幕引 狐著聞集
「──というのが今まで私が経験してきたことさ。このくらいでいいか?」
「えぇ、ありがとうございます。これでまた一つ幻想縁起に書き込むことができました」
幻想縁起を書くための取材をさせてくれとの申し出を受け私は人里に住む九代目阿礼乙女で稗田家当主、稗田阿求の屋敷を訪れていた。
「もしよろしければで良いのですが今回聞いた話を縁起以外にも本として書いてもよろしいでしょうか。実に興味深い話でしたので」
「構わないが、退屈な話じゃなかったか?」
「いえ! 当時の幻想郷の話やラグナ様の冒険譚を聞くことができてとても感激しております!」
「それなら良かったよ。老人の話ほどつまらないものはないからね」
「まぁ! ラグナ様はまだまだ全然お若いですよ」
「おいおい、私は妖怪だよ。それも千年以上生きている」
私がそう言うと阿求は顔を赤くさせて俯いた。どうやら妖怪だったということを忘れていたようだ。
すぐさま阿求は頭を下げようとした。
「なに、怒っているわけではないんだ。だから、頭をあげてくれ。ところで本にすると言っていたが題名なんかは決めているのかい?」
「それなんですが題名はラグナ様に決めていただこうと思っているのですがよろしいでしょうか?」
「そうだな……狐から集めた話、狐著聞集なんてどうだろうか」
「狐著聞集──。とても良いです!」
あれやこれやと決め、気がつけば日が沈む時刻になっていた。いかんな夢中になりすぎたか。
「長居をしすぎたな、それじゃあ私はそろそろお暇するよ」
「ラグナ様、本日は誠にお越しいただきありがとうございます。ラグナ様のおかげでとてもよい時間を過ごすことができました」
「なに、私も楽しいひと時を過ごせたんだこちらこそありがとう」
「ラグナ様。本ができたらすぐに連絡いたしますね。楽しみにしていてください」
「あぁ、楽しみに待っているよ。それではお邪魔しました」
稗田家を後にして私が博麗神社に着く頃には日を跨いでいた。
途中寄り道をした夜雀の屋台で結構飲み食いをしたのが原因だろうか。
「霊夢が起きてたらどやされるな」
霊夢にバレないように気配と音を消して静かに我が家へと入ろうとしたとき、後ろから突然……
「こんな時間までどこに行ってたのよ……うわっ酒くさ⁉︎」
霊夢がいた。 驚きのあまり持っていた土産を落としそうになったが落ちる寸前で霊夢に拾い上げられた。
「あら、八目鰻じゃない。一人で行くなら私も連れて行きなさいよね」
「ああ、悪かった。今度二人で食べに行こう」
それを聞くと霊夢は笑顔で家の中へと入って行った。私も後に次いで家へと駆け込む。
居間に向かった霊夢の後を追いかけると霊夢は手土産の八目鰻を頬張っていた。
「おいおい、こんな時間に食べるのは良くないんじゃないか?」
「はによ、ひぶんだけこんなおいひいモノ食べてきたくせに」
「口の中飲み込んでから喋りなさい。全く……悪かったよ。明日にでも何が食べに行こうか」
「本当ね!? 明日はアンタの奢りだから!」
「わかったわかった。さぁ、残りは明日食べなさい。私は先に寝るからな」
「おやすみ。また、明日」
◇
床に就いた私は未だ眠れずにいた。布団から抜け出し音を立てずに家から抜け出し境内へと足を運んだ。
「少し冷えるな」
そっと鳥居の上へと降り立つ。
特に当てもなくただぼんやりと景色を楽しむ、眠れない日などに眠くなるまでこうして暇を潰している。
「今日も良い一日だったな。お、この酒中々イケるじゃないか、霊夢の奴めこんな上物を隠しているなんて」
家から出る際に不自然に閉まっていた棚から拝借した酒瓶を景色を肴に流し込む。こういうのも乙なもんだ。誰かと飲む酒も良いがこうして一人でゆったりと飲むこの時間も良い。
「ふむ、少しばかり小腹が空いたがそろそろ寝るとするかね」
「あら、もう寝てしまいますの?」
突如、隣から話しかけられる。誰も居なかった場所に金色の髪を靡かせ、妖しげな笑みを浮かべる少女が座していた。
「驚かさないでくれ、紫。こんな時間に訪ねてくるとは珍しいな、何か問題でも起きたかのか?」
「あら? 友人が一人で物思いに耽ていたので冷やかしに来たのよ。ほら、盃を出しなさいな注いであげるわ」
「冷やかしねぇ……」
「あら? こんな美少女がお酌してあげるってのに不服なのかしら?」
「そういう訳ではないが…….どうも」
「はい、乾杯」
コツンと心地よい音が響く。並々に注がれた盃を一気に飲み干し、息を吐いた。
「あら、意外とイケる味ね。でも見たことのない銘柄ね」
「霊夢お手製の清酒だよ。近頃人里の居酒屋で美味しい酒を貰ってから何故か酒造りを始めてな。その第一号がこの酒という訳さ」
「霊夢がそんな事をしてたなんて驚いたわ。所でよく呑む事を許可してくれたわね」
「あー、許可も何も勝手に持ち出して飲んでるんだよ」
まぁ、美味しい食べ物と珍しいお酒で許してくれるだろう。あの子はなんやかんやで私が勝手に呑むことも承知の上で置いているからな。
「そう、私はそろそろお暇しますわーーあぁ、一つだけ聞きたいことが……貴女はこの幻想郷をどう思う?」
「どう思うかと言われると難しいが一つだけ言えるとしたら私の居場所だな」
「……そう言われると嬉しいわ。ねぇ、ラグナ。昔私の言った夢のこと覚えてるかしら? 人と妖怪の共存できる理想郷、貴女は無理と言ったけどね」
「おや、根に持っていたのか? それに関してはすまないと思ってるさ」
「うふふーー別に根に持ってる訳じゃないわ。今の幻想郷が貴女にはどう映っているかを知りたかっただけだもの。それじゃあ今度こそ帰るわ。おやすみなさい」
『おやすみなさい』と言い終えたと同時に紫の姿が消え失せる。後には飲み干された博麗印の酒と紫が飲んでいた盃が残されていた。
「なにがおやすみなさいだ。とっくに朝日が昇っているぞ。さて、霊夢が起きてくる前に証拠隠滅するとするか」
月は沈み、明日が訪れる。ここは幻想郷、全てを受け入れる理想郷で何処か幻想的な住人たちと一匹の狐が愉快に暮らしていましてとさ。めでたし、めでたし。
これにて完結となります




