四十四尾 決死のひまわり
20200729 しゅうせい
時は少し遡り、風見幽香が博麗の巫女と邂逅を果たした頃。
一匹の狐が博麗神社付近の森で暴れていた。
『グルルルガァアア』
その姿は暴風と言っても過言ではない。森の木々は倒壊し、狐の放つ弾幕に巻き来れた妖精、妖怪は跡形もなく消え去った。
しかし、狐はそんなことはお構いなくただ破壊を楽しんでいた。
◇
「な、なによこれ滅茶苦茶じゃない⁉」
稗田家から飛び出してきた霊歌が見たものは風光明媚な場所から一変し見るも無残な姿になり果てた森だった。
木々は倒れ、あたりには妖怪のものと思われる血とその死骸で埋め尽くされていた。
「化物狐! でてこい、いるのはわかってるんだ!」
霊歌が叫んだ瞬間、地面が爆ぜた。
「っ!?」
だが、爆発に巻き込まれる瞬間霊歌の体は何かに引っ張られ巻き込まれることはなかった。
突然のことに呆然としている霊歌に向かって後ろから声がかけらる。
「貴女、また寝込むつもり? まぁ、博麗の巫女様には期待していないからいいけど」
「だから、私には霊歌っていう立派な名前があるって言ってるでしょ!」
「……二人ともおしゃべりしてる暇はないみたいだ。今のお姉さまは危険すぎる」
いつの間にか隣にいた雪夢は能力を使い黒い狐の行動を阻害していた。
しかし、それもあまり長くはもたなかった。突如、咆哮をあげると黒い狐の体を縛り上げるように纏わりついていた雪が消し飛んだ。
「一応先に戦った者としての忠告をしといてあげるわ。あいつそこら辺の大妖怪より強いわよ」
「元がラグナだからそうでしょうね。まぁ、人間である貴女には荷が重いでしょうし休んでてもいいのよ」
「黙りなさい。先にあんたから退治してやろうかしら」
「二人とも――来るぞ!」
黒い狐は再度叫び声をあげると今度は自身の周りを歪ませそこから全方向へと超高速回転する極大レーザーを放った。
それを三人は軽々と躱していたが次第に隙間が縮まっていることに気が付く。
「やられたわ。まさかこんな戦法をとって来るなんて」
じりじりと縮まる隙間、禍々しく輝く弾幕当たる直前にそれは起こった。弾幕が目の前で消えたのだ。
霊歌が何が起きたのかわからずにあたりを見わたすとそこには傘を構えた幽香がいた。
「見掛け倒しにもほどがあるわよ。それじゃあもう一度喰らっときなさい『マスタースパーク』」
幽香の持つ傘の先端から黒い狐と同等、それ以上の大きさのレーザーが全てを呑み込みながら放たれた。
「やったのかしら……?」
黒い狐がいた場所を霊歌は警戒を解かずに睨みつけていた。
そして、煙が晴れるとそこには無傷で佇む黒い狐がまるで欠伸でもするかのように口を開けていた。
それを見た幽香が近接戦闘を仕掛けるが九つの尻尾を巧みに操る黒い狐によった吹き飛ばされてしまった。
「挑発までやってくるなんて……あれはもうラグナじゃないわよ」
吹き飛ばされたはずの幽香が何故か隣にいたことに驚きを隠せない霊歌は隣と吹き飛んで行った場所を交互に見ていた。
そんな霊歌を煩わしそうに幽香は説明を始めた。
「今吹き飛んで行ったのは私の分身よ。あんな見え透いた挑発に乗ると思う? まぁ、脳筋な巫女様は乗るのかしら」
「うっさいわね。吹き飛んだあんたを心配して損したわ。しっかし、遠距離も近接もダメときたら……打つ手なしね」
「今の戦闘を見ていて気付いたことがあるんだが」
「聞かせてくれるかしら」
「幽香さんがマスタースパークを放った時と近接戦をした時の黒い狐の纏っていた妖力が違った」
「ふぅん。なるほどね」
雪夢の説明で何かを理解した幽香と理解できていない霊歌。
続けて幽香が話を続ける。
「確かに何かがおかしいとは思ったのよ。まさか遠距離と近距離で防御の仕方を変えていたなんてね」
「そういうことか……なら遠距離と近距離を同時にやったら防御を崩せるんじゃない?」
「そういうことなら私が足止めをする。雪符『氷雪の一輪』」
雪夢と黒い狐をつなぐように氷が巻き付きお互い動けない状態になった。
それを合図に霊歌が近接を仕掛け幽香は先ほどの倍以上のマスタースパークを身動きの取れない黒い狐へと打ち込んだ。
「手ごたえあったわ!」
「同じくね。さすがに立っていられないでしょ」
「煙が晴れる……なっ⁉」
確かに無傷ではなかった。黒い狐は全身を損傷しており今にも地面へと倒れ伏しそうになっていた。
しかし、黒い狐はそんな状態になりながらも霊歌たち三人を睨みつけていた。
「どうなっているんだ。黒い狐の体が」
黒い狐に起こっている異変に気が付いたのは雪夢だった。黒い狐の体が徐々に煙、霧のようになっていることに。
そしてついには全身が霧になってしまった。
「どうなってんのよ。あれじゃ手の出しようがないじゃない」
「あれはまるで―――鬼の四天王の一人。伊吹萃香殿と同じじゃないか」
「来るわよ」
霧が揺らめいたと同時にそれは動き出した。
一瞬で霊歌たちを覆い囲むと外へ出れないように妖力で包んでしまった。それはまるで不可視の檻であった。
「っ痛⁉ 何よこれ物越しで触れるのもダメって」
お祓い棒で不可視の檻を叩いた霊歌を何とも言えない激痛が襲った。
どうやら、何らかの呪法を用いていると直感的に悟った霊歌は二人に警告した。
「貴女達下がってなさい。巻き込むわよ 『マスタースパーク』」
ゼロ距離でマスタースパークを受けたにも関わらず不可視の檻は破壊することはできなかった。それどころか攻撃した幽香が地面へと座り込んでいた。
「予想外ね……まさか、力を吸われるなんて」
そしてさらに三人を驚愕させる事が起きた。檻がだんだんと迫ってきていたのだ。
地面を抉りながら徐々に近づいてくる檻の前に雪夢と霊歌は膝をついてしまう。
「物越しに触れるのもダメ、攻撃するのもダメ……万事休すか」
「次、生まれ変わるならまた人間がいいわ」
「なに――諦めてんのよ。あれを破壊する方法ならあるわ。ただ……なんでもない」
そういって立ち上がった幽香は傘を投げ捨て両手を前に突き出した。
すると何もなかった地面からつるが伸び幽香へと巻きつく。
その姿は何らかの衝撃に対して体を支えるためのモノのように見える。
突き出した両手の先に高密度の妖力を溜めている幽香を見て、雪夢が声を上げた。
「幽香さん! その技は――」
「黙りなさい! 霊歌、私がこの技を発動した後八雲紫と合流しなさい。彼女ならこの状況を打開することができるわ。雪夢は霊歌が逃げるのを助けなさい」
「あんた、私の名前を……わかったわ。博麗の名に懸けて絶対に紫と合流するわ。だからあんたも無事でいてね」
「何を言っているのかしら。腐っても大妖怪様に……気持ちだけ頂いておくわ」
「幽香さん。……わかりました私の命に代えても巫女を八雲紫の元へと送り届けましょう」
二人の返答に満足いった幽香は先ほどまで浮かべていたギラついた笑みから一変。ふんわりと優しい笑みを浮かべ頷いた。
「よろしい。二人とも私の後ろに、ここら一帯を消し飛ばすわ。――『――――』」
物凄い轟音とともに放たれた一撃は不可視の檻を消し飛ばし霧になった黒い狐を分散させた。
幽香の背後に隠れていた二人は彼女が技を発動した瞬間空を駆けていた。その際、二人が目にしたものは巨大な花にとなった幽香の姿だった。
一枚、また一枚と花びらを散らす姿に霊歌は戻ろうとしたが彼女との約束を果たすべく己の中で苦渋の決断を下し雪夢のあとへと続いた。
二人が去ったあと、風見幽香のいた一帯は彼女の宣言通り無が広がっていた。
そして、風見幽香の立っていた場所には五枚のひまわりの花びらが落ちていた。
つづく




