四十七尾 驍勇無双
2021 0401 修正
優雅に歩く天狐と匹夫之勇の如く走る黒い狐が衝突した瞬間、不可解なことが起きた。
天狐の体に触れていない黒い狐がいきなり吹き飛んだ。黒い狐自身も何が起きたのか理解できず再度飛び込むことはしなかった。
「クカカ――さすが妾の娘じゃ。考えなしにまた飛び込んできていたらお主、死んでいたぞ」
まるで冗談を言っているかのように軽く言い放った言葉とは裏腹に証拠とばかりに天狐が投げた小石が粉になって消えてしまった。
近づくことは危険だと判断した黒い狐は遠距離からの攻撃を仕掛けるが全て、天狐へと届く前に消えてしまう。
「無駄じゃよ。お主程度の妖力じゃ妾に届かんよ。ほれ、どうしたもう終いか?」
心底失望したかの様にため息をついた天狐に対して黒い狐は遠距離と近距離を混ぜた攻撃で答えた。
一帯に土煙が巻き上がる。煙が消えるとそこにはやはり無傷な天狐が立っていた。
「片方がだめなら両方か……さすが妾の子だ。見事じゃ。少し本気を出すか」
天狐が左手を前に向けた瞬間、世界が停止したかの如く辺り一帯から音が消えた。
しばしの静寂から一変し黒い狐を覆うかのように表れた無数の文字列によって黒い狐は縛られてしまった。
「クカカ――彼の最高神すら動けなくする封印術の重みはどうじゃ? お主にはまだ重いかの。まぁ、妾の子を名乗る以上はこのくらい余裕でいてもらわんとな」
そういいながら右手を横に切る。すると縛っていた文字列から火、水、風、雷、木といった現象が次々と黒い狐へと襲い掛かった。
避けることすらままならない黒い狐は黒煙の中へと消えてしまった。
「つまらんのぅ……もう終いかえ? 妾の見当違いじゃったか」
唇を尖らせいじけるそぶりを見せる天狐。その姿はまるで子供のようだったが彼女から溢れ出る幾万の神力がそれを否定していた。
その神力の圧は遠く離れてみていた紫と幽香の二人さえも動けなくするほどだった。
「――っ。これが天狐の力の片鱗とでもいうのね……まさか私の張ったを溢れる神力の圧で傷つけるなんて流石ラグナの母上ね」
「ほんと何なのよあいつ! ラグナでさえあんな力持ってないわよ」
そういいながら二人は持っている全ての妖力を全身に張り巡らせ天狐の戦いを傍観していた。
「ホレホレ――どうした避けんと当たるぞ?」
まるで音を奏でるように手を振る天狐と次々襲い来る術を避ける黒い狐。
二人の差は誰が見ても明らかだった。天狐が手を振る速度が速くなっていくにつれ襲い来る術の数が十から百、百から千へと膨れ上がり終いには黒い狐を覆いつくす量の術が展開されていた。
「なんじゃ。もうヘたれたのか……つまらんのぅ」
いつの間にか近くにあった岩の上に腰を掛け右手で頬杖を付き左手に持ったキセルを吹かせながら黒い狐の姿を眺めている。
その姿をみた黒い狐は怒りからか全身を泡立たせ自身に纏わりついた術もろとも天狐へと破壊の光線を放った。光線は天狐の座っていた岩ごとのみ込んで消滅した。
「ちょ……紫。やられちゃったわよ」
「そんな……天狐でさえあれには勝てないの……?」
砂埃が舞い落ち、天狐の座っていた場所は凶暴なな力によって蹂躙される。その場所には何も残っておらず天狐の姿すらも跡形もなく消し飛んでいた。
その様子に目を細めまるで勝ち取ったかのように咆哮を上げる黒い狐。そして、黒い狐の視線は次の獲物である二人へと向かった。
その姿は傲慢を極めたかのような足取りでゆったりと自分の邪魔をする獲物へと向かっていた。
「紫、あんただけでも逃げなさい。ここは私が時間を稼ぐから」
「何を言っているの⁉ そんなことできるわけないじゃない!」
「あんたこそ何寝ぼけたこと言ってんのよ。今ここで二人仲良く死ぬわけにはいかないでしょ。誰がこの世界を守るのよ」
啖呵を切られた紫は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた後幽香の目を見つめた。
「ごめんなさい……貴女のことは絶対に忘れないわ」
「ふん、ようやく大将の目になったわね。殿は任せなさい次の策を練る時間くらい稼いであげるから」
「うーむ。次の時間も何ももう解決するぞい」
突如空間が固まる。二人の会話に水を差した張本人はズズッとお茶を飲みながら二人の固まった顔を見て笑っていた。
何が起きているのかわからない二人は顔を何度も行ったり来たりさせまるで赤べこのような姿をみて張本人、天狐を笑わせていた。
つづく




