五十二尾 狐と火車とスペルカード
2022 1106 修正
その日、私は少々の苛立ちを抑えられずにいた。そして地底で一番大きな屋敷、地霊殿を訪ねていた。なぜこんな朝早くから私が地霊殿へやって来たのかというとこの屋敷の主人、古明地さとりから言付けを託されたからである。
ただ、屋敷に向かうだけなら苛立ちを覚えることはなかったが、時間が悪かった。なにも私が朝食を取る矢先に言付けを持ってこないでほしかった。それにこれを聞いたら直ぐに来いって拒否権がないじゃないか!
とまあ、そんなことを考えながら我が家に厄介ごとを持ってきた大黒猫改、火焔猫燐を見つめた。すると視線を感じたのかこちらを見るなり、「なによ」と嫌そうな顔をされたので「なんでもない」と言っておいた。
はぁ……朝食も摂ってないからお腹も減るし、燐は私のことを嫌っているし今日はついてないな。
しかし、ここで帰ってしまうとせっかくの伝言を無視することになってしまう。それはそれで後々面倒だ。仕方が無い。さっさと用件を聞いてしまおう。
そう思いつつ、さとりの部屋へ向かうため長い廊下を歩いている途中、前を歩いていた燐が立ち止まった。
「ねえ、ちょっとあんた!」
突然大声で呼び止められたので立ち止まると、そこには不機嫌そうに私を見つめている燐の姿があった。一体なんなんだ?
「…………」
無言のまま見つめ返していると、痺れを切らしたのか燐が再び口を開いた。
「あんたが今考えていることが手に取るようにわかるんだけど?」
ああ、なるほど。そういうことか。
「別に変なことは考えていないさ。ちょっと考え事をしてただけよ」
「ふん、どうせ『こいつはいつも不機嫌そうだな』とか考えていたんでしょ? わかってるんだからね!」
「……」
図星だったので黙ったままいると、さらに苛立ったようで眉間にシワを寄せて睨みつけてきた。正直怖いのだが……。
「ふんっ!」
鼻息荒くしてそっぽを向いてしまった燐を見て思ったことは一つだった。
「(うーむ、やっぱり嫌われているんだな……)」
「なんか言った!?」
「いや何も言ってないぞ?」
心の声が漏れていたらしい。これ以上怒らせると何をされるかわからないのでここは素直に謝ることにした。
「すまん、確かに今のは失礼だったな」
「……もういいわよ。早く行きましょう」
なんとか許してもらえたようだ。それにしても退治して封印したことを根に持っているのだろう。やはり、自分の命を狙ってきたものと仲良くはできないだろうしな。
「じゃあ、行くとするか」
燐に続いて歩き出した。
しばらく歩くとさとりの部屋の前についた。相変わらず大きい扉だ。
コンコンッ ノックをして部屋に入る許可を求める。
「さとり様〜、お燐です〜」
「どうぞ」
「それでは入りますよ〜」
ガチャリとドアノブを回して中へ入る。部屋の中に入るとそこには椅子に座って本を読んでいるさとりとテーブルを挟んで向かい側に立っているお空がいた。
「おはよう。さとり」
「えぇ、おはようございます。それで、早速ですけど要件の方を伝えてもよろしいですか? ラグナ」
「ん? あぁ、大丈夫だ」
そう言うとお空が持っていた手紙のようなものを手渡してきた。
「はい、これ。頼まれたものだよ」
渡されたのは封蝋が施された一通の手紙だった。私はその手紙を受け取り中身を確認する。中には一枚の紙が入っていた。それを取りだし
「これは?」
さとりに見せるように掲げた。するとさとりは答えてくれた。
「それはスペルカードですよ」
「スペルカード?」
聞いたことのない単語だ。
「簡単に言えば必殺技みたいなものです。それをあなたに渡しました」
「ふぅん、これがねぇ……」
興味深げに見つめていると横から燐が割り込んできた。
「さとり様になんてもの渡させてるのよ!」
燐が怒鳴ってきたが気にせず質問をする。
「ちなみにどんな効果があるんだ?」
「そうですね……まぁ簡単に説明すると『スペルカードを使った攻撃は妖怪でも致命傷になる』というものです」
「なるほど、だが普通に戦った方が良くないか? これでは致命傷はつくれても倒し切ることは不可能だろう」
「そうでもないんですよ。スペルカードは発動条件さえ満たせばあとは勝手に弾幕が発生して相手を追い詰めていきます。だから相手の弱点を突いていけるんです」
「ほぉ、それは便利だな。それでこのスペルカードの発動条件というのは?」
「まずはそのスペルカードを頭の中でイメージします。そして次に発動する場所を指定すれば完了です」
「ほう、それだけで良いのか。なら簡単だな」
「いえ、そうでもないんですよ。実際に使ってみないとわからないと思いますが結構難しいので頑張ってくださいね。それと使用回数に制限があるので注意してください」
「わかった、ありがとうな。それでこいつはどうやって使うんだ?」
「えっと……こうやって使うんだよ!」
そう言ってお空はいきなり懐から取り出した札を掲げた。その瞬間、火球のようなものが私に向かって飛んでくる。突然のことだったので避けることができず、そのまま直撃してしまった。
「うおっ! 危ないじゃないか!」
文句を言うと
「へへへっ! 油断している方が悪いんだよ! それにしても無傷だなんて凄いね!」
と笑いながら言われた。まったく悪びれた様子もない。
「まぁ、確かに油断したのは私のミスだ……だが、私にも言い分はある。突然攻撃されたら誰だって驚くだろう」
「そうかもね。ごめんなさい」
今度は素直に謝ってくれた。さっきまでとは違い、少し申し訳なさそうな顔をしている。
「まあ、わかればいいさ。次からは気をつけるんだぞ」
そう言うと
「うん、分かったよ」
と笑顔になってくれた。
「ところでさとり、これでスペルカードの使用方法は理解できたのだが肝心のスペルカードが真っ白なんだが?」
「ああ、それですか。それに関してはお燐に説明してもらいます。お燐、お願いできますか?」
燐は嫌そうな顔を浮かべたが主人からの願いだった為渋々と言った感じで
「はい、わかりました。じゃあ、お空はさとり様と一緒にいてね」
と返事をした。
「えー、なんで?」
「またさっきみたいにスペルカードを発動されたら危ないからだよ!」
「ちぇっ、しょうがないなぁ」
お空も渋々といった感じだったが納得してくれたようだ。
「じゃあ、説明するわよ。スペルカードっていうのはその名前の通り『技』のことなの。つまり、その人固有の能力が形になったものだと思ってちょうだい」
「なるほどな。大体わかった」
「それで、そのスペルカードを生み出すには力を込めてカードを持つだけでいいの。じゃあやってみて」
目を閉じて手に意識を向けると確かに何かを感じることができた。
「どう? 何か感じる?」
「あぁ、確かになにやら力が溜まっているような気がするな」
「それがスペルカードとして具現化するまで続けるのよ」
「わかった」
再び集中し、力を込める。
「ふむ、なかなかいい調子だな」
「そろそろいいわよ。もう十分だと思うわ」
「そうか、では早速使わせてもらうぞ」
そう言って私はスペルカードを掲げた。するとカードが光ーー。
「ちょっ、ちょっと待って!!」
燐が慌てて止めてきたがもう遅かった。私の手から離れたスペルカードは剣の形に変化し、まっすぐ飛んでいき壁にぶつかった。
「……」
沈黙が流れる。
「おい、大丈夫なのか? あれ」
私がそう聞くとさとりが答えてくれた。
「えぇ、大丈夫ですよ。ただ単に威力が強すぎて壁に当たっただけなので」
「そうか、それはよかった。もし怪我でもしたら大変だ。それにしてもまさか霊符『霊剣』が一番最初のスペルカードになるとはな。初めて使えるようになった術だから感慨深い」
「では残りのカードもどうぞ」
「了解した」
それから私は次々とスペルカードを生み出していった。
全てのスペルカードを出し終えた頃にはかなりの時間が経っていた。
「ふぅ、やっと終わったわ。しかし随分と数があったな。全部で何枚あるんだ?」
「えっと……二十枚ですね」
「そうか、結構作ったもんだな」
「お疲れ様です。初めてのスペルカード作りはどうでした? 普段なら心を読むのですが貴女には効かないので些細なことでも気になるのです」
「いや、別に構わないさ。普段の術作成と変わらないかな。たた、スペルカードがないと術を作れないから不便ではあるが」
「そうですか。でも、これからはスペルカードを使うことになると思うので諦めてください」
「まあ、仕方ないか」
「そういえばあんたは何の妖怪なの?」
突然燐が話しかけてきた。
「ん? どういうことだ?」
「いや、あたしは火車の妖怪なんだけどさ。あんたの種族は何なのって聞いてるの」
「ああ、私の種族は『空狐』っていうんだ」
「『空狐』? 初めて聞いたわ。『九尾の狐』なら聞いたことがあるんだけど、それとは別物?」
「空狐自体が珍しいからね。私を除くと妹くらいだろうし。九尾は九つの尻尾を持つ狐の総称であって種族はほぼ同じさ。突然変異と思ってくれてもいい」
それに末の妹が九尾の狐だった筈だと付け加えると燐とさとりはは興味深そうに話を聞いていた。
「雪夢さん以外にも妹がいたんですね。もしよろしければうちのこいしと仲良くしてもらえると嬉しいんですが」
「ああ、勿論だ。むしろこちらからもお願いしたい」
「そうですか、ありがとうございます」
さとりはほっとした表情になった。
「ところで話は変わるがこのあとは何をすればいいんだ?」
「あぁ、そうでしたね。スペルカードを渡すだけなのでこのあとは特にないですよ。よければ昼食を食べて帰られますか?」
「いや、有難いが今日はお暇させてもらうよ。また別の機会にでも呼んでくれると助かる」
「わかりました。それではまたの機会ということで」
「じゃあね、ラグナ!」
さとりとお空、睨まれながらだが燐に見送られ私は地霊殿を出た。
「さて、帰るとするか。っとその前に寄り道だ」
朝から何も食べてなくて腹が減った。何か食べるものでも買って帰ろう。
こうして、私は地底生活数百年ぶりに新たな技術に触れることができ、充実した一日を過ごすことができた。朝の苛立ちはとうに消え生み出したスペルカードへの好奇心だけが溢れていた。
つづく




