音を運ぶ話・上
運び屋は運べるものは何でも運ぶ。小さなものなら自分の道具袋に放り込んで運べばいいし、大きいものなら運んでくれそうな馬車なり何なりに渡りをつけて運ぶ。南のほうに行けばキャラバンっていう……行商人の集団みたいのがあって便乗できるから楽ちんなんだけど、あたしの根城付近にはそういうのがない。まあ、それを補って余りあるほどにいろいろとシステムが発達しているんだけどね。
「ねえ、今仕事請け負ってる?」
「今んとこ暇ですねー。メンテナンスに出してるナイフが戻ってから仕事探そうかと」
一仕事終えてのんびりしてたある日、イクダールさんにそんな風に声をかけられた。
「じゃ、この仕事受けてみない? ちょっと厄介そうなくせに地味な仕事だから誰も受けたがらなくて」
「厄介そうで、地味?」
「あるモノを運んでほしいんですって」
そう言って渡された紙片には待ち合わせ場所が書かれていた。匿名の依頼は実はあんまり珍しくない。魔物狩りや遺跡荒らしだとそうでもないんだけど、運び屋は依頼したことすら秘密にしたい場合って結構多い。傭兵もそうらしいと知り合いから聞いた。偉い人だと護衛を雇った事実すら隠す必要があったりするんだって。大変だなあ。
さて、待ち合わせ場所はギルドからてくてく歩いてさすがに疲れる程度の距離にある酒場。乗り物欲しいなあ。昔、知り合いのおじさんが作ってくれた絵本にドラゴンにまたがった勇者が出てきたなあ。あれちょっとうらやましい。ドラゴンなら飛べるから最短距離いけるじゃん。鱗だからノミ知らずだろうし。まあ、それはそれとしてあたしが専用の乗り物を手に入れることはないんだろうけどね。維持費とか考えるとどうしてもためらう。それに運び屋は身軽が身上だし。
そんなことをつらつら考えながら歩いていたら到着した目的地。そこにいたのは。
「あれ、依頼人はまだ来てないのかな。早く着きすぎちゃったかも……ってかあんたはここで何してんの」
「逃げるな。依頼人は俺だ」
よりにもよって天敵の武器屋(気に食わないことに親友の夫!)だった。
「おばちゃーん!」
「おばちゃん、こんにちは」
道具屋の店主さんが結婚して数年。可愛い子供が二人も生まれ、二人はいい感じに私に懐いてくれている。おっとり優しいお兄ちゃんとまっすぐ突き進んじゃう系の妹さんはなかなかにいいコンビだ。今も妹ちゃんは私にじゃれつき、兄くんはそんな妹ちゃんをさりげなく引き剥がす。うん、なかなかいい紳士になるぞ兄くんは。間違っても父親みたいな粗暴系には育たないでくれ。
「こんにちは兄くん妹ちゃん。ちゃんといい子にお母さんの言うこと聞いてた?」
「きいてたー!」
「うん!」
「よーしよし。いい子の二人にはおばちゃんがお土産をあげちゃおう」
道具袋からお土産に向いていそうなアイテムを探る。うーん、この間は琥珀樹の蜜だったから食べ物系じゃないほうがいいかな。でもおもちゃの類は取り合いの危険。仲良く半分こ出来そうなものって……お、発見。
「はい。どうぞ」
「平べったいいしころ?」
「あれ、兄くんはおはじき知らない?」
私が子供のころは遊んだけどなあ。今の子たちは遊ばないんだろうか。あ、妹ちゃんが色ごとに選別し出した。そういう遊びじゃないんだけどなあ。何をやっているのかと覗き込んだ道具屋さんがすぐに私に驚愕のまなざしを向けた。
「ちょっと、これって……」
「うん、おはじきだよ?」
「じゃなくて! どう見ても宝石でしょ! 高級品じゃない!」
あ、そっちに食いつくんだ。うーん、宝石は宝石でも加工段階で出たクズを流用しているからそれほど価値はないんだけどな。実家に行けば結構転がってるし。
「まあ、あれだよ。今から宝石の種類を教える英才教育?」
「今考えたでしょ、そのいいわけ」
「うん」
「ねえねえおばちゃーん。これどうやってあそぶの?」
「じゃあ一緒に遊」
「その前に仕事の話だ」
ちっ、久しぶりに二人と遊べるチャンスだったのに。相変わらず空気を読まない奴だ。
台所からいいにおいがする。手付金代わりに夕食をごちそうしてくれるそうだ。道具屋さんのご飯も久しぶり。そのにおいにわくわくしながら
「で、依頼内容は?」
「音を運ぶものを探している奴がいるんだ」
「音を運ぶ……お貴族様御用達の宝石箱? あれ、呆れるほど高いよ?」
「いや、それじゃない。又聞きなんだが声を封じ込めて運べるとかなんとか……」
お貴族様の宝石箱にはどんなからくりだか知らないけど音楽が流れるものがある。何のためにそんな小細工をしたんだかは知らないけどね。というかお貴族様ってそういう無駄なもの好きだよね。それはそれとしてだ。
「声を封じ込めて……?」
「南方にあるらしいんだが」
「あー! 伝書矢のことね」
このあたりはギルドの力が強いからあんまり必要ないんだけど、南方ではギルドはむしろマイナー。昔ながらの遊牧民やキャラバンたちが幅を利かせていて、ギルドとは対立気味。その理由は三日三晩かけて説明する必要があるからさておくとして、問題は伝書矢のことだ。
「でもあれは彼らの特権というか門外不出的なもんだからなあ」
「なんとかならないか」
「必要としている人がいますよーってそれとなく知り合いに流すくらいは出来るけど。けど伝言なら普通にギルド使えばよくない? 何に使うの、そんなマイナーで扱い難しいの」
あたしは一応ギルドの所属だけど、いろいろあって南方の隊商とも個人的につながりがある。ものすごーく頑張れば伝書矢一つくらいならもしかしたらどうにかできるだろうけど。
「知り合いが探してるんだ。声を届けたい相手がいるらしい」
「声を? 伝言じゃなしに?」
「俺も詳しいことは知らねえからな。そもそも詮索するようなことでもないだろ」
それは、確かに。守秘義務は商人にとっては基本中の基本だし。あからさまにヤバい依頼は受けない主義だけど、それを抜きにしても細かいことを詮索しないことも必須要素ではある。あるんだけど……今回はかなり根気がいるわけだから理由くらいは聞きたいと思うのは変じゃないと思いたいなー。
「なに、そんなに難しい依頼なの? あ、ご飯もうすぐできるよ」
「難しい、のかな? どこからとっかかりをつけたものやらって感じ?」
ふわりと優しいにおい。オニオンスープと見た! となると薄く切ってこんがり焼いたパンも付くかな。焼いたチーズの臭いがするのがすごくうきうきする。チーズってそのままでもおいしいけど焼くと格別だよね。ほんのり焦げ目がついたところは味も香りも舌触りも最高。
においをかぎつけたのか、兄くんと妹ちゃんが外遊びをやめて家に駆け込んできた。言われなくともまず手を洗うなんていい子たちだなあ。
伝書矢というのは、南の民たちが使う伝達手段。ギルドの連絡網よりも早いんだけど門外不出みたいになってる。あたしも実際に使っているのを見たのは三回くらいしかないんだけど、あれはすごい。矢じりの部分に特殊な術式が刻み込まれていて、それを使って声を覚えさせるんだって。それを放って刺さった衝撃で魔術が発動するんだとか。……ちゃんと目的通りに射抜ける保証があるのかと聞いたら、血でひきあうようにしてあるんだとか。そりゃギルドじゃ使えないわ。
南の地方最大の都市までペガサスの羽根でひとっ飛び。さて問題はここからだ。何せ彼らは昨日までいたところに今日もいるとは限らないから。町の酒場で情報収集するんだけど、こういうとき下戸だとつらい。南の人たちはなぜかみんなして酒豪でさ、酒を酌み交わすのが一種の儀式みたいなものなんだよね。酒場で酒以外のものを頼むととりあえず怪しまれる。なので、切り札をさっさと出しておくにこしたことはない。
「銀鷹の長の友だけど、今、銀鷹がどこにいるか知らない? それとハーブ水あるかな」
胸元を少しだけくつろげて鎖骨の下に刻んだ刺青を見せるとマスターの顔から訝しげな色が消えた。うん、効果抜群。十年くらい前、とあるキャラバンの長の一人娘を誘拐犯から保護したことがあって、それ以来あたしはその隊商と付き合いがある。ギルド側からはあまりいい顔されないけど、きっかけが人道に基づいたものだから見て見ぬふりされている。胸元の刺青はその時にお礼としてもらった一種の証文みたいなもの。隊商の一員としての身分証も兼ねているんだって。ちなみに南の人たちはあたしたちの顔をあまり判別できないみたい。民族違うからねー。
「何年振りだ。しばらく見なかったな」
「一応ギルド所属としてはそうそうこっちに顔を出せないんだよ」
「こちらに来ればいいだろう。俺たちは歓迎するぞ」
「そうしたいのはやまやまなんだけどねー」
曖昧に笑ってごまかすという文化がないのは不便だなあ。それでもしがらみっていうのはどこの民族でもあるみたいでマスターは察してくれたみたい。ハーブ水に少し蜜を垂らしたもの……このあたりじゃ子供の飲み物なんだけど、それと一緒に情報も渡してくれた。今、彼らは馬を三日ほど走らせた町にいる、らしい。……まだ残っていてくれるかどうかは割と運次第なんだけどね。