捕獲 5
「………………………………」
リリアンは再び考えていた。
彼の言葉の意味をだ。
勿論、意味は分かる。彼が自分に興味を持った理由は理解した。
しかし、真意が分からない。
彼はずば抜けて有能な領主である。だから頭の切れる妻を迎えてその人に頼る、なんてことをしなくてもいい類の人間だ。
それだけではない。ジェーダスは今をときめく、いや、それどころか昔から女性たちにとっては憧れの的だ。結婚相手などよりどりみどり、どんな女性だって、彼なら容易く手に入れられるだろう。
女性の中にも頭の切れる人は大勢いる。例えば昨日会場にいた、アンジェリカもその中の一人だ。彼女は公爵家に生まれ、淑女としての教育とともに領主経営についても独自で勉強した才女だったと聞く。彼女のような、顔もスタイルもよく頭の切れる女性は、皆無ではないのだ。いくら容姿はどうでもいいと口では言ったって、悪いより良いに越したことはないだろう。
なのに、よりにもよって彼が興味をもって選ぼうとしているのは、リリアンなのだ。
結果、理由を聞く前よりも更に謎が増えることになってしまった。
そんなリリアンの様子に気が付いたのか、
「なんでそんな難しい顔になる。難解な事は言ってないだろう」
と言われる始末。
しかし、そんなことを言われても、1つだったハテナが3つにも4つにも分裂したら、思考能力を司る脳みそがキャパオーバーにもなる。
うん、分からなければ聞こう。
考えることを放棄して、素直にジェーダスに今感じた疑問を投げかけると、彼は簡潔にさらりと一言。
「平穏な生活を守るため」
と、やはり謎が増える答え方をされてしまった。
そのあとりリリアンが、説明を面倒がるジェーダスに必死に食らいつきなんとか引き出した回答を自分の胸の内で消化し、ようやく完全に理解し終えると、そのあまりにもな理由に頭を抱えこんでしまった。
「はあ、あなたの悠々自適な生活を周りから守るため、結婚を決めた、ですか……。それで私に白羽の矢が立ったと………。で、私がご自身の結婚相手としてふさわしいかどうか確かめるために、こうして私を馬車に連れ込んだ、と」
ものぐさな性格のくせに、こういうところは謎に行動が早い。よっぽど早く結婚して、面倒なおせっかいから解放されたいのだろう。
あまりにも予想外な展開過ぎて頭痛は激しいが、彼が自分のような人間を追いかける理由が分かってすっきりしたのは事実だ。
しかしリリアンの心中は極めて複雑だった。これは喜んでいいのか悪いのか。普通に考えれば、こんな好条件の結婚相手は、この先リリアンに現れることはないだろう。
彼に気に入ってもらって、伯爵家に嫁ぐ。将来の不安はない。少なくともお金に関して言えば、今よりもずっと裕福な暮らしができる。
しかし、彼女は素直にジェーダスの言葉に喜べなかった。
確かにリリアンは、社交界とかお茶会とか貴族同士のきらびやかな集まりとかにうつつを抜かすタイプではない。
結婚したとしても、貧乏生活時代の感覚が抜けなくて、他の貴族の女性たちのように、おほほほほと口元に手を当てながら社交場を蝶よ花よと飛び回り遊び呆けることはない、と自信を持って言える。
色事に関しては、初恋もまだなリリアンだが(そんな余裕はなかった)、それに狂って……というのは性格的には考えにくい。勿論、絶対にうつつをぬかさない、とは言えないが。恋をしたら人は変わるというし。
だが、彼がこの結婚に一番重視していると思われる点に関しては、リリアンは自分ではまだまだだと思っている。
「だけど、私はミシエル伯爵様に高く評価されるほどの人間ではありません。だから、私のような人間が伯爵様の妻になるのは不適格だと思います」
ミシエル伯爵ともあろう方に、自分のことを知ってもらっていて、なお且つそんな風に評価してもらえるのは単純に嬉しかった。
領主としての仕事は、自分なりに精いっぱいやっている。周りからもよくやっていると評価はもらっている。けれど領地は未だ裕福とは言えず、改善点も多い。もっともっと、今よりももっと努力しないといけないと、自分を叱咤しながら仕事をこなしているが、満足行く結果には至っていない。
そんな想いを込めながら彼女は悲しそうに微笑むが、しかしジェーダスは面倒そうな声で彼女の意見を一蹴する。
「君が自分のことをどう評価しようが勝手だが、判断するのは俺だ。それに、俺の中で答えはもう出ている」
「………………へ?」
女性らしからぬなんとも間抜けな音が口からこぼれてしまったが、それを恥ずかしいと思うよりも、今リリアンの頭を占めていたのは、ここの人は一体何を言ってるんだろう……という想いだった。
「そういう訳だからリリアン、俺と結婚しないか」
「あ、え、は、うぇ? け、けけ、けっこ、ん!?」
ロマンチックの欠片もない気だるげな顔で、明日の天気のことでも話すような軽い感じで、彼女の聞き間違いでなければどうやらプロポーズをされたらしい。
あまりにも急展開な流れについていけなくなったリリアンは、ここが馬車の中だということも忘れ思わず立ち上がる。
「ま、待ってください!! あの、人の話聞いてましたか!? 私は伯爵様の思うような人間ではないんですよ!? あなた様の求めている妻にはなれないんですってば!」
「だから、さっきも言ったが、君が俺の思うような人間か否かを見極めるのは俺だ。そして俺は君を選んだ」
「選んだって……え、っと、だってまだ私達、お会いしてから半日も顔を付き合わせていないんですよ!? こんな短時間で、一体私の何を知って選んだって言うんですか!? そもそもあなた様が一番結婚相手に求める条件をクリアしてるかどうかなんて、ちょこっと話しただけで分かるわけないじゃないですか!それに結婚したら私、意外と面倒な女かもしれないですよ!? 自慢じゃないですけど、今まで誰かと恋に落ちて……なんてこと、なかったので、もしかしたらあなた様の魅力に当てられて、構って構って攻撃をしてジェーダス様の平穏な生活をぶち壊しにかかる可能性だってあります!」
「大丈夫だ、君はそんなタイプじゃない」
「どうして自分のことでもないのに自信満々に言い切れるんですかっ! っていうか、ちょっと本当にもう、こんな短時間で結婚なんていう一生物の問題を易々と決めたらダメです!!!」
「だらだら決断を長引かせるやり方は性に合わん」
「そういう問題ではありません! そもそもジェーダス様は私に領主として能力が高いと仮定して話を進めてますが、何の根拠があって……」
「受けた報告を聞く限り、今はまだ貧乏領地の域を出ていないが、それでも昔に比べたら随分改善されてるそうじゃないか。それは間違いなく君のお陰だと、皆認識しているみたいだが?」
「そんな他人の評価だけで、私を結婚相手に選んでいいんですか?」
「君があの地を統治し出してから領地の収入は右肩上がりだ。結果として成果は数字として表れている。これ以上に信用のできる、君の実力を表す指針はないように思うが」
「な、内面とかは、だけど分からないじゃないですか」
「だからこうして君自身を見極めにわざわざ出向いたんだがな。そしてその結果、俺の直感が、俺の選ぶべき相手は君だと告げている。俺の勘は外れない、絶対にだ。君と結婚すれば俺は周囲にとやかく言われることはなくなるから、俺の平穏な生活は必ず保たれる。いや、それどころか、今以上に優雅な惰眠生活をむさぼれるに違いない。リリアン、君のその手腕なら十分に俺の代わりを務めることができるだろう。だから君が自分のことをどう評価してようが、最終的に俺は俺自身を信じる」
全く根拠のないことなのに、張本人であるリリアンをよそに一ミリの不安も感じていない顔で、当然のようにそう言い放つジェーダス。
その、まっすぐすぎる自信に、思わずリリアンは口をあんぐりと開けて固まってしまった。しかしそんな彼女にかけたジェーダスの言葉といえば。
「リリアン、いつまでも立っていると危ない。転ぶぞ」
「あ、あな、あなたがいきなりものすごい発言をするからじゃありませんか!!」
確かに動揺しすぎて道があまりよろしくない中で立ちっぱなしは危険だ。
だが、彼女がジェーダスの言葉を受けて座るよりも早く、馬車が一際大きく揺れる。その瞬間、彼女の体は大きくバランスを崩しジェーダスの方へと倒れる。
「わわっ!」
しかし床に激突することはなく、ジェーダスがしっかりと彼女を受け止める。そのまま彼女は、ジェーダスの膝の上にすっぽりと抱え込まれる形になってしまった。
顔を上げると、至近距離に美しい顔立ちがあった。彼の真っ青な空を彷彿とさせる澄んだ色の瞳に、慌てたような表情をした自分の姿が映って見えて、余計にリリアンは焦る。
「あ、あ、あ、ああの、すみ、ません、ありがとうございます!!」
「なに、気にするな」
リリアンは顔を真っ赤にさせ、しどろもどろになりながらそう言って、元いた席に戻る。それから彼女は改めて、目の前に座る不可思議発言をした青年をまじまじ見つめる。
ジェーダスは思考回路が常人とは違っていて、凡人であるリリアンにはまったく理解できない人種だ。こうして知れば知るほど、ますますこの男が何故自分を妻にしたいと、それもこんな短期間で言ってくるのか分からない。
そんな彼女のもやもやをよそに、当の本人は、
「リリアン、君は少し細すぎる。もう少し肉付きがしっかりしている方が抱き心地が良くなって俺は好みだが」
「……っ!! ほ、放っておいてください!」
ナチュラルにセクハラ発言をしてくる。しかも、至って真面目な顔でだ。
「ああ、後、俺のことは名前で呼べ。いずれ俺たちは夫婦になるんだ。いつまでも他人行儀な呼び方ではおかしいだろう」
「あの、ですからなぜ結婚を確定前提でお話しされるんですか! 私はまだ承諾していないですけど」
本当に、読めない男だ。
彼を見ながらそんなことを思うリリアンだったが、やはり彼女の心中は複雑なまま変わらなかった。
「私はあなた様と違って、本当に、領主として必要な天才的な頭脳も能力も持っていないんです……」
自信満々のジェーダスとは対照的に、ますます小さな声でリリアンはそう呟いたが、小さすぎてその声が彼の耳に入ることはなかった。




