四十五尾 封印の儀
2020 0909 修正
黒い狐から逃げ切った霊歌と雪夢の二人は紫の指示で里に来ていた妖忌の言っていた場所へと向かっていた。
その場所は幻想郷と外の世界の境界に位置する場所で普通なら行くことができないがある条件を満たした場合のみ行くことができると教えられていた。
「……まさか紫のスキマを使うことになるとは」
じろじろと見てくるスキマの目玉を気色悪がりながら霊歌がぼやく。雪夢に関しては興味なさそうにひたすら前を進んでいた。
「博麗の――霊歌。あまりそれを見ないほうがいいよ、狂う」
「っちょ! なんでそれを早く言わないのよ!」
しれっと物騒なことを喋った雪夢に目を瞑ったまま突っ込みをする霊歌という何とも不可思議な空間を広げながらスキマの中を歩き続てているとだんだんと目のない場所が増えてきたことに気づいた。
どうやらここが終点のようだ。
「……本当にここに紫がいるの? 不穏な気配しか感じないんだけど」
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
そう言って雪夢が何もない場所に手を伸ばすとバキバキと音を立てて空間に裂け目が現れた。
裂け目からはとてつもない妖気があふれ出ており、どうやらこの先に紫がいることは間違いないようだ。
「……何かやってるわね。とてつもない妖力を何かに集めてるみたい」
「これは封印術……霊歌、隙間から出るよ」
霊歌の返事を待たずに雪夢は手を掴み隙間から飛び出した。
◇
隙間から出るとそこは辺り一面桜に囲まれた場所だった。しかし、その場所はどこかおかしな気配で立ち込めていた。
「―――これは、死霊、いや死そのもの?」
「霊歌、気を引き締めなよ。やばいのがいる」
雪夢の指さすほうを見るとそこには一本の桜の木が揺らめいた。
木の下に、誰かが横たわっておりその隣に八雲紫が何らかの術を施していた。横たわっている人物はピクリとも動かないがその姿は趣きを感じさせる。
その人物に目を奪われているとある異変に気が付いた。
「死の気配の原因はあれか。紫は何をしているんだ」
そういって近づこうとした雪夢を離れていて気が付いていないはずの紫が制した。
「駄目よ。それ以上近づいちゃ――死ぬわよ」
「っと……嘘じゃないな」
「ちょっと紫! あんた何してんのよ!」
「本当に良いタイミングで来てくれるわね。大体のことはスキマから覗いてたからわかるわ」
話をはぐらかそうとする紫に霊歌は大幣を突きつけた。しかし、紫はそれすらも予期していたと言わんばかりに余裕を持った笑みを浮かべていた。
「貴女たちが来たのはラグナをどうにかするためよね。それなら手伝ってほしいことがあるのよ」
「こんな時に何を手伝えっていうのよ! 巫山戯るんじゃないわよ!」
「八雲、その手伝いをすれば姉様を助けることができるのか? もしうそをついたらこの場でお前を……」
「ラグナを救うにはどのみち避けては通れない道よ。私が手伝ってほしいのはこの娘の亡骸の封印」
「なんでラグナを助けるのに死体なんかを封印する必要があるのよ」
「それも兼ねて説明するわ」
◇
「それは本当なのか」
「えぇラグナが幻想郷に来る前にこの娘に会いに来てたの。その時ある術を仕掛けていた。それが減憎増幸の術よ」
「めつぞうぞーこうーの術? どんな術なのよそれ」
「簡単に言えば術を掛けた人物に対する憎悪や悪意を滅して幸福にする術よ」
「物凄い術ね……どうしてそんな術を掛けたのから」
「それは……」
悲痛な表情を浮かべ黙り込む紫を見下ろし雪夢は何かを察した。
「なるほどな……姉様がそんな術をかけるわけだ。それもよりによって滅憎増幸の術と来たか。この術の術者は掛けられた人物が死んだとき一緒に死ぬ。そしてかけた人物生きてる限り術者には不幸が付きまとう」
「なっ……何よその術。いいえ、それはもう術じゃないわ呪いの一種よ。でも待ってラグナは死んでいないわ、暴走しているだけじゃない!」
「……霊歌残念ね、不合格よ。ラグナは半分死んでいるわ。そしてもう半分は悪意、憎悪が形になっているだけ」
「どういう意味よ。もっとわかりやすく説明しなさいよね」
「仕方ないわね。ラグナの体はもうすでに死んでいるのよ。ただ、魂だけはどうにか生きていた。その魂を憎悪と悪意が取り込んだ結果あれが生まれたってわけよ。それと黒色に染まったのは憎悪と悪意の影響ね」
「八雲、その話通りなら姉様はもう助からないじゃないか!」
「落ち着きなさい。だからこその封印なのよ。まだ術自体は切れてないわ。術もろとも封印してしまえばラグナの魂を取り込んだ憎悪と悪意を弱めることができる――それに……いえなんでもないわ」
何かを言いかけ辞めた紫を疑問に思いながら霊歌は早速封印の儀に取り掛かろうとしていた。しかし、雪夢は違った。
どうやら彼女は紫の説明が腑に落ちていなかったようだった。
「亡骸を封印するのはよくわかったがなぜこの桜と封印する? まだ何か隠していないか八雲紫」
「……私の負けね」
しばしの沈黙が流れた後、両手を上げ紫は敗北宣言をした。どうやら雪夢の推測通り何かを隠していたようだ。
雪夢の鋭い視線を涼しそうな顔で流す紫はスキマに腰掛け話し始めた。
「この娘が自殺したそもそもの原因がこの桜、西行妖のせいなの。こいつは人妖怪問わず死に誘う妖怪桜」
「ほう、弱めるついでにこの小娘の死骸を使って封印しようという目論見か」
「――ふざけるな。誰が好き好んで大切な友人の死骸をもてあそぶものか。今度それを言ったら殺す」
静かに殺意を雪夢に向ける紫。博麗の巫女である霊歌はその姿に圧倒され声を出せず、それを向けられた雪夢ですら冷や汗をかいていた。
「すまない、言葉が過ぎたようだ。二度と口にしないことを天狐の一族として誓おう」
「いえ、私も言い過ぎたわ。ごめんなさいね」
「と、とりあえず事情は分かったわ。この封印の儀はどっちみちやらないと大変なことになる気がするから博麗の巫女の名のもと執り行うわよ」
「えぇ、それで構わないわ。元よりそのつもりでいたわけだから」
紫の了承を得た霊歌は己の指を噛み切り傷口からあふれ出た血を使い術式を書き始めた。
それを横目に雪夢は亡骸の娘へと近づいていた。
「この娘はずっと西行妖と自分の力に苦しんでいたの。力が強くなればなるほど西行妖が力を持つ……だから自害する形で封印した」
「だが、封印は未完成だった……か」
「その通りよ。もし、私が自害する前にここに来ていたら―――いえ、過ぎたことを悔やんでもしょうがないわ。今は、やるべきことをやるだけよ」
「紫、準備できたわよ」
一人は友のため、一人は家族のため、一人は幻想の地のため、かくして封印の儀が執り行われた。
つづく




