四十二尾 意識を取り戻した巫女
202004020
幻想郷上空、禍々しい妖気を漂わせた黒い狐が浮遊していた。この狐はただ浮遊しているわけではなく先ほど自分が吹き飛ばした博麗の巫女のいるであろう場所を睨みつけていた。
「聞こえているか博麗の巫女よ。そろそろ回復したコロカ? 我は今より幻想郷を破壊スル」
そういって黒い狐は人には見えない速度で彼方へと消えてしまった。
◇
「っ痛! ここは――⁉」
目を覚ますと全く知らない屋根だった。
痛みに悲鳴をあげる体に鞭を打って無理やり立とうとするが体は崩れ落ちてしまった。
「あ。霊歌さん――⁉ なにをやってるんですか! 寝てないと!」
「あー藍ちゃん。ここは?」
物音を聞きつけた八雲紫の式。八雲藍の心配をよそに私はへらりと笑いかける。
「ここは八代目阿礼乙女の稗田阿弥さんの屋敷ですよ。霊歌さんが里の外で倒れていたのを阿弥さんが見つけてくれたんです」
「そっか、後でお礼をしないと。そういえば私、体を貫かれたはずなんだけど」
あの黒い狐の攻撃を数発下った際に何発か体を貫通してできた傷がどこにも見当たらない。もしや気のせいだったかと思うがそれを否定するかのように常に激痛が襲っていた。
「それなら雪夢お姉さまの持っていた薬で治療したので大丈夫です!」
「体を再生させる薬ってやばい奴じゃないわよね?」
私の問いかけに藍は何も言わずに微笑み返してきた。どうやらやばい薬らしい。
そんなやりとりをしていると部屋の外に誰かが来た。
「大丈夫ですか? 博麗の巫女様」
部屋に入ってきたのは私よりも、一回り小柄な少女だった。その身なりは私じゃ一生着れないような高そうな着物だった。
「この方が阿弥さんですよ」
藍が紹介を終えると阿弥は会釈を一つし腰を下ろした。
どうやらこの屋敷の主の娘ではなかったようだ。
「はじめましてですね。博麗の巫女様」
「私には博麗の巫女様じゃなくて博麗霊歌っていう名前があるんだけど」
「あ、失礼しました。霊歌さんとお呼びしますね」
「冗談よ。ところで雪夢さんは? お礼をしたいんだけど」
あまりにもこそばゆかったもので少しだけ悪戯を仕掛けると阿弥は申し訳なさそうな顔を浮かべてしまった。
なのですぐに冗談だと説明すると顔がぱぁと明るくなった。どうやらこの子は感情豊かな子のようだ。
「雪夢お姉さまなら買いものに行ってますよ」
「呼んだか?」
藍が言った瞬間にかぶせるように誰かの声が発せられた。藍は驚いたのか少しだけ飛び上がり、阿弥はそれをみて驚き、私はというと驚きのあまり布団に倒れてしまった。
「ていうか後ろにいる人は誰」
「あぁ、里で声をかけられたから連れてきた」
なんで声をかけられただけで連れて帰ってくるんだと言おうとしたが雪夢の何とも言えない雰囲気に飲まれ言えなかった。
すると後ろにいた男が口を開いた。
「私の名前は魂魄妖忌。我が主のご友人である八雲紫様の命でここに来た」
妖忌と名乗ったこの男。今何と言った? 八雲紫の命といったか?
「ちょっと貴方。今八雲紫の命って言ったわね。肝心の紫はどこにいるのよ」
「待て、博麗の巫女。それを聞くために連れ来たんだ。妖忌殿話して頂いてもよろしいか」
雪夢に制止され渋々と従うことにする。それをみて妖忌は話し始めた。
「紫様は現在、私の主の屋敷でラグナ殿を待っています」
それを聞いた途端藍は納得したかのように手を叩いた。どうやら紫との連絡が取れない理由がわかったようだ。私はわからないが今はどうでもいい。
今彼に伝えなければならないことのほうが重要だろう。私は思考回路を大回転させ終えると重い口を開いた。
「残念だけどラグナはそこにはいけないって紫に伝えてもらえるかしら?」
私のその言葉に面食らったのか一瞬硬直しすぐさま妖忌は「なぜだ」と返してきた。
「それについては私が話すよ。今我が姉は暴走してるらしい。被害が出てるのは妖怪の山と太陽の畑といったところか」
「私が気絶してる間にそんなことになってたなんて……まるで挑発してるみたいね」
「そういうことだから八雲紫に伝えてください『このままだと幻想郷がなくなる』ってね」
それだけを伝え雪夢は部屋から出て行った。私は彼女の後姿を目で追いながら枕へと頭を沈めた。
つづく




