毒消しを買いに行こう
ポーションなどの道具からマント(防御+1)などの装飾品まで色々あるお店。
強制力のあるスキル:値引きを使うのは無粋でしょ。その結果店がつぶれたら面倒なのは客のあたしたち。
武器や防具の性能が良くてヒールがつかえても、いざというときの保険は必要。
いつも技術を磨いて待っててくれるあの子のお店が、あたしのお気に入り。
「やっほー、久しぶり」
焦げ茶色のちょっと重たい扉を開けると、まずは薬瓶たちがお出迎え。その少し奥にマントをはじめとした初歩的な防具。もっとしっかりした防具は隣の武器屋にあるらしいけど、あたしは行ったことない。行きつけの武器屋は別にあるからね。
「こんにちはー。今日はどうしたの?」
「毒消しある? 20個くらいあれば足りるとは思うんだけどさ」
「20個?! ちょっと待ってて。在庫があるか確かめるから。……急ぎ?」
「できればね。ちょっとドラズバルトに行くことになってさ」
これこれ、とペガサスの羽をちらつかせると店主さんは納得したようにうなずいた。
ギルドが最近始めた商売の一つで、転移の力を持つペガサスの羽に目的地を登録する仕事だ。羽は依頼を受けるとギルドから支給される。目的地を登録した羽はギルドに納品して、ギルドが売る。商人が商取引の為に求めたり金持ちが旅行の為に求めたりと、けっこう高値で売れる。冒険者としても別の依頼のついでの小遣い稼ぎになって、実はボロい商売だったりする。
で、今回あたしが向かうドラズバルトだけど、厄介なところにある。
三方を高い山に囲まれ、西にある磯から入り込むのが一般的な方法。けど磯に入り込むまでのルートは潮目が複雑で下手すると難破しちゃう。比較的安全に行ける航路もあるんだけどこの場合も厄介で、すっごく遠回りなうえに常に毒を吐きだし続ける島の側を通らなきゃならない。その間は常に毒消しを口に含んでおかないと毒に侵されてのたうちまわる羽目になる。
そんなわけで毒消しを買いに来たんだけど。
「ありがたいけど、わざわざこっちに来たの? 遠回りじゃん」
「だってここの薬があたし好みの味なんだもん」
呆れたように肩をすくめる店主さんだけど、これって結構重要なんだよ?
好きで選んだ冒険者稼業(あたしの場合はむしろ流れに逆らわなかっただけ)とはいえ、根なし草一歩手前の生活は地味にストレスがたまる。そんな中、冒険者必携アイテムとでも言うべき薬のたぐいの味ってのは定住してる人たちよりも重要なものになってくるんだよね。
おいしいものを食べながらの旅とまずいものを食べながらの旅、どっちが気分がいいか考えればすぐわかるでしょ?
確かにあたしの根城からドラズバルトに向かうとき、この町はむしろ反対方向なわけだけどそのあたりは問題なし。この町を登録した羽はいつも持ち歩いている。羽の値段は健康的な冒険者生活を送るための必要経費みたいなものだ。
「はい、じゃあこれ毒消しね。なんとか20個あったよ。あと、これはおまけのMP回復薬」
「やった! さっすが店主さんわかってる」
「そのかわり」
MP回復薬を取ろうとした私を制止した店主さんはにっこり笑った。う、何か企んでる。
「毒の島で緑青鳥の羽、採ってきてくれる? 報酬はこんなもんで」
さすが商売人、ぬかりなしってわけだ。
あ、緑青鳥ってのは毒の島にしかいない鳥。羽はなんかすごい薬の材料になるらしい。ローリスクローリターンな運び屋稼業には無縁の代物だけど。
提示された額はまあ相場通り。寄り道の手間を差し引いても……まあこんなものか。
「よっし、交渉成立ってことで」
代金を置いて、道具屋を後にする。
扉が完全に閉まるその一瞬前。「いってらっしゃい」と、声が聞こえた。
ポーションなんかの薬から、簡単な防具まで。冒険者なら一度は世話になる道具屋。
中でもちょっと強かな店主さんがいるこの店はあたしのお気に入り。
あたし好みの薬の味と、何よりもちょっとした気遣いがすてきなそのお店。
みんなには教えてあげない、あたしのちょっとしたオアシス。