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希望ヶ丘本家の地下にある秘密実験施設。
《出してよ! ねぇどうして返事してくれないの!》
スピーカーを通して希望の声がしきりに聞こえてくる中、こだまはモニターで部屋の中を見つめていた。
「状況は?」
こだまが、近くにいた女性に聞いた。
「はい…心拍数および諸数値は安定していて、メンタルカラーは依然としてブラックを示しています。
「そうか…」
こだまは、部屋から出ようとする。
陽が声をかけたのはその時だった。
「お兄様、お兄様は何をたくらんでいるんですか? ここまでしなくても計画には弊害はないかと思いますが…」
その声に、こだまはふと足を止める。
「あるんだよ…まぁそのうちわかるさ…希望が必要な理由も、ここにつなぎとめておかなければならない理由も…」
「はぁ…」
「じゃ、僕は忙しいから後は頼むよ」
こだまは、手を振りながら立ち去って行った。
「お兄様…どうなさってしまわれたのですか…」
陽は、こだまの背中を見ながら不安げな顔を浮かべていた。
*
かつて青空村があった地域は、いまだに立ち入り禁止になっている。
理由としては、原因究明がまだだからだというが、今考えれば、それもなんだか疑わしい点がある。
この村に現在出入りできるのは、警察関係者と自衛隊、そして、希望ヶ丘家の人間とその使用人だという…警察関係者と自衛隊は納得できるが、なぜ、希望ヶ丘家にそのような特権があるのだろうか?
「入るわよ…」
「入るって…この村にですか? どこから?」
細山は、きょとんとした顔をしているが、柏はそんな彼の様子を気にすることなく道を外れて山の中に入って行った。
「柏会長?」
「…昔、私が保護された山なら警備も薄いだろうから、侵入経路としては優秀なはずよ…」
「なるほど…そういうことですか…」
どこか納得した様子の細山を横目に見ながら、柏は山中を進んでいく。
あの山は、あの時からあまり変わっていないように見えた。
まぁ山のことをしっかりと覚えていたわけではないのだが、なんだかそんな気がしたのだ。
「不思議な感覚だな…まるで、時が止まったような…」
細山がそんなことを口にする。
言われてみて、柏は初めて山がまったく同じに感じた理由に思い当たった。
そうだ…おまわりさんに連れられて、山を歩いた時と同じなのだ…記憶にある限り、木々も草花もすべてあの時と同じだった。
「どうなってるの?」
「わからない…時の停止などという不可解な現象が起きているなどいうことは、ただ事じゃない…」
細山は、まるでSFだな…などとつぶやいている。
だが、これは現実の出来事だ。決してお話の中に迷い込んだわけではない。
「それで…青空村ってあとどのくらいで到着するんですか?」
「もう少し…だな…見えてきた」
柏がそういったとき、細山の目に信じられない光景が飛び込んできた。
大地をえぐるかのように信じられないほどの大きさの穴が口を開けていたのだ。
見る限り、穴はとても深く、漆黒の闇に閉ざされている。
「どうしてあんな穴が…」
「この山からあれを見たとき、私もそう思った…この世の風景には思えないって…そう感じていた」
「確かに、この世のものとは思えませんね…今回も同じようなことが起こってるとすれば、海底に大穴があいてるってことか…」
柏は、えぇ。と言ってうなづく。
「おそらく、六条島があった海域には大きな穴が開いているはずよ…でも、この穴自体は透明のアクリル板でも置いたかのように人や物が落ちたり、中には入れたりということはないらしいわ…私を保護した警察官がそう言ってたの…」
「ほーそれじゃ、海の水が全部大穴に入って、海が干からびるということはない…ということですか…」
「まぁある日突然、向こうに落ちたりはあり得ない話じゃないけれどね…」
そう言いながら柏が山の斜面を下り始める。
「ちょっと! 柏会長!?」
細山にとって、この行動はあまりにも予想外だったのだろう…
ものすごい勢いで滑り降りていく柏を追いかける形で斜面を下り始めた。
*
ドサッそんな音が聞こえ、音源のほうを見た。
すると、案の定見たことある人物が見えたのだ。
「ほう…やっぱり来たのか…」
その人物を見ないふりして、彼女が草陰に潜むのを確認する。
「そうでなくては…現超常現象研究同好会会長の私としては、やっぱり、あなたが初代会長であるというのは、誇らしいことですよ…」
彼…草柳創平は、ジッと柏が隠れている草陰を見つめる。
「創平君! どうしたの?」
陽に声をかけられて、草柳は、何でもないですよ。などと答えながら、その場から立ち去って行った。
*
「引退!?」
笛の紛失事件から丸一日…希望の声は三つ隣の生徒会室まで響いていた。
「どういうことですか!」
「だから、言ったとおりだ…少々早いが私は引退する…そして、後任に希望ヶ丘希望を指名する。以上よ」
柏は、自分の私物をまとめたバックを持って立ち上がる。
「青空村のことですか? それだったら、超常現象研究同好会として…」
「その必要はない」
柏は、希望の言葉をさえぎって部屋から出て行ってしまった。
「柏会長!」
希望の悲鳴にも似た声に反応ことなく、柏はその場から立ち去ってしまった。
これが、柏玲子と希望ヶ丘希望の最後の会話だった。
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