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万能鍵がつかえない宝箱の話

 依頼の報酬でちょっとレアなワインを手に入れた。が、あたしはものすごく下戸。ワインは嫌いじゃないんだけど、グラス一杯が限界。

 それじゃワインがもったいないから、せっかくだしワイン好きの人と飲むことにした。具体的には行きつけの魔術道具屋さん。店主さんが作るおつまみはおいしいし。ぶっちゃけ、その辺の酒場で出てくるのよりおいしい。ハーブの香りをうまく使ってて食欲誘うのよ。



「はい、おつまみ。昨日チーズが安かったからたくさん買ってたんだ」

「わお、ブルスケッタ! いっただきまーす」

 トマトソースと、ちょっと焦げ目がついたチーズのコントラストがいかにもおいしそう。実際一口かじって咀嚼してみたら酸味とうま味が素敵なバランス!

「……ん、なんだろ。ちょっとぴりっとする。コショウじゃない……よね?」

「あ、それ? ソースにベネノ草の粉をちょびっとね」

「毒じゃん!」

「分量間違えなきゃ薬味だよ。おいしいでしょ?」

 ベネノ草はすっごく基本的な毒草。ベネノ草を煎じた毒薬は、もしものときのためにと冒険者ならだれもが持っている。即死させたり、体力を徐々に減らしたりって言うタイプじゃない。ちょっとの間だけど体をマヒさせる程度の、わりと軽いものなんだけどね。

 その『ちょっとの間』が冒険者には必要なことがあるんだ。あたしみたいな『逃げ足の速さで生きてます』みたいなタイプには特にね。

「煎じる前なら変わったハーブみたいなものなんだよ。食感が楽しいでしょ」

「ん、確かに」

 なんか釈然としないけど、おいしい。完熟トマトの酸味もチーズのうまみもさることながら、ベネノ草のぴりぴり感がいい感じに食欲を誘うのよ。炭酸水を飲んでる感触にちょっと近いかも。

 こういうことできるのが魔術道具屋さんって感じだよね。毒草の特性わかってなきゃ怖くてできない。


 そんなこんなでお酒もすすみ(サラダにかかってたクルミドレッシングが超おいしかった!)いい感じに酔いが回ってきたころ、店主さんが思い出したように言いだした。

「そういえば前から聞いてみたかったんだけどさ」

「なにー?」

「ほんっと、お隣さんのこと嫌いだよねー」

 うわ、イヤなことを聞いてくれる。おかげですっかり酔いもさめちゃった。思わず顔をしかめると、店主さんは笑いながら続ける。

「やっぱり原因はアレ?」

「それでなくてもああいう手合いは苦手なのー」

 あたしはこのお店の隣にある武器屋の店主が苦手だ。だからって、あたしだって子供じゃない。苦手ってだけでおちょくったり挑発したりからかったり陥れたりしない。

 きちんとそこには理由と言うか動機がある。




 それは、あたしがようやく駆け出しから抜け出して運び屋として名前が売れ始めたころのこと。

 店主さんと仲良くなって、お互いに仕事の愚痴を言ったりもできるようになったある日のことだった。




「こんにち……は?」

 ちょっと重たいドアを開けると、そこにいたのは店主さんじゃない誰か。赤毛で大柄、首にある傷跡がカタギじゃない……どちらかといえば冒険者(あたしたち)寄りの人間だと物語っている。そんな大男がカウンターの中にいたもんだからちょっとびっくりした。

「あれ、ここ、魔術道具屋さん……ですよね?」

「……ああ、客か。店主ならすぐ戻る」

 第一印象、なんか苦手。理屈とか抜きにね。よく言うでしょ、「そりが合わない」って。まさにあんな感じで。

 向こうもそう感じていたみたいで、どうにも気まずい空気が流れる。

「おまたせ。万能鍵ねー」

 保温布を持って、店主さんが店の奥から出てくる。すると男は「おう」と言ってカウンターの外に出た。どうやら在庫を持ってくるまでの臨時店番だったみたい。代わりに定位置についた店主さんはあたしに気付いたみたいだ。

「あ、いらっしゃい。MP回復薬だとちょっと待ってもらうことになるんだけど……」

「ううん、今日はこれね。……その万能鍵、売り物だよね?」

 カウンターの邪魔にならないところにポーションとペガサスの羽を置く。ついでに店主さんの手元を覗きこんでみると、それは明らかに売る前の万能鍵だった。

「あ、うん。この宝箱を開けようと思ってね」

 店主さんは目立ちにくいところに置いてあった箱をカウンターに置いた。


 美しい。そんな言葉じゃ表現できないにくらい凝った細工の宝箱。

 モチーフが何かはわからないけどどこか数学的な感じの見た目。白とこげ茶の木材をうまく組み上げている。すごく緻密に設計されたものだとすぐわかるんだけど、それだけにこれ見よがしとばかりに取り付けられた鍵穴がすっごく無粋。アクセサリ職人の娘としては見過ごせないものがある。

 それはさておき。


「でもそれ売り物じゃん。あたしのあげるから使いなよ」

「いいのか?」

 道具袋の肥やしと化しつつあった万能鍵を差し出すと、驚いたのは店主さんじゃなくて男の方だった。

「別にいいんですよ。運び屋って鍵はあんまり使わないし。正直もてあましてましたし?」

 肩をすくめて見せると、男はさらに目を丸くした。おや珍しい。運び屋って聞いた瞬間に見下されると思ったのに。あたしまでつられて目を丸くしてると、店主さんがちょっと笑った。

「あ、この人は隣の武器屋さんだよ。で、こっちは常連の冒険者さん。運び屋専門なんだって」

 ありがたくもらうね、と言って店主さんは万能鍵を鍵穴に使った。



 けれど。



「あれ?」

「ん?」

「え、なんで?」



 万能鍵を差し込める形には、なっていなかった。鍵穴はダミーだったみたいで、万能鍵は役目を果たせないまま固まっちゃった。

「うわ、ごめんね。せっかくもらったのに」

「貰いものだったから別にいいよ。それより、どういうことだろ」

 困るあたしたちを見つつ、武器屋さんは宝箱を手にとってひっくり返していた。

「どこかに鍵穴があるってことか?」

「そう考えるのがふつーだろうけど……ねえ、そういえばこの宝箱、どうやって持ってきたの?」

「それは企業秘密だ。動かせるからただの宝箱じゃないと思って相談に来たんだ」

 そうやり取りする二人を見て、どうやら口を挟まない方がいいかなと判断。基本的にダンジョンだの宝箱だのとは無縁だから、知恵を貸せそうにもないし。

 とりあえず急ぎの用事もないし、むしろこの宝箱の謎が気になるので今日は一日付き合うことにした。




 ……はいいものの。



 宝箱は開きそうにない。模様のどこかに鍵穴が潜んでいるんじゃないかと探してみたけどハズレ。どこかに隙間がないかと思ったけど、それもハズレ。そこまで判明した時点で日はもう沈みかけていた。

「参ったな、もう思いつかん」

「あたしもちょっと……ごめんね、万能鍵無駄遣いさせて」

「いやそれはいいんだけど……まさか、ぶっ壊す以外に方法がないとか言わないよね?」

 万策尽きたせいで、あたしたちはさすがに苛立ち始めていた。なんという時間の浪費!

 そのせいで、ちょーっと理性とかそういった何かが消えていたんだと思う。

 あたしの『ぶっ壊す以外ないとか言わないよね』発言に、武器屋さんが反応した。

「……もうそれしかないか。待ってろ、店から斧取ってくる」

「ハチェットならありますよ。もらったはいいものの困ってたのが」

「ねえ、道具袋に『もらったはいいけど困ってる』ものがいくつくらい入ってるの?」

 店主さんのツッコミはスルー。

 運び屋系のお仕事は何故かそういう報酬が多いんだよね。そういう『報酬がビミョー』って部分も、運び屋が馬鹿にされる理由の一つだったりするんだけど。貰った報酬を換金するのが、運び屋の稼ぎ方の基本だ。

 それはともかく、道具袋からハチェットを出して武器屋さんに差し出す。受け取った武器屋さんは重みを確かめると、納得したようにうなずいた。

 そして、床に置いた宝箱目がけて、勢いよく振り下ろす。宝箱はびっくりするくらいに呆気なく壊れてしまった。そして、中身は……

「何もない……ね」

「……マジ?」

 うめくあたしと店主さん。武器屋さんに至っては言葉もないといった様子だ。なんとなく気まずい空気が流れて、あたしはそれに耐えきれなかった。

「と、とりあえず! ポーション三個とペガサスの羽四枚と、あとロープひとつくれる?」

「あ、うん。七八〇ゴールドね」

「はい、ちょうどね。武器屋さん、役に立てなくてごめんなさい。そんじゃ!」

 その日は珍しく逃げるようにして店を後にした。





 後日。

 あの宝箱は異国の技術の粋を結集した『秘密箱』なるものであり、箱自体が高額で取引される美術品なのだと知人に聞かされ、ついでに説教された。

 あたしはそのいら立ちをそのまま箱破壊の実行犯、つまりは武器屋さんにぶつけ、武器屋さんは武器屋さんで『壊せと言ったのはお前だろうが!』となり……




「何度も言うけど、悪いのはあたしじゃないもん」

「それをお互い引きずってるのも相当だよねー」

 そう言って店主さんは苦笑する。それがなんだか無性に悔しくてグラスの中身を一気にあおり……





 その日の記憶はそこで途切れていた。

ハチェット……片手で持てる斧。武器って言うより工具とか道具に近い。あたしはナイフ使いなので用はない。

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