六十二尾 清算
目が覚めると知らない天井だった。私は空と戦った後に気を失ったはずだが……此処は何処だろうか。
「あら、漸く目が覚めたのね」
襖の開く音共に何処かで聞いた覚えのある声が掛けられた。そちらを向くと巫女装束を着た少女がお盆に湯呑みを載せて立っていた。紅白色の巫女、地底で出会った少女。幻想郷を守護する者。
「君は確かーー地底に居た博麗の巫女か」
「えぇ、私は博麗霊夢よ。よろしく、ラグナ」
へぇ、霊夢と言うのか。所で私は彼女にいつ自己紹介をしたんだ?そんなふうに疑問を浮かべていると霊夢は察したのかお盆の上に乗ったお茶を差し出しながら言った。
「あんたのことは悪いけど紫から聞いたわ。昔あんたが犯した罪とか諸々ね」
「なるほど、だから私の名前を知っていたんだな」
「あぁ、名前に関しては昔馴染みから聞いたの。それにしても昔話を聞いたことには何にも言わないのね。普通だったら嫌悪感とか示すと思うのだけれど」
「過去のことに関しては私のやらかしが原因で、尚且つ幻想郷に仇なしたことは事実だからな。それに、紫が話しておかないといけないと思ったからこそ君に伝えたんだと思う」
「ふーん、そうなのね。ぶっちゃけ昔のことなんてそれほど興味ないからどうでもいいわ。あんたがこれから気をつけて生きていかないといけない事は面倒なことをしでかさないって事だけよ。もし、やらかしたら今度はお金を徴収した上でに 地底に再度封印してやるから」
「くっく、ふふーー。あぁ、肝に銘じておくよ」
このやり取り何処か懐かしく感じるのは私が対等な会話に飢えていたからだろうか。黒菜ともくだらない会話に花を咲かす事はあれどもこんな風に忠告される事など無かった。いかんな、少し郷愁を感じてしまう。
「おーい、霊夢。彼奴は起きたかー?」
開いている襖から声と一緒に現れた少女はやはり、地底で出会った魔法使いの少女だった。どうやら現代の博麗神社は昔と相変わらず溜まり場になっているようだ。
「あら、魔理沙。漸く戻ってきたのね。遅いわよ」
「準備に手間取ってな。お、ラグナも起きてたのか。おはようさん!」
「えーと確か魔理沙だったかな? なるほど霊夢が言っていた昔馴染みは君のことだったのか」
「なんだ? 私の噂話でもやってのか。まぁいいや、改めてもう一度自己紹介をさせてもらうぜ。私は普通の魔法使いこと霧雨魔理沙だ。普段は魔法の森って何処で店を開いたり開かなかったりしてる。よろしくな」
そういえば、最初会った時も普通の魔法使いを豪語していたがどういう意味なんだろうか。
「お、どういうことだ?って顔してるな」
『霊夢』
この二人以外の声が部屋に反響する。その声は忘れもしないあの妖怪の声だとは判るが……姿は何処にもない。周りを見まわしてたが二人は意にせずといった風だ。
「この声は紫だな」
「はぁ、面倒くさいのが来たわね」
「あら、酷いわね」
突如、何もない空観が裂ける。バリバリと音を立てて裂けた隙間から妖しい雰囲気を纏う少女が傘を手に出てくる。
あぁ、いけない。相変わらず胡散臭い登場の仕方に口元が緩みかけるがすぐに正す。
「おはよう、ラグナ。調子は如何かしら? それと異変解決ご苦労様。幻想郷の管理者として心から謝辞を述べさせてもらうわ」
「異変解決……? 何を言ってるんだ。私はそんなことした覚えはないぞ」
「何言ってるんだ? おまえさんは確かに異変を解決したぜ。なんせ、私と霊夢が異変を起こした主のとこに着いたら倒してたんだからな」
「そうよ、お陰で報酬金は全部パーになるし、あんたの妹とかいうのには命狙われるし堪ったもんじゃないわよ!」
一体全体何が起きているのだろうか。私は普段通りの生活を送っていた筈だが……いや待てよ。
「なぁ、もしかして異変を起こしたのって……空なのか?」
「その空ってが誰だか知らんが、覚妖怪のペットの事ならそうなるな」
「へぇ、異変を起こしたのはペットだったのね。飼い主にはしっかりと話をしないといけないわ」
◇
紅白の巫女、黒白の魔法使い改め、魔理沙と霊夢から異変の詳細と顛末を聞くと、どうも本当に異変を解決したのは私の様だ。
「なるほど私が倒した空が、その怨霊が溢れ出る間欠泉を起こした犯人だったのか」
「まぁ、ほういうことだぜ」
もしゃもしゃと饅頭を頬張りながら魔理沙が答える。一体どこから饅頭とお茶を持ってきたのだろうか先ほどまで持ってなかった筈だが。
「ちょ、魔理沙! また私の饅頭食べたわね?! それと食いながら喋るな!」
「んぐ、美味しかったよ。じゃあ私は宴会の準備があるから帰るぜ。あ、所で紫よ。私が酒の手配をするからお前さんに海の幸を用意してもらいたいんだが」
「そうね、いいわよ。折角のお客様だもの貴女達が食べたいって言ってた食材全て用意しましょう」
「申し訳ないが私は地底に戻るから遠慮するよ」
「なーに言ってんだ。宴会には主役が居てこそだろう?」
「そうよ。大体自分は地底に封印された妖怪だからとかって考えてるんでしょうけど幻想郷の管理人である紫が客としてもてなしてるんだから堂々としてなさいよ」
驚いた。私の考えていた事がどうやら霊夢には筒抜けだったようだ。今代の博麗の巫女は勘も冴えているのか。ふと一言も喋らない紫を見ると普段の姿からは想像できない程柔らかな笑み、まるで子を見守る母のような笑みを浮かべ霊夢を見つめていた。
「ふふ、流石のラグナもこの二人に此処まで言われたら参加しないとは言えないわよね」
「だが、地底と地上には不可侵の掟が……」
「あぁ、アレは旧都の連中と地霊殿の覚と結んだ物のよ? 貴女に課したのは罪を償う事。それに、私は永遠に地底に封印するとは言ってませんことよ。確かに貴女は許されざることをした。もし、貴女が罪をまだ償いたいというのなら地底に篭ってないで地上に来なさい」
「……紫。それで本音は?」
「そろそろ、許さないと幽香が大暴れしそうなのよ! それに貴女、しれっと地底生活満喫してんじゃないわよ! どんだけ私が幽香のご機嫌取りに付き合わされてるか知ってる!?」
「紫、五月蝿いわよ。あんまり喚くなら叩き出すわよ」
「まぁ、落ち着くんだぜ霊夢。紫には色々とやってもらうことがあるから今追い出されると困る」
「そういうことですからラグナ! 今後は地上で暮らす事を許可します。例え貴女が断ったとしても私はそれを許しません」
ふふ、それじゃまるで問答無用じゃないか。
ならば答えは決まってるさ。
「断るつもりなど毛頭ないさ。謹んで参加させてもらうよ。ただ、新参の私が手ぶらで宴会に参加するわけにはいかないからな。酒の一つや二つ用意させてもらうよ」
「お、本当か? そしたら私とラグナで酒を用意して霊夢と紫が食材を用意するってことで決まりだな!」
「ちょ、ちょっと魔理沙! 勝手に決めないでよね!」
そうして私の永い地底生活は幕を閉じた。消してはならない罪を償う為にもますば美味しいお酒でも振る舞おうか。
つづく
2024/0521




