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これといった話が聞けず、村の長老にでも話を聞こうかと考えながら、海岸沿いの道を歩いていると向山に呼び止められた。
「どうかしましたか? もしかして、何かお話に…」
「それじゃない」
きっぱりと言われ、柏は落胆した。
だったら、なぜ呼び止めたのだろうか?
「思い出した…あなた、蒼竹高校に通ってたんじゃないですか?」
「はい?」
内容があまりに意外だったため、柏はすっとぼけたような声を上げてしまう。
確かに、柏は蒼竹高校の出身である。なぜそんなことを知っているのだろうか? 仮に向山が蒼竹高校の出身だとしても、自分とは面識がないはずだ。
「県立蒼竹高校超常現象研究同好会初代会長の柏玲子…ちなみに副部長は、当時の生徒会長だった望ヶ丘こだまの妹で、幽霊部員であったが、細山樹生も所属しており、柏会長の引退後は、希望ヶ丘希望がその座を引き継いだ…なお、現会長は、第102代生徒会長の草柳創平が兼任している」
「詳しいのね…」
「まぁ有名だからね…そんな、初代会長さんに個人的なお願いがありまして…お願いできますか?」
個人的な…というと、何かしらの超常現象の話をしてくれるのだろうか?
仕事をしなければと考えたが、それ以上に向山の話を聞きたいという思いが勝ってしまった。
「ぜひ、お願いします」
私の答えを聞いた向山は、満足そうにうなづいてから、家に来るように促した。
*
柏は、大量の資料を前にため息をついた。ここ最近、というより最初から神隠しについて調べているのだが、遠木の証言から新聞の切り抜きまですべてとってあり、その一つ一つを整理して、答えを導こうとしていたのだ。
大量の資料に目を通すことが苦になっているわけではない。その資料をどこに置くかで悩んでいるのだ。
この同好会を立ち上げてから早半年…第80代生徒会執行部の役員を決める選挙で学校がわいている中、柏はそんなこと気にせずに資料の整理に時間を割いていた。
「玲子ちゃん!」
そんな中、部室に入ってきたのは、現生徒会長の望ヶ丘こだまの妹である希望ヶ丘陽。昔から、希望ヶ丘家へ遊びに行っていた柏と望ヶ丘兄妹は、同じ高校に入って、先輩後輩の間柄になってもも親交があった。
「陽さん…何か御用ですか?」
「わざわざ聞く? 選挙活動よ! 選挙活動! お兄ちゃんが引退したから、私が立候補したの!」
「あぁ…そういうことですか…」
思い返してみれば、今回の生徒会選挙は3期連続生徒会長を務めたこだまが、3年生になったことを理由に引退し、妹で2年生の陽が立候補して、あっという間に最有力候補となっているという構図になっていたはずだ。
「さてと…私は、選挙公約として…」
勝手に始めた…
これは、望ヶ丘兄妹に共通していることなのだが、3人とも相手の都合を気にせずに自分の意見を述べる傾向がある。当然程度の差はあるのだが、陽の場合、その傾向が一番強かった。
「私一人に話しても仕方ないでしょう? 心配しなくても投票しますよ」
一応、学校では先輩後輩の間柄なので、敬語を使って対応する。
「いやはや、超常現象研究同好会の票田は先代から引き継げると聞けて安心した。何しろ、勝負は1票で決まることも多いからね」
それにしても、なぜ、希望を除く二人…こだまと陽は、基本上から目線なのだろうか?
陽は、3年生に接するときも同じような態度だし、こだまもそうだったようだ。それに対し希望は、同級生である柏に対してさえ敬語を使うのだ。
「それでは、がんばって活動してくれたまえ!」
最後の最後までマイペースを貫いた彼女は、その場から立ち去って行った。
「まったく…」
「すいません…姉が」
「希望が気にすることじゃないわ」
いつの間にか部屋に来ていた希望と話をしながら、てきぱきと資料を整理していった。
*
再び向山の家に着くころにはすっかり暗くなっていた。
街灯すらないこの島において彼の家の明かりが見えたとき、なんだか安心していた。
「どうぞ、上がってください」
向山に促されて、家に上がる。
先ほどと同じように客間と思われる部屋に通されると思ったのだが、意外なことに案内されたのは、彼の自室であった。
彼の部屋は、かつての超常現象研究同好会の部室を思わせるような大量の資料が積まれており、それらがある一定の方向に向かっていることがうかがえた。
「私は…遠木の同級生でした」
向山が唐突に口を開いたためか、柏は、一瞬彼が何を言ったのか理解できなかった。
しかし、周りの資料と彼の表情から大体理解した柏は、黙って彼の話を聞くことにした。
「遠木は小学生の時に神隠しにあい、私はその時の同級生でした…まぁ幼馴染みたいなものです。高校に入って、あの事件が起こるまで一緒にいたんです…」
「あの事件というのは、青空村事件ですか?」
「はい…」
青空村事件…忘れるはずもない。
あの当時は、事件か事故かはたまた天変地異かとまで騒がれたのだが、自分たちは、調べなかったのだ。否、調べられなかった。だから、詳細は新聞記事以上のことは知らないし、知ろうともしなかった。
「あなた、事件の直前に青空村にいたんですよね? 彼と…遠木と会っていたんですよね?」
あの出来事は忘れられない。
あれが起きたのは、最後に遠木と会ったとき…というか、遠木と会ってから、近くの山中で警察に発見されるまでの間の記憶がないのだ。目撃証言も非常に乏しく、近くの山中にいた私なら何か知っているのでは? と警察関係者をはじめとして、かなりしつこく聞かれたものだ。
そんな私が新聞記者とは…こうして思い返せば、かなり妙なめぐりあわせかもしれない。
「遠木さんのことを聞きたいなら、私よりもあなたのほうがご存じじゃないのですか?」
こう切り返したのだが、彼は首を横に振り、意外な答えをよこしてきたのだった。
「その彼とあの事件について、あなたに調べてほしいものがあるんです」
この後、彼が告げた意外すぎる内容に、柏は思わず耳を疑った。
「遠木の神隠しと青空村事件はつながっている。その関係を調べてください」
まさか、ここにきてこんなことを頼まれるなどとは思っていなかったのだ。
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