捕獲 4
馬車は王都を出た後、順調に旅路を進んでいる。御者に確認したが、予定の時刻には到着できそうだという答えが返ってきた。
馬車の中にはジェーダスと、そしてリリアンが憮然とした表情で座っていた。
「今まで一度も正体がばれたことはなかったのに。よりにもよって、会ったこともなかったあなたにばれるなんて。なんで分かったんですか」
「理由はさっきも言ったろう」
「でも、私があそこにいるという情報を知ってたとしても、同じような容姿の人は少なくとも会場内に何人もいましたよ? それなのにピンポイントで言い当てるなんて」
「それは勘だ」
「勘って……」
二の句が継げず、そのまま固まるリリアン。しかし淀みなく答えを言い切った彼は、冗談を言っている風でもない。ならば、本当に勘だったんだろう。
「野生動物ですか、あなたは」
はぁ、とため息をつきながら、リリアンは目の前の美しい顔をした御仁を胡散臭そうに眺めた。
「それで、私を一体どうするつもりですか? 貴族の娘のくせに使用人に混じって働いていることを笑うため? それをばらして社交界のネタにしたいと? そういう意味で興味があったんですか?」
「いや、そうじゃない。……ところでなぜ使用人に混じって働いてた?」
「アルバイトです。この時期はどこも人手が足りないから、臨時でメイドを募集してるんです」
「子爵家の身でありながらか?」
すると彼女は自虐的な笑いを浮かべると、ジェーダスから目線を外し、どこか遠くを見つめながら、
「うちは貧乏なんですよ。特に両親が亡くなってからは。家財道具を二束三文で売って、それでも足りないから馬車も売って。当然ドレスなんて買うお金もないから、社交界には出られない。だけど一年に一度、国中の貴族たちが集まるこの時期は、情報を収集するためにも顔を出しておいた方がいいじゃないですか。だからメイドに扮して色んなところで働いてたんです。ついでに臨時収入も入って一石二鳥なんです」
「なるほどな。だが今回は帰るのがやけに早いな。まだそんなに稼げてはいないんじゃないか?」
するとリリアンはじと目で、とぼけたように不思議そうな表情を浮かべるジェーダスを思いっきり睨み付ける。
「誰のせいだと思ってるんですかっ! あなたが昨晩私に絡んできたり、ずっっっっと、こちらを見ていたせいで、伯爵家のティナ様に目をつけられたんです! 『私のジェーダス様に色目を使うなど、使用人の分際で生意気ですこと。目障りだから金輪際、この屋敷に足を踏み入れないで下さる?』なんて言われて、クビですよ、クビ!」
「ほう、物真似うまいじゃないか」
「そういう問題じゃないですから! お陰で予定の半分の給金しか稼げなかったし。……あの方に目をつけられたせいで、他の屋敷でも雇えないって言われて。それで仕方なく帰ろうとしたらよりにもよってあなたに捕まって」
「いいじゃないか。帰りの馬車代が浮いたと思えば。それにあんな馬車よりこちらの方が乗り心地もいいだろう」
「ええ、まったく! このふかふかな椅子とか広々した空間とか、憎たらしいほどに! 悔しいけど、最高の乗り心地ですよっ!」
むぅっと唇を歪めながら、リリアンはビロード生地の椅子を悔しそうに撫でる。
「うぅ……、うちにある家具や調度品をかき集めたって、この馬車一台分の値段には到底及ばないんだろうな。さすがはミシエル伯爵家ですね。この国で1、2を争う裕福な貴族様なだけのことはありますよ、はぁ」
彼の領地の名前は、この国に住まう者なら誰もが一度は聞いたことがあるはずだ。
商人が数多く集まる、非常に力のある都市を領土内にいくつも持ち、都市の外に広がる領地はどこも肥沃な大地が広がり、農民達の生活も他とは比べようがないほどに裕福だ。
そして、一癖も二癖もある利己的な商人達を束ね上げ、人々の支持を多く集め、領地の繁栄を主導しているのが目の前のこの、ジェーダスという男なのだ。
リリアンも、若くして爵位を継いだ身でありながら圧倒的な才覚で先代をも凌ぐ手腕を発揮しているジェーダスに、密かに憧れを抱いていた。そして一度でいいから、そんな素晴らしい方を一目見てみたい、とも。
だが、そんな憧れの君は、現実世界でいざ会ってみれば、なぜか分からないが脅迫まがいの発言をしつつ、半ば強制的に馬車に乗せてきた、意味不明の身勝手な人物。想像上の虚像など、とっくの昔に粉々だ。
「それで、そんな有名でお金持ちで女性にモテモテでイケメンで非の打ち所のない伯爵様が、私のような特に容姿に秀でている訳でもない胸の小さな貧乏子爵家の娘に、一体全体どんな用事があるって言うんですか? 私の事は話したんですし、いい加減こちらの質問にも答えていただけませんか?」
若干僻み口調になってしまったが、仕方がないことではあるのだ。
これでリリアンにが絶世の美女――――それこそ昨日見かけたアンジェリカのような容姿なら、お声がかかるのは分からないでもない。
けれど、彼女は自分の外見についてよく知っていた。
後ろで軽く一つに束ねている髪は昔は栗毛色だったが、陽に当たりすぎたためオレンジに染まり、手入れを行っていないため艶もなくパサパサで、激しく痛んでしまっている。
顔は、結婚適齢期の女性であるにも関わらず、化粧など施さずず素っぴん状態だ。日焼け止めはかろうじて塗っているものの、それでも他の女性に比べれば黒い。
目鼻立ちは割りとくっきりしているが、体つきがかなり小柄で華奢過ぎで、胸も先ほどの従者の発言通りまったくと言っていいほどないため、少女というより少年に見える。それも、リープのような正統派美少年ではなく、野山をやんちゃに駆け回るわんぱく少年タイプだ。実際ティナに追い出されたときにも、山に帰りなさい山猿ちゃん、と言われた位だ。あれは地味に傷付いた。
そんな感じの見た目なので、一目惚れして……というのはあり得ないのだ。
だからジェーダスが出した答えは、あまりにも彼女の予想の範疇を越えていた。
「結婚相手として興味があるからだ」
「………………………誰の、ですか?」
「なぜ俺が、他人の結婚相手など探さねばならない。俺自身のに決まってるだろう」
「えっ、と、ですから、誰があなたの結婚相手になると?」
「人の話を聞いていたか? 話の流れで考えたらリリアン、君しかいない」
「………………………………」
彼女は、今、頭の中で必死にこの言葉の意味を考えていた。
結婚相手、と確かに彼はそう言ったように聞こえたが………。結婚、とは、つまり婚姻関係を結ぶということ。そして子を為し、年老いるまで末長くその者と生涯を共にすること。
面識もなかったにも関わらず、野犬顔負けの鋭すぎる勘でリリアンの正体を見破り、その理由が結婚したいからだと、聞き間違いでなければ、要約するとそういうことになるのだろうか。
「……………あの、失礼ですがお気は確かですか?」
散々この事態について考察を重ねた結果、出てきたのはこんな言葉だった。
「それとも女性の心を弄んで楽しむような悪趣味をお持ちですか? もし前者なら、腕のいい医者に目を見てもらうことをお薦めします。後者の場合、私はこの場から即刻下ろさせてもらいます」
「俺の目は悪くないから要らぬ世話だ。それに女性を弄ぶ趣味もない。……第一そんな遊びをしてなんになる、面倒くさい。そんな暇があるなら、俺はもっと有意義なことに時間を使う。昼寝とか」
「昼寝は有意義じゃないと思いますけど………」
だが、ジェーダスのこの反応を見る限り、嘘は言っていないように感じた。
面倒くさい、と発言した時の顔が、心底面倒そうな顔をしていた。そういえば昨日も、あれだけ綺麗どころに囲まれていたのに、どこかつまらなそうにしていたのを思い出す。
「じゃあ本当に………」
かといって彼が自分に恋愛感情を抱いてる風にも見えなかった。彼女のことをじっと見てはいるが、その瞳の奥にあるのは純粋な興味心。
しきりに首をかしげながら頭にいっぱいはてなマークを飛ばしていると、
「そもそも俺は、人間の顔形に全く興味はない。だから君が絶世の美女だろうと異形の醜女だろうと、そんなものはどっちだっていい」
絶世の美男に事もなげに言われると無性に腹が立つが、ともかくここは黙って話を聞こうと、リリアンは耐えた。怒りをなんとか抑え込み、じりじりしながら待っていると、出てきた答えは、
「俺が君に興味を持ったのは、内面と領主としての力量にだ」
であった。
勿論彼女は領主ではない。だが、リリアンが領主の仕事を行っているのは貴族たちの間でも有名だということは、彼女も知っている。
「………それは、あの、あれですか、私が両親の死後、幼くして爵位を継いだ弟の代わりに当主の仕事をしているという話を耳にしたからですか………?」
するとジェーダスは、そうだ、と短く肯定を示す返事をした。




