはないだろう。

「あ、いま美味しそうな人参を取り出したわ」

「あいつのスクールバックは四次元的なアレを感じるな」

「って、あれは同じクラスの……」

「水野さんだな。あの二人仲良かったっけ?」

「なっ、私が知るわけないじゃないのっ。あんたって馬鹿?」

「むきになるなよ、ふっふっふっふ」

「なってないわよ。というかその水野さん人参たくさん所持しているわ……何者⁉」

「農家の娘だったかな、ほら自己紹介のとき」

「……まぁいいわ」

「キレイな飼育委員と猫背の図書委員。共通点ありゃしないな」

「確かに謎ね……あっ」

「すんげぇ上機嫌そうだな、水野さん。って、梓さん?」

「……なんでもない。つか、デレデレしすぎだろ変態下心丸見え童貞男子高校生・佐藤」

「無駄に忙しそうな名前だな。そして、全国の下心丸見え童貞高校生男子佐藤さんに謝っておけよ」

「サトウサン、スイマセンデシタ」

「すんげー棒読み」

「なんか話し込み始めたよ。こっちじゃ聞こえないわ。もっと近くいきたいんだけど」

「さっきより真顔が増しているぞ」

「ポニーテール秘奥義くらわすわよ」

「なにそれ?」

「ふっふっふ……目潰し!」

「ぐはっ、てポニーテール一文字も掠らない指での目潰しじゃないか梓さん!」

「馬鹿な会話をしてたおかげで暇と目は潰せたわ。一石二鳥ね」

「怖すぎだろ、その一石二鳥。って、ほんとだ。会話終了か。水野さん寂しそうだな」

「そういう実況うざい、黙って」

「はい、すいませんでした」

 昇降口は公英と梓が隠れている方とは反対側。なのに優人はこちらへと歩んできている。

 それも意味ありげに目を光らせている。

 刑事ごっこ小道具のコーヒーとあんぱんを処理しようと上を向いて飲食している二人は気付くことはない。だって、馬鹿だもの。

「そのあんぱん、分けてよ、お二人さん」

 炎天下、背中の冷や汗が飛沫のように落ちていく、なんとも不思議な感覚に囚われた二人だったとさ。


「「ほんとごめんなさい」」

 放課後のテイク二十八。

 図書委員の仕事を終えた優人は教室待機させていた。勿論、ポニーテール女とゴリラ男である。

引きこもりの息子も出てくるような両親の熱い説得のような“心の籠った”面倒くさい謝罪を請求していたところだ。

「まぁいいけど。梓の『なんでウチがこんなモヤシに謝らなきゃいけないのよ』みたいな不服そうな顔と公英の『明日の朝ごはんなんだろ。ゴーヤチャンプルーがいいな』みたいな顔がうざいからラーメン○郎系驕りな」

「そ、そんな顔してないし。いたって真面目ちゃんよ。真面目ちゃん」

 授業中にしか装着しない黒縁メガネをわざわざスクールバックから取り出す意味はあったのか。女子の考えは未知数だ。

 両手をズボンのポケットに突っ込み、視線を泳がして口笛を吹いている公英。

優人は『図星か』と確信したときだ。

「あ、藍さん!」

 教室のドアから恐る恐る、金色の髪の毛を垂らして覗く鳩羽がいた。

「……!」

 優人に見つけられた拍子に勢いよく逃げ出して唖然とする三人。

「なんだったんだ?」

「……嵐前の静けさ?」

 考えても仕方ない、と思った優人は二人を促すように手を叩いて注目を寄せる。

「とりあえずもう十七時回ってるし、ラーメン行こうぜ」

 窓を閉め、教室の明かりを消して教室をあとにした三人だった。



読了ありがとうございます。感想よろしければですがお待ちしております。また、誤字脱字などがございましたらご報告よろしくお願いします。次回のお話もお目を掛けていただけたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ