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この小説を読んではいけない

作者: 深山薫

注意  あたまがすりつぶされるでしょう


この言葉を三日以内に忘れてください。






風呂上がりの心地よい疲労と倦怠感を感じながら、彼は机の前に座った。

まもなく始まるテストに向けて勉強をしなくちゃな。そう思いながらパソコンの電源を入れる。低く唸るような音を立てつつそれが起動するのを待ちながら、サイダーを冷蔵庫から出しコップに注ぐ。爽やかな香気と炭酸の蒸発する音が耳と鼻に心地よく感じられる。

そうやって一息入れた時、丁度パソコンが立ち上がった。

勉強しないとまた母さんがうるさく言うかな。でも三十分くらいならいいかな。

勉強を後回しにする言い訳と母親の怒る顔を想像しながら、ブックマークに載せてあるサイトをチェックしていく。

いくつかのサイトを見終わった後、一番楽しみにしていたサイトをクリックした。


「小説家になろう」


このサイトで投稿された小説を読むのが、ここしばらくの彼の日課となっていた。

今でこそ読むだけだけど、いつかは彼らみたいに立派な作品を書いてみたい。とりあえずテストが終わったらいくつか考えているストーリーで書いてみようかな。でも今日は時間的に読めるのは一つか二つくらいかな。そう思いながら並んでいる題名と粗筋を読んでいく。うん、どれも面白そうだ。

そうやって見ているうち、奇妙な題名があるのに気がついた。


「この小説を読んではいけない」


粗筋もたった一言「この話を読まないでください」だけ。ジャンルを見てみるとホラー。

せっかく投稿したのに読んではいけないとか、この作者馬鹿じゃね。大体この題名は他の作者に対して失礼だ。

そんな軽蔑と僅かな好奇心に背を押され、彼はその小説を開いた。



その冒頭にあるのは一言、

注意  かはんしんがはさまれるでしょう

そして

この言葉を三日以内に忘れてください。

という奇妙な指示。


なんだこれ、変な事を書いてあるな。と思いつつ彼は本文を読み始めた。

そこでは女性が「小説家を読もう」を開いて、「この小説を読んではいけない」を読み始める様が書かれていた。

彼女も彼同様に、この下らない題名に反感を覚えて読み始めたらしい。

「やっぱりこの作者も下らないって事は自覚してるんだ」

苦笑と共にそう呟く。

作中の女性の読む「この小説を読んではいけない」も、彼の読んでいる「この小説を読んではいけない」と最初の部分はほぼ同じ内容だった。

変わっているのは冒頭の注意書きが

こなみじんになるでしょう

に変わっているだけ。

後は作中の人物が同じ題名に興味を覚え読み始めるのも同じ。

なんだよこれ、入れ子構造ってやつ。でもそれだけで内容は全然面白くないし、大体コレどこがホラーなんだよ。

馬鹿馬鹿しく思いながら、惰性で読み続ける。

女性の読み進める作中作の登場人物は男性。冒頭の注意書きが

ついらくするでしょう

となっている以外は、サイトを開いて同題の小説を読み始めるのもほぼ同じ。

ただ違っているのは、読み終えた男の末路が語られている事だった。


男の読んだ作品中でも、登場人物のその後が語られていたのだろう。

「馬鹿馬鹿しい」

「趣味の悪い嫌がらせだ」

等のセリフと共に、下らない冗談だと嘲笑う様が描かれていた。ただその中に漂う一抹の不安感と不気味さ。

そして続いて語られているのは、


男が死ぬ様だった。


三日後、男が会社の昼休みに気分転換で屋上に出た事、小さい雲を眺めていた事、同僚との会話、そして誘われるように手摺りを乗り越えて。


この前の方は感電死しました。

この方は墜落死しました。


早めに言葉を忘れてください。


そんな一文で作中作は締めくくられていた。


「馬鹿馬鹿しいわね」

それは作中の女性のセリフ。それでもその言葉の中に微かな恐怖感が含まれている事が、何故か彼にはわかった。

そして続けられる一文。


三日後。


女性が駅に立つシーンから続きは始まっていた。

ラッシュアワーとはとても言えないが、それでもそれなりに大勢の人間がいる地方都市の駅。

「ばらばらになる、か。やっぱり詰まらない冗談だったわね」

女性の内心の独白が綴られる。

「ムラサキカガミと同じ。人間が忘れようとする事は逆に気になるっていう習性を利用した嫌がらせね。だいたいバラバラになるって何よ。殺人鬼に襲われるわけじゃあるまいし」

その独白に被さる様に

「まもなく列車が通過いたします。お客様は白線の内側にお下がり下さいますよう」

というアナウンス。

「え?」

女性は何が起こったのかわからないようだった。

自分は確かに少し下がり、列車の通過を待っていたはずだった。

それなのに。

突き出されるように勝手に前に飛び出した自分の体。周囲の人間の叫び声。目の前に横たわる枕木、鉄のレール。そして耳障りな急ブレーキの音。


この前の方は墜落死しました。

この方は轢死しました。


早めに言葉を忘れてください。


そんな一文でその小説は締めくくられていた。



背筋を嫌な汗が流れるのを感じる。

何なんだ?この話は。普通ここにある小説は人を楽しませるためにあるもんだろう。

それなのにこの話は。

まるで作った人間の悪意が透けて見えるような。

「馬鹿馬鹿しい」

思わず作中の女性と同じような呟きが漏れた。

これは単なる悪戯だ。

と彼は思い込もうとする。読んだ人間を不快にさせるだけの、単なる悪戯。

それなのに。

それなのに、あの言葉が脳裏に焼きついて離れない。

気持ちを落ち着けようと、手元のサイダーを一気にあおった。少し気の抜けた炭酸が軽い喉の痛みとともに、腹の中に消えていく。

少しは落ち着いた様に思った。

それでも。それなのに。

あの言葉が頭の中から離れてくれない。


かはんしんがはさまれるでしょう。



三日後。


重い足取りを引き摺るようにして、彼は学校へ向かっていた。

いっそ今日は休もうかと思ったが、とても小説の内容が気になるといった理由で休むことは出来ない。何かしらの理由を捻り出す事も出来ただろうが、もはや彼にはそのような気力は残されていなかった。

有り体に言えば、彼は疲れ果てていたのである。

何をしていてもあの文が頭から離れない。ひと晩寝たら忘れるかと思ったが、起きて真っ先に頭に浮かんだのはあの言葉であった。授業中も、放課後も、食事中も、片時もあの言葉が頭から離れない。忘れようとしても頭の片隅には常にあの言葉が潜んでいて、常に表に出る機会を伺っている。

一方で今日一日の辛抱だと、どこか安堵している自分がいる。今日一日何事も起きないのを確認したら、明日の朝には詰まらない事で悩んでいたと笑い飛ばせるだろう。

そうだ、今日も何も変わらない。普段通り授業を受けて、放課後になって、放課後は誰かと遊びに行くのもいいな。それで今日は早めに寝て全て忘れよう。

どちらにしても後少しだけの我慢だ。

あの坂を登れば学校。学校まで行けば体調の悪さを理由に保健室で寝ておこう。実際顔色は悪いはずなので疑われる事はあるまい。なんなら親に連絡が行って、今日一日寝ていられるかも。そうすれば何も起こらず明日になるはずだ。

そう考えた時、

「わっ」

大声と同時に彼の背中が軽く押された。

「うおっ」

不意を突かれ、二三歩前へよろめいてしまう。振り返ると仲のいいクラスメイトが立っていた。

「お前驚かすなよ」

心臓が口から飛び出すのではないかと思うほどの動悸を抑えながら、かろうじてそう口にできた。その場にへたりこまなかったのは僥倖という他ない。

思わず横にあった車に手をつき、そのまま息を整える。

「な、何よ。そこまでびっくりする事ないじゃない」

その大げさな反応に驚いたのか、クラスメイトが呆気にとられた顔をして彼を見つめた。

目を丸くしたその様が可笑しくて、つい吹き出してしまう。

なあんだ、いつもの日常じゃないか。いつのも道のりで学校へ行って、友達と馬鹿やって、授業を受けて……。自分は何を悩んでいたんだろう、馬鹿馬鹿しい。こんないい天気の日に変わった事なんか起こるはずないじゃないか。

それに今まで気がつかなかったけど、こいつはこんな顔をしてると随分可愛いな。何故今まで気がつかなかったんだろう。今度の日曜あたり一緒に遊びにいけないか誘ってみるかな。

「あのさあ……」

そう思って声を出そうとした彼の体が凍りついた。

なんだ、これ。体が動かせない。なんなんだよ、こんな時に冗談じゃないぞ。首だけは動かせるけど、そこから下は自分のものじゃなくなってるみたいだ。

混乱する彼の意識に追い討ちをかけるように、悲鳴が辺りに響き渡った。

見ると目の前のクラスメイトが真っ青な顔をしてこちらを睨んでいる。

「な、何してんのよ。早く逃げないと」

必死で指差すその先には、今まさに坂を下ってくるダンプカー。

まるで気がついていないかのように、まっすぐにこちらに進んでくる。

冗談じゃないぞ、何で体が動かないんだよ。何で車のボンネットから手が離れないんだよ。早く逃げないと、このまま押しつぶされて。挟まれちまうじゃないか。腰から下が挟まれて押しつぶされちまうよ。ああ、そういえばあの言葉、結局忘れる事ができなかったな。その通りになっちまったわけか。おい、早く俺を引っ張ってくれよ。悲鳴あげてる場合じゃないだろ。これさえ乗り切れば大丈夫なんだ、これさえ乗り切れば俺は死なないんだ。早くしろよ、こんないい天気の日に俺が死ぬわけないじゃないか。ほら今度の休みに遊びにいくんだろ、だから俺はこんなとこじゃ死なない、死ぬわけが






この前の方は轢死しました。

この方は事故死しました。


早めに言葉を忘れてください。

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― 新着の感想 ―
[一言] こわっ!めっちゃ怖いじゃん えー
[一言] ほんとに死んじゃったらどうしよう((( ´; Д ;` ;))))
[一言] 読み終わった頃には冒頭の言葉を忘れてしまっていた自分は勝ち組でしょうか、純粋に楽しめないという時点で負けた気もするのです
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