捕獲 2
お昼を過ぎた頃、ジェーダスは馬車に乗り、自身の邸宅へと帰ることにした。
このあと数人で親しい貴族の屋敷に集まってチェスをするということで、リープたちには行かないかと誘われたが、彼は「面倒くさい」のいつものお決まりの一言で断った。
チェスなら体を動かす肉体労働ではないため、疲れないので嫌いではないが、仲間内の中に第四王子がいるというのが引っ掛かった。
いつからなのかもう覚えていないが、あの王子はことあるごとにいつもジェーダスに突っかかって来る。
リープいわく、ポーカーやチェス、ビリヤードなどの遊び事や学生時代の筆記試験の成績、実技に女性からの支持もジェーダスの方が常に上だった為、彼が気に入らないのではないかという。
ジェーダスも、いつも目障りだ! とか怒鳴り散らしながらもわざわざ自分の平穏を邪魔しに足を運ぶ、扱いが面倒な奴、という認識のため、相手をするのが億劫だった。
それなら家に戻って優雅な睡眠生活を満喫するか、リリアンについてどうするか考える方がよっぽど有意義である。
さて、馬車は予定通り屋敷に到着したが、入り口を見た途端、ジェーダスはげんなりした顔つきになった。
あれは間違いない、公爵家の馬車である。
それがここに止まっているということは、どちらかの人物が、もしくは両方が彼にお節介をしに来ているということだ。
それが分かった途端、ジェーダスは御者と共にいるキエイに指示を飛ばした。
「馬車を出してくれ」
「目的地はご自宅だったはずでは?」
「分かってて言ってるだろう、お前。……いいから早く出せ。どこでもいい。……俺の平穏が保たれる場所まで」
「………かしこまりました」
平穏の地とはどこだろう。自身の屋敷ではないとしたら、まさか領地まで帰るとか言わないよな、あながち言いそうだからなぁ俺ん所のご主人さまは……と実は御者は内心思ったのだが、戸惑い気味に横を見るとキエイがまっすぐ道なりに、と指示してきたので、言われた通り、とりあえず馬を走らせる。
勿論命じたジェーダスにも明確な目的地がある訳ではなく、とにかく今は屋敷には帰りたくなかった。
おそらく不在のジェーダスを待って夜まで居座ることはないだろう。それまでどこかで時間を潰すしかない。またリープの屋敷に戻るだろうか……と思ったが、ジェーダスがいないとなると、親戚たちが次に向かうのはおそらくリープ邸。ということは、あそこにいたら彼らの追撃を喰らうのも時間の問題。
さて、どうしたものかと考えていると、いつのまにか貴族たちの住まうエリアを通り抜け、都市の中心地の辺りまで出てきてしまっていた。
常にたくさんの人間が行きかうため、喧騒や活気が溢れ、非常に賑やかなエリアである。さすがはこの国の王都だ。
どうせだからこの辺りで降りて、久しぶりに観劇でも行くか…とぼんやり考える。それともどこかの宿屋に入って部屋の中でごろごろするのも悪くない。ただどちらにしても、このごったがえする道を往来しないといけないのには変わりはない。それは面倒だな……とか思っているんだろう、と、主人に仕えて数年経つ優秀な従者はそう思った。
実際その予測は当たっていた。
「ジェーダス様。このまま進めばダランネットの都市から出てしまいますが、いかが致しますか?」
「そうだな……」
「もう諦めてお戻りになられては? どうせ今日逃げても先延ばしになるだけですよ」
「それなら明日も逃げるだけだ」
プランも決まらないまま、生返事で答えながらふと窓の外に目をやっていると、様々な馬車が止まっているのが目に留まる。
この辺りは平民が外へ向かうのに使う、乗合馬車の乗り場である。勿論貴族や金持ちの商人の物とは違い、ボロボロだしぎゅうぎゅうに中に人を詰められるので乗り心地は最悪らしいが、歩くよりは数倍早く目的地に辿り着くしかなりの安価で乗れるため、かなり重宝されているようだ。
今も多くの人間が、手に切符を握り締め、各々の目的の馬車に乗り込んでいる最中であった。その様子を何気に見つめていたジェーダスだったが、オレンジ色の頭が視界を横切った時、思わず彼は声を上げた。
「! 止めてくれ」
突然の停止命令に、慌てて御者が手綱を引く。お世辞にも丁寧とはいえない動きで馬車が止まったが、それには構わず、あれだけ人込みを躊躇していたジェーダスが迷わずその人だかりの中へと飛び込む。
「ジェーダス様?」
突然の主の奇行に、あまり表情筋が豊かではない従者が、驚いたように切れ長の目を少しだけ大きく見開く。
彼の知る限り、あんな歩きにくくて移動の取れない人込みの中に自ら体を投げ出し、あろうことか早足でさくさく進むところはあまり……ほとんど……滅多に見たことがなかった光景だ。
しかしそんなことを考えているキエイをよそに、人でごった返した中を、彼は先ほど見たオレンジ色を見かけた場所を目指して前へ前へ臆することも面倒がることもなく進む。そうしてようやく目的地へ辿り着いた。
そこは、数台ある中でも特に年季の入った馬車の乗合場だった。そもそも走行すら可能だろうかと首を傾げたくなるほどの佇まいだ。
そして彼の目当ての髪色の人物は、やはり、間違いなくあの時の少女だった。
昨晩と同じだ。他の景色が色を失くしていく中、彼女のオレンジの髪色だけが、走行する馬車の中からはっきりと浮き出て見えたのだ。彼女も他の利用者と同様、荷物を抱え列に並んでいた。
ジェーダスは躊躇うことなく彼女の元へ足を進めると、手の中からひょいと切符を奪い去った。




