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勇者クエストに巻き込まれた!

 あたしは運び屋を自称してるけど、これが職業ってわけじゃない。職業はあくまで冒険者、登録上は冒険商人。運び屋ってのは……まあ、ジャンルみたいなものって言えばいいかな。たとえば、一言に旅芸人って言ってもいろいろある。酒場で歌や楽器を披露する流しの音楽家とか、お祭りの時に曲芸で子供たちを楽しませる軽業師とか。広いくくりでいえば吟遊詩人も旅芸人の内かな?

 そんなふうに冒険者も得意な仕事ややりたいことでそれなりに分類されているわけ。

 村や町を襲うモンスターを相手にする魔物狩り。犯罪者をひっ捕らえる賞金首狩り。隊商の護衛や戦争で兵士として戦う傭兵。学者の研究を手助けする遺跡荒らし。貴族の姫君の下着から魔王の剣までなんでも揃える運び屋。

 運び屋ってすごく地味で、基本的に戦わない方向に事を進める。そのせいで脳みそ筋肉な魔物狩りら賞金首狩りやらには臆病だ姑息だと相当馬鹿にされてるわけだけど。

 けど、冒険者の中には一つだけ例外がある。勇者と呼ばれる集団。

 ……っていうか、あたしは奴らを冒険者だと思いたくない。ハタ迷惑極まりないから。

 冒険者は厄介事を解決するためにいる。けれど、勇者が関わる厄介事は本来なら起こり得ないものばかり。一夜にして築かれ、いつの間にかなくなっている意味不明な神殿。突如狂い咲く植物。何の理由も前兆もなく凶暴化する家畜たち。そんな怪奇現象には必ず勇者が絡んでる。




 だから、あたしたちは陰でこっそり囁きあう。――勇者が問題を解決するんじゃない。勇者の為に問題が発生するんだ――と。








「毒の島に行きたいの? 毒消しのストックないとつらいよ」

 そのつもりもないのに、そんな言葉が口をついて出てから気付いた。……やばい、と。

 毒の島方面に向かう依頼は割と最近こなしたばかりで、あたしは反対方向……砂漠の方に足を向けようとギルドに来ていたはずだったのに。そしてギルドで見かけた、明らかにアレ(・・)な依頼の掲示を横目で見つつ、いい依頼がないか探していたはずなのに!

 あたしの口は意思に反してすらすらと動く。止まれあたしの口! そいつらはどう見たって……自然災害(ゆうしゃ)だ!

「そうなのか? うわ、解毒剤ならあるんだけどな……」

「解毒剤でも大丈夫といえば大丈夫なんだけど、解毒したと思ったらまた毒にかかるからね。結局毒消しのほうが楽だよ」


 解毒剤は『体に入った毒を消す』もので、毒消しは『毒を体に入らなくする・入っても無効化する』もの。雨でぬれた体を手拭いで拭くのと初めから傘をさすのじゃ違うでしょ? それと同じようなもの。

 ただ、値段と必要性のバランスを考えると、解毒剤のほうがポピュラーだし安い。そんな『解毒した瞬間また毒にかかる』なんて状況、めったにないからね。魔術道具屋でも毒消しは置いていないことも多い。むしろ作ってすらいない店だって珍しくない。


「参ったな……」

 そう言って頭をかく男は、多分パーティーのリーダーってところかな。「ちょっと待っててくれ」っていい置いて、少し離れたテーブルに行ってしまった。……待ちたくない。あたしは『ちょっと助言してあげただけの通りすがり』だ。けれど体はぴくりとも動かず、男が少し離れたテーブルに座る面々(しかし見事に色々ばらばらだ)と話し合っているのを眺めるしかない。そして話がついたらしき男が戻ってくると、さわやかな笑顔でこう言ってくれやがった。

「俺たち、これから毒の島に行くんだ。よかったらちょっと協力してくれないか?」

「いいよ。ちょうど退屈していたところだし(いやだ! あんたらと関わりたくない!)」

 本心とは正反対の言葉を吐くあたしの口。どうやら巻き込まれることは避けられないみたいだった。





 巻き込まれるならばせめて……なんてちょっと抵抗をしてみる。具体的には、ひいきの魔術道具屋さんちで散財させてやろうという計画。

 どうやら勇者の行動を邪魔しないようなものなら、少しくらいはあがきが許されてるみたいだった。実際どこまで干渉が許されるのかは知らない。知ろうとしたら絶対ヤバいことになるから知る気もない。

 店に入ると微妙にひきつりスマイルの店主さんがいた。……ん? もしかしてここで買い物をするのも勇者に決められた行動の一つなのかな。ま、いいや。考えても無駄だ。

「毒消しくださいな。あ、あとポーションもちょっとくれる?」

「いらっしゃい。毒消しってことは毒の島?」

 あたしの口が勝手に動くと、店主さんは答えてくれる。けれど、それもどこか『言わされている』感がある。

「うん、そう。この人数だといくつくらいあれば足りるかな」

「毒の耐性にもよるからなあ。カード、見せてもらえる?」

 カードってのは、冒険者に発行される身分証みたいなもののこと。ギルドに登録している情報が全て見られる仕組みになってる。手のひらサイズのカードなんだけど、名前に職業、所有スキルに経歴などなど。サイズに見合わない情報が詰め込まれていて、カードをちょっといじれば見たい情報がアップになる。

 店主さんに請われてパーティーの面々がカードを出す。ふむふむ、剣士に魔術師に治癒士に盗賊……びっくりするくらいお手本通りの構成だわ。カードに書かれた情報から見る限り、魔術師さんと治癒士さんはあたしと同じくらいあれば足りそう。盗賊さんはむしろ毒にかかるたび解毒剤でしのいだ方が楽そうかな。剣士さんはかなりの量が必要そうだ。



「ついでにロープ買っとくかな。そういや、万能鍵はないのか?」

「あ、ここのお店は言われた時に出すことにしてるんだって。固まると大変だから」

 そんな風にして散財させるようと仕向ける。あ、これは自然と口をついて出た。聞かれたことには自分のことばで答えられるみたいだね。どこまで自由にできるのか気になるけど、試す気にはならないかな。……自分の意志と見せかけて、実は決められた台詞だったりしたらかなりへこむし。

「おまたせしましたー。50個もあれば足りると思いますよ。溶け切ったらすぐに次のを口に入れてくださいね。あ、盗賊さんは耐性強いみたいですから、解毒剤のほうがいいと思います」

 ちょっと解説すると、毒消しは見た目はキャンディ。このお店のはシトラスミント味。口に含んで舐めるようにして使うんだよね。舐めた人の毒への耐性によって、口の中に残ってる時間はだいぶ違うんだよね。

 ちなみに、毒のないところで舐めても意味はないと言えばないけど、そのときはふつーのキャンディ。口寂しい時にもってこいだったりする。ま、そんな使い方をする人は見たことないけど。

「ああ、あとロープと万能鍵と……他にいるものあったか?」

「特になーし!」

「同じく!」

「あ、俺のピッケル壊れたから買わねぇとならんわ」

 そんな風にして買い出しは終了。店を出るあたしたちの背中を、店主さんの声が追ってきた。

「ありがとうございました、また来てくださいね(お願いだから、二度と来ないで!)」

 決まり文句の裏に、何か不穏な空気を感じたのはきっとあたしの勘違いじゃない。そしてその不穏な空気が私と同じことを思っていることも、気のせいじゃない。



 で、そのあとは毒の島へ向かったんだけど……そのあたりのことは割愛。つーかあんま思い出したくない。

 逃げ回るのが身上のあたしが、なぜか素早さを生かした特攻を命じられたり。拒否しようと思ったら体が勝手に動いたり。宿屋に泊らずに、回復は全部アイテム任せとか生まれて初めてだけど嬉しくない体験。解放されるまで心が休む暇がなかった!







 確かに勇者クエストに関わると、うまく行けばすごい臨時収入がある。勇者クエストの協力者に『選ばれる』と、分け前として転がり込むお金はかなりのもの。さらに勇者の協力者として一時的にだけど名前が売れる。御指名の仕事も入る。

 けど、メンタル面の損害が半端じゃない!

 勇者クエストから解放された翌日、あたしは分け前のお酒を持って魔術道具屋さんと飲んだくれた。

 ……やっぱり途中から記憶がなかったんだけど。

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