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滞在 1

 窓の外から入り込む日差しが、リリアンと同じ眩しい橙色に染まる頃、御者台のキエイから、馬車がクロード領へ入ったとの報告を受けた。


「そうか、予想通りの時刻だったな。しかし今日は移動の時間が短く感じた」


 そんなジェーダスに向かってキエイは、表情は変わらないものの少しだけ驚きを含んだ口調で、


「私と致しましては、馬車の中で一度もあなた様が眠られることなくいらっしゃることに非常に驚きを隠せないでおります。馬車が激しく揺れる度、気持ちが悪い頭が痛い眠れない休憩させろと子供のように喚き、対人との会話など、三言四言で口を動かすのが疲れたなどと戯言を仰るあなたが、面倒がることなくむしろこの空間を楽しんでおられるとは。よほどそちらのリリアン様がお気に召されたようですね」


 そう言って、ジェーダスとリリアンと、両方に視線を向けた。

 その言葉に、己の主人は満更でもない様子で少しだけ笑みを浮かべたが、少女の方は伏し目がちになって表情を少しだけ曇らせた。彼女のそんな様子に気が付いたキエイだったが、あえてそのことには何も触れず、御者台に体を戻した。


「屋敷まではあとどのくらいだ?」


 ジェーダスがリリアンにそう尋ねる。その時には先ほどの沈んだ表情は消え失せていた彼女は、けれども先ほどとは違った類の、困惑に満ちた表情を浮かべていた。


「ここからはそう遠くありません。多分、陽が完全に沈むよりも早く到着するかと。ですが……その、屋敷まで送っていただくのは大変ありがたいのですが、あまり見られるのは嫌というか、恥ずかしいというか……」


 なんとも歯切れの悪い物言いである。


「見られると恥ずかしい屋敷?」

「あーうー、なんというかその、初めて来る人にはよく悲鳴を上げられます………」


 しかしかし、それ以上は言いたくないのか、多くは語ろうとはしないリリアン。

 まあどうせ今から行って目にすることだし、それ以上深くは追及しないことにした。


 リリアンの曇り顔に当てられたのか、今まであんなにいい天気でしっかりと美しい夕日も拝めていたというのに、突如空に暗雲が立ち込める。

 そしては初めは小さな雨粒がぽつぽつと、それから段々と水滴の粒が大きくなり、あっという間に本降りになった。遠くの方では獣の地響きにも似た雷のゴロゴロという音も聞こえてくる。


 勿論この馬車はリリアンの普段世話になっているぼろ馬車とは違い、防雨にも優れているので濡れる心配はないが、なぜかリリアンは不安げに揺れる瞳で、「雨漏りが……」と呟いている。


「耐久性には問題ないはずだ。そんなに不安な顔をしなくとも、水が中に入ってくることはない」

「それはそうですよ。ジ、ジェーダス様のところの最高級のこの馬車が、万が一にも雨が入ってくるなんて思っていませんから」


 結局名前で呼ぶことにしたリリアンだが(あの後も何度もしつこく名前で呼べと言われて根負けした為)、まだ慣れないのか少し照れながらそう言う彼女。しかしどこか顔色が優れない彼女に、ジェーダスは首を傾げながら、


「? ではなぜそんなに――――――――」


 ジェーダスが言葉を紡ごうとしたのと、御者が叫び声を上げたのは同時だった。

 雨音にも負けない立派な男の叫び声に、ジェーダスは思わず言葉を止め、御者台へと繋がる窓ガラスを無言で見つめる。

 すると視線に気が付いたのか、キエイが再び後ろを振り向くと、雨が入り込まないよう半分だけ窓を開け、状況を説明する。


「失礼致しました。確かにリリアン様にお伺いした通りの道で屋敷への道のりを進んでいたはずなのですが、どうやら途中で道を間違えてしまいましたようで。この先にあるのは廃墟です。しかも絶対に何かが取り憑いていそうなほどの雰囲気を持つ、超一級の。それで、あまりの外観の恐ろしさに御者が思わず悲鳴を上げてしまった…という次第でございます」

「ししし、失礼致しました! 一本道だったはずなので、どこで廃墟行きの道と間違えてしまったのか私も分からないのですが……。すぐに引き返しますので!」


 恐縮したように、頭を椅子の上に擦りつける勢いで主人に許しを乞うよう謝罪する御者の男。しかし別段ジェーダスは怒っている訳ではなかったので、すぐに頭を上げるよう命じると、


「悪いな、リリアン。君の屋敷までの道を、もう一度御者に教えてもらっても良いか?」


 そう聞くが、なぜかリリアンは今の天気よりももっとどんよりと暗い表情を浮かべ、抑揚のない単調な、それでいて空気に呑み込まれそうなほどの低い声で、


「道、間違っていません。合ってます」

「なんだ、廃墟の先に屋敷があるのか」

「そうじゃなくて………。ですから、皆さんが廃墟呼ばわりしている建物が、クロード家の屋敷なんです!」


 リリアンがやけくそ気味に、今度は先ほどとは正反対の、耳がキーンとするような金切声で叫ぶと同時に、目がくらむほどの閃光とともに近くに大きな雷が落ちた。

 その時、雷の光が、ジェーダスの瞳に一瞬だが衝撃的な姿を映し出した。


 豪雨と言っていいほど激しい雨の中、雷の光で浮かびあがったリリアンの屋敷と思われる建物は、どこからどう見ても人が住んでいるとは到底思えない、まさしく廃墟だった。


「……………なるほど、人に見られるのが恥ずかしい屋敷、か」

「ええ、恥ずかしいですよ。皆さん、あれが廃墟じゃなくて子爵家の居地だと知った途端、戸惑いと憐れみと驚愕の入り混じった生温かい視線を送ってきますよ。ですから言ったじゃないですか、うちは貧乏だって」


 廃墟(と見せかけた子爵家の屋敷)へとゆっくり馬車が進んでいく中、リリアンが吐き捨てるようにそう言った。

 確かに、子爵家は貧しいと言っていた。馬車もなくドレスを買う金もなく、王都でアルバイトに身を投じなければいけない、という状況の子爵家が、とてつもなくきらびやかな豪邸に住んでいるとは思っていなかったが、ここまでだったとはさすがのジェーダスも予想外だった。

 

「もうお分かりいただけましたよね? 確かに私は、弟の代わりに領主の仕事をしています。けれど領地はいまだ豊かではなく、自身の居城を保てない程の貧乏代理領主なんです。勿論、弟に引き渡す時までには少しでも貧乏から脱却できているように、今私は必死で仕事をしていますが。でも現状はまだまだこんなところです。こんな私が、立派だって、才能があるって、ジェーダス様はまだそんなことを仰いますか?」


 しかし、悲しい声色でそんなことを言うリリアンの言葉が入っていないのか、言われている本人は、ますます酷くなる雨を物憂げに見つめながら、


「あ―――――、やっぱり雨は億劫だ。こんな日はどこにも行かず、どこかでゆっくり雨宿りをするに限る。いい加減馬車も飽きた」

「……って、私の話、聞いてました!?」

「ん? なんだ、何か言ったのか」

「ですから、私は決してあなた様が思うような、優秀な人間ではないっていうことをですね……」

「着いたか」


 リリアンが何かを必死で言っているが、やはり聞いてないのか、馬車が止まると分かると、外に先に出ていたキエイにドアを開けてもらい、差し出された傘の中に入る。傘だけでは到底防ぎきれず、地面から跳ね上がった雨が服にまとわりつくのは不快である。

 

 改めて近くで屋敷を見ると、やはりなかなか凄まじいものがあった。屋敷の左側は完全に崩れ、表面を蔦と苔で覆われた石の瓦礫が、あとは朽ち果てる運命を大人しく待っているかのように乱雑に積み上げられている。

 反対側は辛うじて建物の形をとってはいたが、屋根がへしゃげており、酷い雨風がきたら下に落下しそうなほど、見るからに脆い。というか、見た目は3階建てのはずだが、屋根が下に向かって折れまがっているせいで、完全に最上階は潰されていた。

 そして表面はやはりこちらもびっしりと緑の植物で表面が埋め尽くされており、窓と思しき場所と出入り口だけが辛うじて分かる状態だった。

 あと衝撃的だったのは、こんな天気にもかかわらず、なぜかカラスが(しかもかなりの大型種だ)聞いた者を不安にさせるようなおぞましい声で鳴きながら屋敷のまわりを旋回している。

 

 これでは、見た者が不気味な廃墟と勘違いしても仕方がない、と言える光景だった。実際、これが廃墟ではないと知っているはずの御者は、いまだにへっぴリ腰で屋敷を半泣きで見ていた。


「こ、これでも、右側は全然問題なく使えるんですよ? 雨漏りが…酷い個所はありますけど、でも、掃除もしてもらってるし、見た目はともかく中は結構綺麗……なんですけど…………」


 ジェーダスに手を引かれ降り立ったリリアンが、口をもごもごさせながら弁解する。

 その時彼らの背後から、雨音とは違う、明らかに何かが蠢いた気配がした。

 そしてなぜかタイミング良く(悪く?)、再び雷が落ち、その何者かの顔が雷の強い光によって一瞬だけ浮かび上がった。その瞬間、御者は再び叫び声を上げる。


「ぎゃぁぁぁぁぁっ! おばけぇ――――っ!!!」


 それはにやりと笑みを浮かべた、五十代半ばの女性の顔だった。だがお化け認定されたその女性は、憤慨だと言わんばかりに鼻を鳴らした。


「なんだい、人の顔を見て叫ぶなんて、失礼な人間だね!」

「デジリー!!」


 彼女の正体を、リリアンは知っているらしい。話を聞くと、当たり前だが彼女はお化けでも幽霊でもオカルト的心霊現象でもなく、この屋敷の家事全般を務める使用人の、デジリーという女性らしい。勿論、御者以外の男二人は、彼女がそもそも霊的存在だとはこれっぽっちも思っていなかったので、至って普通の顔でデジリーと挨拶を交わす。

 そしてその場で今までの状況をキエイが軽く説明すると、とりあえずこの天気だし、時間も遅いので嫌ではなかったら泊って行ってくれ、と、デジリーが大きな体を揺らしながら屋敷を指差した。

 勿論、リリアンもその意見に異論はない。ただ、こんな見た目がぼろで、お化け屋敷と民達からも言われるような建物に泊ることは、嫌がらないだろうか…と心配していると、


「社交界へ引っ張り回されるあそこに比べたら、ここはまさしく俺の求めていた平穏の地だ」


 と、心なしか嬉しそうにジェーダスが言った。

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