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舞い込んできた無茶な依頼の話

「なんで俺がこいつと……」

「そりゃこっちのセリフ。あと文句はそっちでテンション振り切ってる小説家さんによろしく」



 修道女のような服を着たあたしと騎士の鎧に身をまとった武器屋が見つめあい……に見せかけてにらみ合う。少し離れたところにいる道具屋の店主さんは、以前のイベントで着た盗賊風の衣装に身を包んでいる。細かい状況を知らない人が見たら修道女と騎士の恋、横恋慕する女盗賊ってところなんだろうね。

 ところがどっこい、状況はそんな判り易いものじゃないんだな。



 コトは、実家があたしを呼び出したところから始まる。



  ◆◆◆


「やあ、久しぶり。大きくなったね」

「二十歳を超えた人間相手にそれはないでしょ、おじさん」

 何の用かと思ったあたしを出迎えたのは、父の知り合い。子供のころに何回か会ったくらいで、名前くらいしか知らない程度の顔見知りってところかな。

 そのおじさんが、なんであたしを呼び出したのかというと……

「この間、近くの町でコスプレ大会があっただろう。君がいるのを見かけてね」

「その場で声をかけてくださればよかったじゃないですか」

「その時はどうにもタイミングを逸してしまってね」

 にっこり笑って、優雅に紅茶を飲むおじさん。改めて観察してみると、いろいろなことがわかる。右手の指にある胼胝(たこ)。あんまり筋肉質じゃないし、雰囲気だけならデスクワーク中心の役人さんとか学者さんにも見える。ただ、学者特有の空気も持っていないし、役人なら昼間っから友人の娘を呼び出すような時間の使い方はしない……んじゃないかな?

「それに、審査員がいち参加者に声をかけると雰囲気が悪くなるだろう?」

「……はい?」

 なんだか、話がおかしい。なんでこんなどこにでもいそうな人が審査員?

 どういうことかと首をひねるあたしを見て、おじさんは苦笑交じりに一冊の本をテーブルに置いた。

 このタイトルは、確か貸し本屋で見た気が……あ、そうか。

「今流行している恋愛小説ですよね? この間のコスプレ大会の、そもそもの発端のやつ」

「うん、僕が書いたんだよ」

「……はい?」




 おじさんいわく。

 そもそもおじさんは売れない文筆家だった。紀行文っていうんだっけ、いろんな土地のことを書いた本を作ってるみたい。あるとき、一緒に本を作っている人と悪ノリで小説を書いて、そのこと自体すっかり忘れた頃にその小説がバカ売れしたんだってさ。

「悪ノリって……おじさん」

「いやまあ、酒もかなり入っていたからさ」

 苦笑したおじさん、たぶん反省してない。まあ売れたから反省する必要もないのかな? けど、やっぱりその小説とあたしを呼び出したことがどうもつながらない。

「ま、それでさ。この間のコスプレ大会で大受けした子がいただろう。ほら、盗賊姿の」

「あ~……彼女がどうかしました?」

「うん、ちょっと紹介してほしいんだ」



 おじさんは小説を書くとき、イメージを固めるために絵を書くみたい。で、今回書こうとしているのは義賊と騎士の禁断の恋(安いアイディアだと思ったあたしは悪くない!)なんだけど、設定がありきたりすぎることが問題に。なので、せめて登場人物の性格をステレオタイプからはずしてみようかと考えていて、いろいろ悩んでいたんだって。

 そこへ飛び込んできたコスプレ大会特別審査員のおしごと。少々気のりはしなかったけど足を運んでみたら、イメージぴったりの盗賊娘を発見。しかもそれがどうも知人の娘(あたしのこと)と親しいらしい! イメージを膨らませるために話を聞いて、あわよくばスケッチもさせてほしい。

 大体そんな内容だった。






「ってわけで、この人がその作者さんなんだよ」

「はじめまして。無理をいうようで申し訳ないんだけどね」

 へらっとわらうおじさんをみてフリーズした道具屋の店主さん。ま、当たり前だね。今をときめく小説家が目の前にいるとか、それが知り合いの知り合いだとか、ふつー信じられないでしょ。

「え、それって、またあのコスプレしろってこと?」

「大丈夫! あたしも道連れだから!」

 あたしの外見イメージも使いたいんだってさ。役どころは騎士の婚約者。いわゆるお邪魔虫ポジションかな。……すっごく、不本意だけど。

「ひ、一人じゃないなら、まあ。一日くらいなら」

「ありがたい!」

 顔を輝かせて、おじさんが言う。とりあえずこれで任務完了かな? あたしが頼まれたのは道具屋さんと引き合わせることだし。

 ……なーんて思ってたら。

「ところで、騎士の心当たりはないかい?」

「へ?」

「騎士、ですか?」

 ぽかんとするあたしたちを前に、おじさんは当たり前と言わんばかりに無茶を言いだした。ヒロイン、ライバル役と揃えば主人公もそろえたいって……あんたはどこの蒐集家だっ!

「心当たり、ないかな。そうだなあできればでいいんだけどさ。体格が良くて」

「……知り合いの遺跡荒らしどもを探せば何人か見つくろえますが」

 本当なら魔物狩りや賞金首狩りのほうがいいんだろうけど、あたしの職業上やつらとは相容れないからなあ。

「歴戦の勇士っぽく、日焼けしてたり目立つ所に傷があって」

「……心当たりがなくもないですけど」

 ふっと眼をそらして店主さんが答える。たぶん、あたしと同じ人物が頭に思い浮かんでいるんだろう。そう、この店のお隣さんが。けど、アレがこんな依頼を受けるとは思いにくい。というかその前にあたしが嫌だ。なんとなく店主さんと顔を見合わせていたら、空気も読まずに店の扉が開いた。

「よお、万能薬ってあ……」

「なんで来たんだ空気読めばかー!」

 顔を出したのは、その武器屋。怒りにまかせてナイフを投げつけた。もちろん、すれすれで外れるように調節はしてる。が、そのナイフは難なくキャッチされた畜生っ!

 どこからどう見ても肉食系、がっしり体系で首にある傷に自然と目がいく――つまりはおじさんの注文にぴったりと当てはまるその男――隣の武器屋はあたしを思いっきりにらんだ。

「何しやがる」

「なんでこのタイミングで来るかなぁっ!」

「それはわかるけど、暴力に出ちゃダメだよ」

 そんな風に騒ぐあたしたちをかきわけて、おじさんは目を輝かせて武器屋を見上げた。……だめだ、詰んだ!

「君は?」

「そういうあんたは?」

 いぶかしげに尋ねつつ、あたしをにらむ武器屋。その眼が「お前の関係者か」と言っている。半分誤解だっ! あたしは関係者だけど同時に被害者だ!

 とはいえ、お互いの紹介を店主さんに任せるのもなんか違うし、結局紹介することにした。

「おじさん、この人はこの店の隣の武器屋。武器屋、この人はあたしの父の知り合いで、今をときめく恋愛小説の作家さん」

「やあ、はじめまして」

 にこやかにあいさつしたおじさんを見て、武器屋は何とも言えないような顔になる。一応は客商売。あからさまに睨むことなんてできるわけないしね。少しばかり渋っていたけど、やがて差し出された手を握り返して一応は握手成立。あいさつはこんなもんかな?

「じゃあ、君たちを指名でギルドに依頼させてもらうよ。ちょっと待っていてくれ」

「な、ちょ……!」

 武器屋が止める声なんてきっと聞いちゃいない。おじさんは年齢を感じさせない動き(あたしは二十代。その父親世代と言えばわかる?)で魔術道具屋を出て行った。イクダールさんがにやにやと面白がる様子が今から目に浮かぶ……。

「ご指名、だってさ。逃げられないね」

 店主さんが力なく笑う。特にそういうルールがあるわけじゃないけど、ご指名の仕事ってふつうは断れない。冒険者稼業は信用商売。今まで築かれてきたものに傷をつけることになるし、あとは……プライドの問題かな。「できないの?」って言われるのはやっぱりちょっとヤだ。

 そうして結局のところ、あたしたちは伯父さんたちの絵と小説のモデルを引き受けさせられる羽目になって、冒頭に戻るってわけ。




   ◆◆◆


 さてと、そういえば問題の小説について話してなかったっけ。

 あたしたちをモデルにするとおじさんが張り切った小説のあらすじは、大体これから話す通りね。


 最近、王都を騒がせる義賊がいる。その女義賊(これのモデルが店主さんね)が、ある夜、黒い疑惑がある貴族の家に盗みに入るが兵士たちに追われてしまうんだな。そして、その家の娘(これのモデルはあたし、らしいよ)とはちあわせちゃう。おしまいだって絶望しちゃう女義賊だけど、その娘は何も言わずに義賊を自分の部屋に案内して、隠し持っていた不正の証拠書類を義賊に握らせて逃がした。

 その書類が決め手となって娘の家は一切の財産を奪われて、娘は修道院に放り込まれるんだけど、実は娘には婚約者がいたんだ。その婚約者(言いたくないけど、これがのモデルが武器屋)は騎士で、義賊をずっと追いかけているんだな。そんな矢先に婚約者の家が取りつぶしになり婚約者は行方知れず。もともと家が勝手に決めて手お互いは嫌がってた婚約だけど、こうなるとやっぱり、ねえ? 婚約者は娘を探しているうちに、ある女性(その正体は女義賊)と親しくなっていって、その女性が「その娘さん、あたし知ってるかも」ってなって、再会を果たす……のが冒頭でのあのシーン。




 説明が長くなったけど、貴族の娘と女義賊の友情、女義賊と騎士の恋、騎士と貴族の娘のだましあい……と、ちょっと盛りだくさんすぎない? って突っ込みたくなるような話みたいね。

 もちろん、おじさんが参考にしたのはあたしたちの外見的なイメージ。武器屋はモロに武人って感じの外見だし、店主さんは例のコスプレ大会でのイメージ。あたしは……おじさんって、子供のころのあたしのイメージをそのまま成長させた感じにしたみたいね。うちの親父、あたしにレディ教育させようと躍起になってた頃があるから。





「はい、おつかれさま! 報酬はギルドに預けてあるから受け取ってね」

「ギルドに、ですか……」

 一仕事終えてさわやかな笑みを浮かべるおじさんとは逆に、あたしたち三人は暗澹たる気分になる。ギルドに預けてあるってのは、イクダールさんに一部始終をからかわれるのとほぼイコール。イクダールさん、ああ見えて人が悪いからなあ。あたしたちにできることと言えば……

「口止め料、いくらおごればいいと思う?」

 店主さんがぽつりとつぶやいた。そしてそれはあたしたちの総意だったわけで。





 ◆◆◆


「『それはあなたの意思じゃない。使命感なら放っておいて』」

「んぎゃー!」

 イクダールさんがニヤニヤ笑いながら本を朗読した。ちなみにこれはあたしがモデルになった、らしい貴族の娘のセリフ。やめてー! これ、何の拷問?

「『あたしじゃあなたになれないんだよ。どうしたって、あたしは日陰の身なんだから』」

「お願いイクダールさん、やめてー!」

 次に悶えたのは店主さん。赤面だけじゃ足りなかったらしく、テーブルの下にもぐりこんだ。うん、気持ちはわかる。


 件の小説が出版されたのは、それから一年近く後のこと。恋あり友情ありのストーリーは意外にも少女たちの心を射止めたらしく、すごいヒットになったみたい。噂じゃ続編も出るとか。でも、一年くらい経ってたわけだからイクダールさんだって忘れたと思ってたのにー!


「ああ、あとなんだっけ。『恋の意味を知らな」

「おごるっ! イクダールさん、今日はあたしがおごるからっ!」

「あらほんと? 悪いわねー」

 ニヤニヤ笑うイクダールさんが悪魔に見える。

 結局、その日はあたしの財布がピンチになるまでいろいろとやられ続けた。……恨むよ、おじさん。

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