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滞在 2,5

 王都から珍妙な客人を連れて帰ってきたその日の夜。

 すっかり夜も更けた頃、リリアンは音を立てないようそっと自室の扉を開けると、階下にあるキッチンへと向かう。

 暗闇の廊下を進んだ先にあった目的の地は、遅い時間にも関わらず明かりがついていた。


「デジリー、まだ起きていたのね」


 中にいたのは、数少ないこの屋敷の使用人であるデジリーだった。


「それは私の台詞ですよ、リリアン様。どうされたんですか? こんな時間まで」


 この質問に、リリアンは少しだけ笑みを浮かべると、小さなため息をついた。


「何となく眠れなくて……」


 勿論原因は、本日この屋敷に泊まっている客人の一言のせいであるが。

 浮かない表情のリリアンに気付いたデジリーは、彼女の前にことりとホットミルクを置く。そしてよっこいしょと掛け声をかけると、カウンターの前に置かれた小さな椅子に無理矢理大きなお尻をのせた。


「リリアン様、眠れない理由は、もしかして今日連れてきたあの綺麗な顔した伯爵様と何か関係があるんですか?」


 優しい声色で気遣ってくれるデジリーの言葉に、リリアンはゆっくりと頷きを返す。


「もしよかったら、このデジリーに何があったのか、聞かせてもらえませんか?ほら、人に話をしたら、少しは楽になるって言うじゃありませんか」


 ジェーダスが何故ここに来ることになったのか、その経緯を、実はまだ彼女には話していなかった。いや、彼女だけではない。他の誰にも伝えていなかったのだ。

 それは、彼女にもにわかには信じられない理由だったから、というのがある。もしやからかわれているのではないかとか、夢なのではないかとも思った。

 しかし、こうしては半日程落ち着いて考えて、ジェーダスのあの言葉は夢ではなかったとようやく実感することができた。


 リリアンは意を決すると、そうね、と一言呟いた後、一体何が起こってこんなことになったのかをデジリーに全て打ち明けることにした。


 途中、つっかえる部分もあったが、大まかなことは話せたリリアン。

 黙って最後まで聞いてくれたデジリーが、まず初めに口にした言葉は。


「あの伯爵様、お話を聞く限り随分と変わったお方のようですね」

「ええ、すっごく変な方よ。何から何までおかしなお人で。こっちの話はまともに聞いてくれないし、マイペース、自分勝手だし、真面目な顔で人の体形の事とか、こう、失礼な発言をしてくるし、もう本当に訳が分からない……」


 疲れた様子でため息をつきながら、がっくりと肩を落として項垂れるリリアン。


「それに、まさかあんなにものぐさなお方だっただなんて……。想像と違う方で、ちょっとショックだったわ」

「そうですね、リリアン様は、巷で噂のミシエル伯爵様に憧れておりましたものね」

「だって、私と同じ若さで領地を任されて、数ヶ月もしない内に大々的な改革を行ってあっという間に領地の利益を拡大されたっていう凄い方なのよ? 私もあの方のように……そう思っていたのに、実際蓋を開けてみればあんな、快適な怠惰生活を送る為に手腕を発揮されただなんて聞いたら……。もう色々と、気持ちの整理がつかない」


 そしてもう一度大きなため息をさっきよりも長めに吐くと、テーブルに突っ伏してしまった。

 そんなリリアンに、デジリーは気遣うような視線を送る。


「確かに、リリアン様に求婚された理由も、酷いと言えば酷いお話だとは思いますけれども。私は逆に嬉しいですよ? リリアン様にあんな大きな領地を任せられるだけの才能があると、認めてもらったようなものですからねぇ」

「ええ、それは私も嬉しかったのよ? だって、ルイスが大人になったら、私はいつまでもここにいる訳にはいかないでしょう? でもその時の私の年齢や子爵家っていう立場やこの容姿じゃ、修道院に入るくらいしか選択肢はないもの。それか、好事家でうんと年上のおじ様の五番目くらいの愛人になるとかね。なのにそんな暗い未来しか用意されていない私に与えられたのが、伯爵家の正妻って……。どう考えても私は運が良すぎるわ」

「ですから、私はそのお話、いいと思いますけれどもね。そんなに躊躇われる必要はないのでは? 内面はともかくとして、顔はいいですし嫁ぎ先としては申し分ない家柄ですし」


 確かに、今すぐにリリアンを伯爵家へと嫁に出してしまうのは無理な話だ。


 弟のこと以外にも他にも問題はあった。

 それは、リリアンの両親が亡くなった後、幼かった姉弟の後見人として名乗りを上げたとある男の存在だ。その男はパイロン伯爵家の当主であり、リリアンの母の弟である。彼女の叔父に当たるその男は、はっきり言って最悪な人間だった。

 両親がいなくなった直後、リリアン達がまだ子供なのをいいことに、クロード家にあったわずかな財産すらも口先で彼らを丸めこんで横取りしたのだ。

 それ以来、リリアンは叔父を含むパイロン家の人間を信用せず、彼ら大人達の手を借りずに子供ながらも必死でこの領地の発展に力を尽くしてきたのだ。

 もしもパイロン家の侵入を必死で拒んできたリリアンという砦がいなくなると、必ずあの家の人間は土足でここを踏み荒らしにやってくるだろう。十二歳で内気な性格の弟、ルイスに太刀打ちできる相手ではない。


 だが、あと数年も経てばルイスも大人になるし、その頃には領主としての仕事も少しは覚えているだろう。滅多に外に出て遊ぶことはない子供だが、その代わりに室内で勉学に励んだり様々な本を読んだりするのを好むルイスは、決して頭は悪くない。彼なら十分立派な領主になれるとは思っている。

 

 その数年を、待つ、と言ってくれているのだ。


「だけどね、デジリー。待ってもらったところで、あまりにも大人しすぎる性格のルイスが、果たして本当に自分なしでやっていけるのかは、不安でもあるの。気の弱いあの子が、厄介な叔父を一人でも追い返せるくらいになってくれるのかなって」

「大丈夫ですよ。リリアン様は、少し過保護だと思いますよ? ルイス様だって、大人になったらもっとしっかりとするはずですから」

 

 けれども、そこまで言ってもリリアンの顔色が芳しくない理由もまた、デジリーは知っていた。


「やはり、あのことがまだ…………」


 彼女が頑なに、自分はジェーダスにふさわしくない、と言ってこの話を受けたがらない理由。それは、リリアンが代理領主として就任した、一年目に起きたある出来事が原因だった。


「リリアン様。あなた様は私達にとって誇りです。リリアン様が頑張ってくれたから、この土地は貧しいながらもやってこられたんですよ? 誰もあのことを責める者なんておりません。リリアン様のお陰で、私達は少しずつですが暮らしも豊かになってきております。伯爵様の見立ても、私は正しいと思っております。ですから――――」

「ありがとう、デジリー。でもね、誰からなんと言われたって、駄目なの。私は私を認められない。過去にあんな事態を招いてしまった私は、本当は代理領主として、失格なの。だから…………」


 この話を私が受けることは絶対にない。


 悲しい決意を秘めて、リリアンははっきりとそう口にした。

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