そんな、二人
向き合う男女の間に、一通りの書道具がある。
墨も足され、すぐ真白の紙に文字が生まれるだろうに。
二人はただ、何もない紙を見つめる。
「そんなに名付け、が大事か?」
柳色の着物をまとった青年が問う。
正面に座った、Tシャツにジーンズの少女が答える。
「命名、は文化人類学の視点から述べると二つ、意味があるそうです」
「二つも?」
「はい。一つは一清さんがご存知の通り、“ラベル”を貼り付けること」
「それ以外に何がある?」
「もう一つは“区別”をつけ、存在させることです」
「存在させる…」
「はい。この例には色がよく使われます。虹は日本では七色ですが、国によっては三色とみたり、八色にみたり」
少女が部屋の隅に置かれた花器に、まとめられた草花を示す
「差をつけることで、緑のなかから、黄緑色が生まれたり。
赤のなかに朱、紅をつくり、青の中に蒼、藍、縹を生んだり。
・・・差を生んだのか、違う国の差を混ぜたのかは色の歴史を知らねばわかりませんけど」
だから、名前は大事なのではないでしょうか。
対象を“もの”という括りから区別をつけ、“個”を存在させるのですから
「橘の中であなたを区切り、存在させるのに一清という名があるということです。
ということで一清さん」
「子どもの名前わりと真剣に考えましょう?」