stage 5 純粋な殺意
静かな海のさらに奥深くにそれはいた。
金の髪を靡かせ、背後に揺らめく影のようなものを持ったそれは静かに殺意、憎悪を膨らませていた。
「不倶頂天の敵、嫦娥よ。今度こそ貴様の息の根を止めてやろう」
一際強い風が吹くとそこには何も残っていなかった。
◇
「違う場所に連れて行ってみなさい。その時はあんたの残機がなくなる時だからね」
「へ、へい! ちゃんと案内しますのでどうか命だけは!」
私たちはクラウンピースを紐で縛り上げ道案内をさせてた。
クラウンピースが吐いた情報によると仲間が二人いるとのことだ。そのうちの一人が今回の黒幕と見て間違いないだろう。
「だけどよらラグナ。なんでそのうちの一人が黒幕だなんてわかるんだ?」
「あぁ、それは簡単なことさ。この子に力を与えたのは友人様と呼ばれる者だったろ。ならば力を与えた人物が今回の黒幕というわけだ」
「もしかしたら力を与えただけで黒幕はもう一人のやつかも知れんだろ?」
ああ、そうだった。人間の魔理沙には周囲の妖力はわかっても質に関しては感知できないんだったな。
「周囲に漂ってる妖力の質が同じなんだよ。あの子の纏っている力と」
「質? なんだそれは、初めて聞いたぜ?」
「んー、なんと説明すればいいだろうか。そうだな、酒にも質があるだろ? そんな感じだと思ってくれたらいいよ」
「あーなんとなくだけどわかった気がする。すると今この場所に漂ってる妖力の質があの妖精の纏っている力と同じだから力を与えた奴が黒幕なのか」
「そういうことだ」
奥に進む程、霊力の純度、質が高まってきているな。もしかすると黒幕は神に近い可能性があるな。
突然、クラウンピースを縛り上げていた縄が弾けた。 そして、クラウンピースは霊夢が硬直した瞬間を狙いどこかへと逃げ出してしまった。
「な、いきなりなによ!?」
「ーー! 霊夢避けろ!」
魔理沙の叫び声で我に帰ると霊夢は後ろに下がった。
霊夢のいた場所は高純度弾幕によって無くなっていた。
「あぁ、どんなに策を練っても、相手はそれを乗り越えてくる。あぁ口惜しや、もう少しで宿敵に手が届くというのに」
その者は金の髪を靡かせ背後に九つの尻尾のような影を揺らめかせていた。
そして、私たちを見て溜息を零した。
「ひとまず私の負けを認めよう」
「ああん?」
霊夢のガン飛ばしを涼しい顔で受け流しその者は言葉を続けた。
「まさか月面に地上人を送り込むなんて、頭の片隅に無かったわ。穢れを嫌う月の民が穢れを持つ妖怪をも送り込むなんてね。私の読みが甘かった。すでに勝敗は決しったって事よ」
「随分と余裕ね。闘いはこれからなのに」
「まさか私たちが激情して襲いかかるなんて思うなよ?」
「ふふ、私の名前は純狐、月の民に仇なす仙霊である。正直、今回の戦略は喪失したが……ここまできた貴方達を持て成してやろう。それが礼儀という物であろう」
「正直月なんてどうなろうが興味ないけどここに来るまでの鬱憤払いをさせて貰わなきゃ気が済まないわ! それにあんた、くっそむかつくし」
「彼女とはもう別の星に住み、会うことは出来ないが、倶に天を載かずとも憎しみだけが純化する。 見せよ! 命を賭した地上人の可能性を! そして見よ! 生死を拒絶した純粋なる霊力を」
彼女、純狐から発せられたのは神力に近い霊力だった。
「な、なんだと!? 」
「これこそが純化する程度の能力。霊力を純化することにより高純度の霊力にした」
これはまずい。相手が妖力を使う妖怪ならば簡単に倒せただろう。しかし、霊力となると別だ。 霊力同士のぶつかり合いになると質の高い霊力に分がある。そして仙霊ときた、神力を使える可能性がある。もし、神力を使われたのなら私たちは全滅するだろう。
「霊夢! 魔理沙! 三人で倒すぞ! 」
「あんたが言うってことは強敵なのね。わかったわ」
「パワーなら任せろ。焼き払ってやるぜ!」
「勝てないとわかっていても立ち向かってくるか。ふふ、あはははははははは」
狂ったように笑い始めた純狐の周りには地面に落ちていた岩や石が浮かんでいた。
純狐が笑うたびに浮かんでいる物は増えていった。
「おいおい、笑うたびに岩が増えてやがるぜ!?」
「なんていう量の霊力なのよ。あれじゃ仙霊というより神霊じゃないっ!」
「さぁ、眠りなさい愚かな地上人よ」
純狐から全方位へ放たれた弾幕は何もかもを消しとばしながら私たちへと向かってきた。
「なんつー威力だよ。あれに当たったら怪我じゃ済まないぜ!?」
「二人とも絶対にあれに当たるなよ! 当たったら最悪死ぬぞ!」
次々と放たれる高純度の霊力を帯びた弾幕を避けながら反撃するが誰一人として純狐に届くことはなかった。
「おいおい、どういうことだってんだ。目の前で弾が消えたぞ」
「消滅……いや、違うわね。あれは……純化する能力?」
そう言って霊夢はもう一度純狐に向かって弾幕を放った。しかし、先程と同じように弾幕は純狐の目の前で消えてしまった。
「なるほど自分を守るように展開してるのか。二人とも近づき過ぎても危険だ! 」
「つくづくとんでもないやつだな!」
「ふふ、どうした地上人よ。手も足も出ないか?」
不敵な笑みを浮かべ、ただならぬ気配を発し出した純狐を警戒し距離を取ったが動いたのが遅すぎた。
「っあ!? 」
「きゃっ!」
突如地面から現れた純狐の背後を揺らめいていた影が霊夢と魔理沙を吹き飛ばした。
「二人とも大丈夫か!?」
返事がない。土煙が晴れるとそこには気を失って倒れている霊夢と魔理沙が倒れていた。
どうやら、先に人間である二人をやってから妖怪である私を殺るつもりのようだ。
「ふふ、何故あなたを残したのか分かってるって顔ね。そうよ、あなたの考えている通りそこの二人には死穢が一切なかったから気を失うだけで済んだ。だが、妖怪であるお前はどうなると思う?」
どうやらここまでのようだ。私は霊力も操れるが結局は身体は妖怪。つまるところ穢れの塊みたいなものだ。彼女が言っている通りならいつでも殺せるというわけか。
「どうやらここまでのようだな……だが、二人にはこれ以上手は出させない!」
霊刀、霊槍、霊矢、霊剣を生み出し、純狐を囲うように設置した。 だが、無駄なことと言わんばかりに純狐は笑みを浮かべ続けていた。
「たしかにお前のその能力は恐ろしい。しかし、私も能力が使えないからこその戦い方を持っている! 変幻【天狐】!」
彼女を包み込むようにまばゆい光が起きる。光が収まるとこそには金色の髪が真っ白になり、目の色が青みのかかった赤から完全に青になった姿のラグナが立っていた。
「あら、何かと思えば色が変わっただけじゃないの」
「さてどうかな」
突如、純狐を囲うように設置されていた武器たちに変化が起こる。霊力で作られた武器たちが神力を帯び出した。
「なんと、己の妖力を霊力にするだけではなく神力へと昇華させたというのか」
「二人を傷つけた代償は高くつくぞ! 武符『神楽』」
囲っていた武器たちが意思を持ったかのように動き始める。
気がつくと上下左右、平面立体と純狐を囲っていた武器たちは増え。虫一匹の侵入を許さない檻のような形へと変化した。
そして一斉に純狐を突き刺した。
「やったか……?」
ピシッ――。ナニカが割れる音が辺りに響いた。
「なん……だと?」
純狐を突き刺していた武器が一つ、また一つ消滅していく。
そして、最後の一本が消えた時そこには傷一つない純狐が不敵に笑っていた。
「なぜ私が無傷なのか知りたいか? それは簡単なことだ。お前の刃は私には届かないからだ」
地面がひび割れ霊夢達を襲った影がラグナに向かってくる。ラグナはそれを避けるがそれを予想していたかのように地面からもう一つ影が現れた。
「っぁ……がはっ⁉︎ ゴホッ……ゴホッ」
腹に命中した影はそのままラグナを地面へと叩きつけた。
「はぁ……はぁ……」
「これで終わりだ。不倶戴天の敵、嫦娥よ みているか⁉︎ この者が死ぬ瞬間を! 」
純狐が放った弾幕が満身創痍のラグナに降り注ぐ。
「所詮、人の子と妖怪だったか」
興味が失せ、その場を去ろうとしした瞬間、純狐に向かって二つの弾幕が放たれた。
「なんと、まだ息の根があったの……か?」
月煙が晴れ。そこにいたのは満身創痍になったラグナを守るように結界を張った巫女と魔法使いだった。
「さてと、随分とやりたい放題してくれたわね」
「ここからは、私たち二人が相手だぜ!」
「すま……ない ……二人とも後は……任せた」
そう言って気絶したラグナの顔を霊夢はそっと撫で純狐へと向いた。
「任せな。お前さんはゆっくり休んでくれ」
「地上人を舐めたツケをそろそろ払ってもわないといけないわね。霊符『夢想封印』」
「それだけじゃないぜ! 恋符『マスタースパーク』」
純狐は突然の攻撃に反応できず霊夢の夢想封印に直撃した。
そして、ついでと言わんばかりに魔理沙の放ったマスタースパークに呑み込まれた。
「なんということでしょう。倒したと思った相手が再度起き上がり私にとどめを刺そうとしているとは……完敗です」
二人の連携攻撃を受けボロボロになった純狐はフラフラと立ち上がった。
しかし、かなりのダメージを受けていたのかそのまま気絶し地面に倒れてしまった。
「これで、今回の異変も無事解決だな」
「そうね。早く帰って風呂に入りたいわ」
そう言いながら霊夢はラグナの下へ向かった。
気絶していたラグナはどうやら回復したのか目を覚ましていた。
「よくやったな、お前たち。まさか倒してしまうとは」
「私と霊夢が手を組めば無敵だからな」
「それじゃあ、帰りましょ。幻想郷に」
月の都で起きた侵略戦争、首謀者である純狐を倒した三人は幻想郷へと帰ろうとした時。
あり得ぬほどの神力が三人の足を止めた。
「あらー? 純狐がやれてるわ。さてはそこの三人の仕業かしら?」
つづく




