捕獲 1
「そうか、結局彼女がリリアンだっていう確証は得られなかったんだね」
あくる日の午後。
ジェーダスの前に腰かけたリープが、うーんと呟きながら小難しい顔で昨日の成果についての話を聞いていた。
「ああ。伯爵に尋ねたが、クロード家はそもそも招待客のリストには入ってなかったらしい。だが俺の受けた報告では、確かにリリアンは昨日の会場である伯爵家に向かうとあった。それが客ではなくメイドとしての参加と考えるなら辻褄は合う。他の使用人に確認したが、リリスは伯爵家の専属メイドではなく、社交シーズン限定の募集でやってきた人間だった」
「でも本人は否定したんだよね?」
すると横で黙って話を聞いていたアンジェリカが、夫の言葉にすぐさま返す。
「当たり前ですわ。もし仮にそのメイドがリリアン嬢だとして、貴族社会の末席とはいえ名を連ねる者が、使用人の立場として働くなんて知られたら恥でしかありませんわ。断固として認めないですわよ」
「そっか。だけど、じゃあなんで彼女は、正体がばれたらまずいような行動をしてたんだろう」
「それは私にも分かりませんわ、リープ様。……そうそう、分からないと言えばもう一つ。あなた、なんで私たちの屋敷に当然のような顔で居座っていらっしゃるのかしら。というか、昨晩も勝手にお泊りになられてましたけど」
ぎろりと、精神力の弱い者は卒倒するんじゃないかというくらいの眼力でアンジェリカが睨みつけると、視線を平然と受け止めた男は臆することなく、いけしゃあしゃあと言ってのけた。
「仕方ないだろう。俺の屋敷よりここの方が近い。昨夜は気力と体力を持っていかれてとてもじゃないが自分の家まで帰れる自信がなかった」
「自信満々に言えることではございませんわよ?」
そう、いつものことだ。アンジェリカが伯爵家に嫁に来る前から。そして嫁に来た後もその習慣は変わっていない。
ちなみに屋敷の一部屋はいつジェーダスが泊っても良いように、彼用にカスタム済みである(一応リープの許可は取り、費用はジェーダスが持った)。
「それに何が気力と体力を使った、ですか。あのあと他の誰とも踊ることもなく、群がる女性たちを追い払ってリリスと呼ばれたメイドの動きをじっと観察していただけじゃないですの!」
「疲れるに決まってるだろう。何度追い払っても蹴散らしても、迷惑だと言っても来るんだぞ」
「そうそう。で、最終的には追い払うのも面倒になって放置してたら、いつのまにかハーレム築いてたね」
昨晩の光景を思い出したのかリープが笑いながらそう言うと、アンジェリカは悪意のこもった笑みを浮かべた。
「そういえばそうでしたわね。挙げ句の果てに、他の男性陣に妬みとやっかみで喧嘩を売られて。あの時のあなたの顔と言ったら……。今思い出しても笑えますわ」
「全く……なんで皆、俺のことを放っておいてくれないんだ。お陰で気が付いたら彼女の姿は見えなくなっていたし、散々な一日だった……」
それでも、リリアンと思しき女性を見つけられただけでも成果があってよかった、と呟きながらも、ジェーダスの顔色は優れない。それだけ昨夜の事態は彼には苦痛だったのだろう。そんな事になる前に退散するのが常の男なのだから。
「ですが本当にそのリリスという女性は、子爵家のリリアンなんですの? あなた、本物のリリアンの顔もご存知ないのでしょう?」
だがアンジェリカの当然過ぎるこの質問に、ジェーダスとリープは声を揃えて答えた。
「ジェーダスの「俺の勘は絶対に当たる」」
さすがは長年の付き合いなだけの事はある。息はぴったりだった。
「ジェーダスのここぞという時の第六感はすごいんだから。外れたことないよね? パブリックスクールに通ってた頃はテストの山勘は外したことないから、同級生達に『神』って崇められてたんでしょ? 貢ぎ物とかもらってたとも言ってたし。それに勘がモノを言うカードゲームなんかの類も負けなしだったし」
「ああ。お陰で色々と美味しい思いはしたな」
ジェーダスに助けられた当時の学友達はこぞってジェーダスを崇め奉っていた。
ついでに言えばスクールでは金品を賭けた賭けたゲームが流行っており、皆がジェーダスに挑んだがついぞ彼の不敗神話を崩すことはできなかった。
とくに同級生だった第四王子の負けっぷりは有名で、彼は毎回懲りもせずに挑んでは下着一枚にさせられるほどだった。
「だから、お嫁さん探しに火が付いて久しぶりに本気モードで色々自分から動いている今のジェーダスが、自分の勘から彼女のことをリリアンだって言うなら、それは間違いなくリリアンなんだよ」
どこか尊敬の念さえ浮かべながらキラキラした瞳で、椅子の上にぐでんと座る男を見つめている愛しの旦那様を横目で見ながら、アンジェリカは内心面白くないと感じる。昨晩も愛情の確認はしたが、それでもリープの心を完全に自分に向けたい彼女は、あれくらいでは足りないのだ。
いっそのこと、絶対的中の予測が外れたら面白いのに、とさえ思う。
「それで、このあとはどうするつもりなんだい? リリスがリリアンだって仮定してさ」
アンジェリカの嫉妬心をよそに、リープは無邪気な顔で小首を傾げると彼のこの後の行動について尋ねる。
すると生気も覇気もやる気も見えないジェーダスは、その場で思いっきり、昼下がりの猫のような大きな長い伸びをして、ひとつ、ふたつ、深呼吸をしたのち。
「それは……………………………………………………………………………今から考えらさ」
「なに、その無言の間の長さ。君もしや考えるの面倒になったんじゃない? 駄目だよ! 折角ここまで君がお嫁さん探しにやる気になったんだから!」
「そうですわ! 折角の、理想の結婚相手かもしれないご令嬢なんですわよ? あなた、これを逃したら一生結婚しないかもしれませんのよ? この貴重な相手を逃す手はありませんわ。そうですわ、もういっそのこと求婚されてはいかが? この際リリスだろうがリリアンだろうがどちらでもよろしいではないですか。よろしければこの、アンジェリカも協力いたしますわ。何でも仰ってくださいませ」
なぜかこの場で一番やる気に満ち溢れているアンジェリカ。
彼女としては、さっさとジェーダスが誰かとくっついてくれて、彼のおもり役を新しい妻に譲り、リープを独り占めしたいという想いがあるためだ。
だがその案には賛成しかねるようで、
「もし彼女が俺の思っていた通りの人間ではなかった場合、俺の起こした行動は何の意味もなさない」
「でも、君リリアンのこと調べたんでしょう?」
「一応な。だが真にその人間の中身を知るには、実際会って話をしてみるのが一番確実だ。噂では恋愛ごとに興味がないと聞いてても、実際付き合ってみたら面倒なタイプだった、というのはよくあることだろ。せめてあと、二言三言会話を交わせば、彼女がどんな人間か、はっきりと掴めるんだがな」
「二言三言で掴めるって、普通もう少し時間かけないと分からないんじゃないのかな、ジェーダス………」
リープの疑問は最もなものだったが、忘れてはならない。相手はあの、超がいくつもつくほどのものぐさ男だ。自分の怠惰で安寧な生活を守るためならどんな努力も辞さない男、それがジェーダスだ。
彼の人の見る目は天下逸品だ。すぐさまその人間の本質を見抜く才を持っている。だが、その能力は決して生まれ持った才能ではない。
『だらだら時間をかけるのは性に合わないし面倒くさい』、という何とも彼らしい理由で、ジェーダスは観察眼を必死に磨き、その才能を手に入れた。
第六感に関しても同様の理由だ。
しかし、現時点では近付くことすら難しいので、さすがの彼もどうすることもできなかった。
「それに、さっき受けた報告では、どうやらリリスという名の使用人は、あの屋敷にはもういないらしい。とりあえず、彼女の行方を今追わせている。報告が上がってからどうするか、じっくり考えるさ。果報は寝て待てということだし」
「そのまま眠りすぎて果報を取り逃がさないようにしなよ?」
なにせ大事なパーティーにうっかり寝坊するところだった男だ。不安げにリープがそう言うとジェーダスは、
「まあ、大丈夫だろう、多分」
なんとも不安にさせる回答をよこしながら、再び呑気な様子で大きな伸びをした。




