五十一尾 狐と覚と猫と酒
20221017 修正
現在、私は地底に住んでいる者たちと酒を飲み交わしている。そう、要するに宴会だ。
宴会を開いた理由は地底の住民たちとの交流を図りたいと前々から思っていたところに古明地さとりの困りごとがきて解決するために丁度よいと思ったからだ。
「少し……飲みすぎた……うぷ」
流石に六日目になると酔いが回るな。そういえば彼女は三日目に帰ってしまったが……妹のほうはまだ飲んでいるのか。しかし、さすが妖怪の宴会というべきか人間なら致死量に近いくらい酒を飲んでいる。 そこらじゅうに酒樽が転がっているがこれらを用意したさとりの手腕というべきか流石の私でもこれらを用意するのは大変だ。
「やっほー。ラグナ」
地底の住民たちとの交流を済ませ、隅で一人でチビチビと酒を飲んでいると後ろから声を掛けられた。この殺意を込めに込めた特徴的な声は……。
「黒菜かーーいったい何処に居たんだ。割と探したんだぞ」
「アハハ 割となんだ。もう少し本気で探してほしかったな。ちょっと私を探っている奴が居たから隠れていたのさ」
「あぁ……雪夢か。なぜか知らないがお前のことに気づいていたいみたいだからな。ばれない様にしろよ?」
「へいへい。ところでさ……私、旅に出るわ。ということでバイバイ」
「そうか――は? おい!」
後ろを振り返るとそこには誰もいなかった。まるで狐につままれたような気持になる。というか、あれを地底から出してもよかったのだろうか。仮にも幻想郷に脅威をもたらした人物ではあるのだが……
「まぁ……なるようになるか」
口に出した言葉は喧騒の中へと混ざりこんで消えた。
「妬ましいわね。意味ありげな言葉を紡げて」
消えたと思った言葉はなぜか元の場所へと戻ってきたようだ。それも厄介な人物を連れて。
「確か君は……橋姫----水橋パルスィだったか」
「私の名前を憶えてるなんて妬ましいわ」
「えぇ……どうしたらいいんだ。ところで後ろで慌ただしく手を振っているのは君の知り合いか?」
パルスィと謎のやり取りをしている途中に桶に入った少女と蜘蛛のような見た目の少女が顔を青くさせながら手足をばたつかせていた。
パルスィが妬ましいというたびに動きはより奇怪になっており、現在は手足が変な動きをしている。
「……? 知り合いなんていないわ――って、何やってんのよあんた達」
後ろの存在に気が付いたパルスィは物凄くめんどくさそうな顔で二人を見た。当の二人は気まずそうに笑いながらも酒を片手に近づいてくる。
「あはは。いやねぇ、パルスィがあの有名な大妖怪様にケンカを売ってるのをみちゃってねぇ。何かあったらいけないと思って駆け付けたのよ」
そういうと蜘蛛の少女は私とパルスィに持ってきていた酒の入った盃を渡してきた。パルスィは嫌そうな顔で受けとりそれを一気に飲み干す。
そして盃を投げ捨てた。
「なんか冷めたわ。飲みなおしてくるからさようなら」
そういって騒がしいほうへと消えてしまった。
残された私と蜘蛛の少女、一言も発さなかった桶に入った少女との間に謎の空気が漂い始めてしまった。少しばかり気まずいな……
「ところで自己紹介がまだだったよな? 私の名前はラグナ。君たちの名を教えてもらえないだろうか」
「あぁ、これは失敬した。私の名前は黒谷ヤマメ。しがない土蜘蛛さ」
「え……えと、私はキスメ。ただのキスメ」
「ヤマメとキスメか。ところで私ってそんな有名なのか? あまり旧地獄街道には近寄ってないはずなんだが」
自己紹介を終えて、つい先ほどから疑問に思っていたことをヤマメに聞いてみるとヤマメは腹を抱えて笑い始めた。
私の質問がそうとう壺に刺さったようだ。失礼な奴め。
「あー数百年ぶりに大笑いしたわ。あんた、自分の知名度を知らないなんてほかの妖怪たちには言わないほうがいいわよ。みんな笑い死ぬから」
「ヤマメちゃん。質問の答えになってないよ」
「あー落ち着いた。質問の答えなんだけどあんたはかなり有名さね。あんたにそっくりな黒い奴と毎日のように神話大戦やってたら知らないやつらなんていないと思うわ」
「神話大戦----黒菜との炊事を賭けた勝負のことか?」
「そんな理由で毎日大戦をしてたのかい。一度、戦っているあんた等の不意を突こうとした馬鹿どもが近くに寄っただけで死んじゃったからねぇ。それ以来、街道ではあんたとその黒菜ってやつの話題で持ちきりさ」
主に賭けでだけどと付け加えヤマメは酒を飲み干した。しかし、知らなかった私たちの勝負で被害が出ていたことに……正直心は痛まないし、間合いに入った程度で消滅するほうが悪いとは思うが今後は気を付けないと周りから生命がなくなる可能性がある。
「それじゃ私たちはまだ飲み歩くから。またねラグナ」
「ん……ばいばい」
そういうと二人は行ってしまった。一人残され、特にやることもなくなった私は切り上げようかと思ったが酒の余韻とこの喧噪が心地よくもうしばらく飲むことにした。
先ほどの場所から移し、喧騒から離れこじんまりとした岩場に座り込んだ。
「誰かと飲む酒もいいが一人でゆったりと景色を眺めながら飲む酒も趣があってよいな」
そういえば、ゆったりと飲む酒は何時以来だったろうか。最後にゆったり飲んだのは……ダメだ思い出せない。まあ、思い出せないならそれはそれでいいだろ。
ところでだ……なぜさとりがこいしの気配を感じ取れなくなったのか、それが疑問になって仕方がない。相対的にさとりのほうがこいしより妖力がある。なのに日に日に気配を感じ取ることができなくなっている。
例え能力が強くても妖力が相手より多くないと効果は薄れる。例を挙げるとすると八雲紫の境界を操る程度の能力が母様に効かない。これは母様の持つ力が紫より遥かに強いからだ。だが……ある条件を満たせればそれは適用外なのだが。
「能力の成長によって心を読むことさえ不可能になったか……もしそうなら、もう誰にも見つけることは無理だな」
そうぼやき持っていた盃をぐいっと流し込んだ。しかし、求めていた液体は一向に口に入ってこない。そもそも、よく見ると私の手には何も握れていなかった。
「ぷはぁっ このお酒美味しいね。おねえさん一人で飲んでてつまらなくないの?」
いつのまにかそこに居た少女は目の笑っていない笑顔でそう言った。
笑っているのか笑っていないのか、そこに居るのか居ないのか。まるで蜃気楼のような少女----古明地さとりの妹。古明地こいしがそこに居た。
「久しぶりだね、こいしちゃん。悪いんだけど私のお酒を返してもらえるか?」
「あはは----お酒なんて知らないよ? だって私は持ってないんだから」
こいしが持っていた盃は初めから無かったかのように消え失せる。そしてふと、自分の手を見るとそこには酒の入ってない盃が握られていた。
「おいおい、どうなってるんだ。いつの間に戻したんだ?」
「何を言ってるの? 初めから持ってたじゃない。人のせいにしちゃダメだよ」
そういって何処からともなく取り出した盃に私の持っていた酒を注ぎ喉を鳴らしながら飲み干す。美味しそうに酒を飲む様子にまあ、いいかとこいしから酒瓶を取り寄せ手に握られた盃に注ぐ。
「どうせなら乾杯といこうじゃないか」
「あら、素敵なお誘いね。じゃあ……はい、かんぱーい!」
乾杯と同時に盃がコツンと交わる。それを合図に二人は一気に飲み干した。しばしの沈黙の後空気の抜ける音と共に二人は笑い合いしばしの雑談を交えながら酒を酌み交わした。
しばらくすると、こいしは「そろそろ迎えがくるかも」といい、そのままどこかへと行ってしまった。
「ふーむどうも掴めない子だ。私もそろそろ帰ろうか」
残っていた酒を飲み干し、少しだけ残った酒瓶をそのまま一気に飲み干した。
「ふぃー久しぶりのこんなにのだな。さて帰るか」
そういって、帰ろうと振り向いたらどこからか誰かを探している声が聞こえてきた。どこかで聞いたことのある声と先ほどまで一緒に飲んでいた者の名前に足が止まってしまう。そうしていると声の主は近づいてきた。
「こいし様〜! どこに行ったんですか」
「こいしさま!……あれ? なんだったけ」
「だ か ら ! こいし様を探してるんだってば! ほんとお空は!」
「ああ、そうだった。お燐ってばしっかりものだぁ」
そのような会話をしている黒髪長髪の少女と赤毛の少女が現れた。二人とも面識はないが赤毛の少女の声に覚えがあった。
「ごめんください。古明地こいし様を見かけませんでしたか?-----あ、あんたは!」
「はて? お嬢さん、何処かでお会いしたかね?」
そう聞くと赤毛の少女は何やら気に障ったのかこちらを睨みつけていた。
「忘れたとは言わさないわよ! よくもあたいを地底に封印してくれやがったわね、この化け物陰陽師!」
顔を真っ赤にしながら捲し立てられてしまった。しかし、彼女とは面識がないはず。……はて?
「私が陰陽師とな? 地底にいるんだから人間ではないだろう。もしかすると誰かも勘違いをしていないか?」
「そんなわけないでしょ! 封印した挙句、忘れてるなんてとんでもない屈辱だわ。この場で喰い殺してあげようかしら!」
グルルと猫が威嚇するときに発する低音を轟かしながら少女の姿が大きくなる。それはまるで以前地底に封印した大黒猫のようだった。
「まさか、あの時の化け猫なのか?」
「今更思い出しても遅い! 猫符『怨霊猫乱歩』」
四方八方へ飛びながら弾幕と怨霊を飛ばしてくる大黒猫を目で追いつつ頭を掻いているとふと、あることに気がついた、以前に比べると妖力が減っていることに。そのせいか、弾幕には大した威力はないようで天井や地面に当たった弾は触れた部分を少しだけしか削れていなかった。
「以前に比べると弱くなったか、そんなんじゃ私には勝てないぞ?」
「んにゃあああああ!!」
挑発が効いたのかまるで盛りのついた猫のように喚くと更に走り回る速度を上げ突っ込んできた。
「うわっとーーその動きは想定外だ。だけど、これで終わりだ」
そいっと首元を掴み大黒猫の速度を使い地面へと叩きつける。あまりの衝撃に空気を吐き出し一瞬だけ白目を剥いたがさすが妖怪すぐに飛び起きる。
「ケホケホ……何ってやつだ首ねこっこ掴んで地面にぶつけるなんてーー覚えてろよ! お空逃げるよ!」
「あー終わったの? もう、お燐ったら目的を忘れて遊ぶなんて!」
「ほんとよ、目的を忘れて遊ぶなんて一体何をしにきたのよ」
「すいません……って、こいし様!? どこにいたんですか!」
「あー私もう帰っていいか?」
突然現れたこいしとその隣に座ってお酒を飲んでいたお空と呼ばれる少女に対してキレ気味で言葉を捲し立てている大黒猫に少しだけ申し訳なさそうに尋ねるとギロリと睨まれてしまった。
どうやら、本当に私のことが嫌いのようだ。まあ、仕方ないちゃ仕方ないだろうが……あまりにも態度に出られると辛い部分もある。
「化け物陰陽師、あたいの名前は大黒猫じゃなくて火焔猫燐っていう立派な名前があるんだ」
ふむ、どうやら大黒猫ではなくちゃんとした名前で呼べと暗に言っているのだろう。
「わかった。私のこともラグナと呼んでくれ、陰陽師は引退したんだ」
「ふん、気が向いたら呼んであげるさ」
そういって燐は待っている家族と共に帰って行ってしまった。
「さて、そろそろ私も帰るとするか」
こうして、古明地こいしを見つけ出す依頼は無事に達成した。ついでに開いた宴会は、数日もの間続いたらしい。流石妖怪といったところだろうか。
つづく




