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向山の話を聞いた後、柏は港近くの民宿にいた。
外も暗かったので、向山に泊まっていくかと聞かれたが、申し訳なかったし、一人でじっくりと考えたかったので、それは断った。
「希望…あなたは何を考えていたの?」
希望ヶ丘希望…転校したばかりで、クラスになじめていなかった私に初めて話しかけたのが、彼女だった。本当は、希望と書いて希望と読むのだが、本人は希望という言葉が好きだから、自分のことは希望ヶ丘希望と呼んでね。と話しかけてきたのが最初の出会いだったと思う。
「まぁ本人がいないんじゃ、聞きようがないか…」
本人がいない。と言っても彼女が他界したとかそういうことではない…はずだと信じている。彼女は、失踪してしまったのだ。「ごめんね。たぶん、二度と会えない」そんな内容のメールをよこした直後に行方をくらましてしまったのだ。死んでいないはずだ…そう信じたいのは山々なのだが、これほどまでに見つからないとなると生きていない可能性のほうが高い。
「希望…あなたは、どうしているの?」
柏は、夜空を見上げて友人に声をかけた。
*
日本でも有数の財閥、希望ヶ丘家。
その希望ヶ丘家の当主である希望ヶ丘こだまは、目の前に広がる難題に頭を抱えていた。
「フェリーから男性転落」
彼の前には、そんな見出しの新聞が置いてあった。
「前田なのか?」
「そのようです」
こだまの質問に横に控えていた秘書が淡々と答える。
前田。というのは、フェリーから転落した男性の名前だ。
「困りましたね。彼は、笛を持っていたはずです…なのに、彼の荷物からそれは見つからなかった」
「あぁ…笛を持って飛び込んだか、筆を肌身離さず持っているときに突き落とされたかの二択だろうな…できれば、前者であってほしいが…」
「警察は事故だといっていましたが、それなないと思います。そうなりますと後者の可能性が強いですね…」
こだまは、盛大にため息をついた。
前田は優秀な部下だった。自分の頼みなら多少無理を言っても聞いてくれた。
「とりあえず、ダメもとで周辺海域をあさってくれ…もしかしたら、見つかるかもしれない」
「はい。手配しておきます」
そう言い残して秘書は部屋から出て行った。
*
遠木が柏に渡したのは、小さな笛であった。
木で作られているそれは、体育で使うホイッスルほどの大きさながら、異様な存在感を放っていた。
「見せたいのってこれ?」
「はい」
柏は、それを手に取った。
その笛は、見た目よりも重く、持った時に少々驚いてしまった。
「重いのね…」
「実は、神隠しにあった先で手に入れたものみたいで…帰った時にポケットに入っていたものなんです」
この世の笛じゃないということか…
そう考えると、異様な存在感含めなんだか納得がいく気がした。
「へー借りていい?」
「いいですよ。返すのはいつでもいいですから」
柏は、遠木に礼を言い、学校へ向かうことにした。
*
翌朝。
柏は、こだまと陽に会うために東京へ行くことを決意し、東京へ向かう定期船に乗っていた。
船の出港の時刻になり、港を出ようとしたその時、柏は港で見覚えのある人物の姿を見つけた。
「……希望」
気づけばそうつぶやいていた。
「希望!」
柏はそちらに向けて叫んだが、彼女が気付くことはなかった。
「希望! 気づいてよ!」
希望と思われる人物は、港近くの建物へ消えて行った。
「希望…」
あきらめにも似た口調だった。
「ねぇお母さん。だれが歌っているの?」
「さぁ誰かしらねぇ」
とたんにそんな会話が聞こえてきた。
耳を澄ますと、聞くものを魅了するような美しくもはかない歌声が聞こえてきた。
――こんな状況前にもどこかで…
この歌には、聞き覚えがあった。
だが、最近ではないはずだ。となればどこで…
そんなことを考えているうちに船は、どんどんと港を離れ、歌も聞こえなくなっていった。
*
柏は、学校へ向かうバスの中で笛を見ながら、遠木の話していたことを整理していた。
初めて会った時に彼が語ったのは、“あれが最後の桜なのね”と“私も最後まであなたのこと忘れない”、“お願い。忘れないで”の三言と女の子と一緒だったということだ。おそらく、接続詞を挟んで最後の二つはつながっていただろうから、“私もあなたのこと忘れない。だからお願い。忘れないで”といった文章になる。
「忘れないで…は、別れの時に言いそうだけど、“最後の桜”って何のことだろう…」
今のところの大きな疑問だった。
桜など、いくらでもあるはずなのに最後の桜というのはいかなるものか。
「考えても仕方ないか…」
柏は、そのまま寝始めた。
*
蒼竹高校の超常現象研究同好会の部室…
大量の資料が置いてあるこの部屋で、希望は一人で柏の帰りを待っていた。
「おかしいな…もう帰ってきてもいいはずなのに…」
時計は、6時を示していた。
予定なら5時ぐらいには帰ってくるはずなのにだ。
「希望。入るよ」
そんな声とともにこだまが部屋に入ってきた。
彼もまた、柏のことを心配しているらしい。
「まだなのか…」
「えぇ」
「大丈夫だとは思うが、念のために中断しておく」
こだまの言葉に、希望は安心したようにうなづいた。
「言いたいことはそれだけだ…僕と陽は先に帰るよ」
「はい」
こだまは、早々に部屋から出て行った。
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