音を運ぶ話・中
大陸の南部は気候が厳しい上に都市を作るのに向いた土地が少ない。地面がもろいとか、あとは水源が少ないとか。乾いた大地を馬でかけていくのは、たまになら気持ちいいものだけど毎日だとちょっと辛いかも。南の民が強いのはこういう土地で育ったからなんだろうなあ。少し砂が混じったような風が吹く。のどがいがらっぽかったので、飴代わりに毒消しを舐めた。
酒場の親父さんの口利きで馬を確保したあたしは、南部最大の都市からさらに南下していった。村と村との間は馬を一日走らせなきゃいけないほどの距離があるので、どうやっても一泊ずつしていかなきゃいけない。最初はよそ者だからと警戒されるけど刺青を見せて事情を説明すればみんな親切だ。そうやって走り回って三日(ついでなのでペガサスの羽根の地点登録もしておいた。売れるかどうかは知らないけど)、ようやく銀鷹の一族を捕まえた。
「おーい!」
「お前は……久しいな、何年振りだ」
「三年くらいですね。お嬢さんは?」
銀鷹の長は五十がらみのしぶいおじさま。暗い色の髪と日焼けした肌は南方の民としては典型的だ。あたしは、民族的なこともあって日焼けできないのでちょっとうらやましい。
「娘なら今は花嫁修業で婚家にいる。お前に会いたがっていたぞ」
「あーそっか。お嬢さんももう二十歳になりますもんね」
「そういうお前はどうなんだ。確か今年で」
「結婚する気はないです。あ、でも養子は欲しいなあ」
年齢はあえて伏せるけど、あたしだって本当は結婚して子供がいてもおかしくない。道具屋さんより年上だしね。なんか仕事してるうちにそういうの考えるの面倒くさくなったけど、養子は欲しい。せっかく築き上げた信頼や人脈、捨てるのは惜しいしね。
「お前たちは奇妙だな。伴侶を得て子をなすのは生物としての義務であろうに」
「あたしみたいなはぐれ者を代表格にしちゃいけませんって。あ、ところで今日はお願いがありまして」
これ以上話すといつの間にやら嫁入り先を用意されそうなのでさっさと本題に入る。結婚ってだけで冗談じゃないし、お酒がコミュニケーションツールな南の人は友達にはいいけど伴侶にはキツいしね。
「伝書矢を一つ融通してほしいんです」
「……あれを? だがあれは」
「南の宝ですもんねー……代替品とか、なんとかなりませんかね」
ダメ元で頼んでみると長はしばらくうなったあと「少し待て」と言っていくつかあるテントの一つに潜っていった。テントの中は彼らの領域。一応は身元の保証をされているとはいえ、単なる客人のあたしがホイホイ入って行っていい場所じゃないからしばらく待機だ。
遮るものがない南の空はどこまでも青い。宝石とも海とも違う、深くて鮮やかな青。こういう景色こそあの子たちに見せたいんだけど、景色をそのまま切り取る道具はないんだよね。絵もいいけど、もっとこう、見たものそのままを運ぶ道具ってないものかな。あると仕事もやりやすくなるんだけどなー。
……なーんて思っていると。
「来い」
「あ、はーい」
促されてテントに入る。ふわり漂う不思議な香り。なんだろう。花とも果実とも違う、どこか現実離れしたような香りだ。テントの中央に火があるのはよくあることとして、その向こうに座っていたのはあたしよりちょいと年上かなーくらいのミステリアスな美女だった。銀鷹の占い師さんだ。何度か顔を合わせたことならある。
「久しぶりね、お客人。またずいぶんな厄介事を背負わされてきたようだけど」
「お久しぶり。そうなんですよー。今回はどちらかといえば個人的な事情にちかくて」
ギルドはあまり関係ないということだけははっきりさせておく。ギルドに寄せられた依頼は『南方の民と渡りをつけられる人を探している』ってだけだ。まあ、あの地域で条件を満たしている冒険者はあんまり多くないし、個人的な付き合いとなればもっと限られるんだけどさ。
伝書矢は南の呪術師の秘伝の技とでも言うべきもの。どのキャラバンにも一人か二人は占い師やまじない師がいて、ある程度ストックを用意しておくものなんだって。作るにも日と場所を選ばなきゃいけなくていろいろ大変なんだ……と、ここまで説明を受けた。割と長い話だったけど退屈はしなかった。話が上手っていうのも占い師には必須スキルなのかな。
ま、それはともかくとして。
「じゃあ、そういう約束でなら融通してもらえるってことで?」
「ええ。けれど約束をたがえたら、その証をはがすわよ」
そう言って占い師さんはその綺麗な指先であたしの胸元を指す。契約に違反したら、身元保証も兼ねている刺青が施された部分を引っぺがすということだ。身元不明の怪しい人間に逆戻りしたら南での行動に支障が出るし、なによりも痛そう。恐ろしや。
「信頼には答えますよ。こう見えても、ギルドじゃ無遅刻無違反なんですから」
厳密にはバレてないだけの事態もあるにはあるけどそれは黙秘。少なくともわざと違反したことは一度もない!
「ええ、私たちはあなたたちを信じる気はないけど、私はあなたを信じてるわ」
にっこりと、わずかな隙もないスマイルで占い師さんはそうのたまった。