表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/39

【番外4】混信 ※前書きに注意があります

この話はサイトの8周年企画で書いたもので、「親しい間柄ですか?」という短編連作(http://ncode.syosetu.com/n1291w/)とリンクしています。

ですので、これだけを読むと分からないところもあるかもしれません。

(ちなみに、「親しい~」は、ロボット少女「ファー」と、同級生の男子高校生「テス」との恋愛ものです)

「うわあ……」

 色とりどりのケーキが並ぶショーケースを前に、聖は声を上げていた。と言っても、ケーキを見て歓声を上げたわけではない。頭に響いてくる音が、これまで経験したことのない『何か』だったから――それに耐えかねて、つい漏れてしまった嘆息だ。

 聖の耳に入ってきたのは、声にならない声。それは雨の音にも似ていたし、ラジオのノイズのような音にも、ため息のようにも聞こえた。聖の経験から判断するに、人間の声ではない。

(いったい、誰だ。……いや、何だ)

 ショーケースから離れて周囲を見回してみても、カップル、親子連れ、あるいは女性のグループ。みんな、ごく普通のヒトビトに見える。人間以外のものは、存在していないようだった。

(気のせい、かな)

 週末を家族のいる街で過ごし、今は日曜の午後。駅前に人気の洋菓子店があると聞き、電車に乗る前に、澪と嘉章への土産を調達しに来たところだ。

 ――静養先から久々に出てきたんだし、自分が思っているよりも、耳が疲れているのかもしれないな。

 妙な考えを振り払おうと、聖は再びケーキの群れに目をやる。秋ならではの彩り、栗、ぶどう、りんご。澪が好きなのは、どれだったっけ。

 目移りしていると、耳栓を飛び越えて、再び頭の中に声が響く。

『喧嘩するほど仲がいい、を上書きします。実行可能の場合、実践し、モニタリングデータを蓄積します』

 今度ははっきりとそう聞こえた。

(……何だそれ)

 聖は、人間や人間以外の者たちの心を聞き取ってしまうほどの聴力、『聞き耳』の持ち主だ。その耳に届くのは、喜び、悲痛な叫び、憎悪などの強い感情がほとんど。

 一方、今の声は無表情で、訴えたい内容が何なのかを読みとることはできなかった。呟きの中身も、意味がよく分からない。これでは、声の主を推測するのは難しい。

 それらしい『何者か』を探そうと、聖はケーキの注文に並ぶ列から離れ、そっと振り向いてみる。しかし、あやかしの影、人に化けた何からしき者は、やはり見つからない。

(空耳?)

 これまで、聞き耳に空耳なんてことはなかった。ただ、そうとでも思わないと次の行動に移れないのが自分のそんなところだ、と聖は一人で苦笑いする。聞こえた声からすると、幸いなことに助けを呼んでいるわけでもないし、差し迫って周囲に危機が及ぶとも考えにくい。無視しても構わないだろう。

 聖は、再び行列の後ろについた。

 程なく、先ほどと同じ『誰か』の声――今度は、心の声ではなく肉声だった――が聖の耳に届く。


「――喧嘩をしましょうか」

「え?」


 落ち着いた声の女性は、聖が心の声を聞いた『誰か』。そして、その『誰か』の申し出に困惑している様子の、若い男の声。『誰か』の連れだろうか。

 確かに、『誰か』は『喧嘩するほど仲がいい』を実践するとか言っていたような気がする。白昼に喧嘩しようと言われたのでは、話しかけられた方も戸惑うのも当然だ。

 残念ながらというべきか、その後、喧嘩を始めた男女は聖の近くにはいなかった。連れの青年は、突飛な提案には乗らなかったらしい。賢明な判断だろう。

 

 リンゴを丸ごと使ったアップルパイは、澪の分。和栗のモンブランは、嘉章の分。やっと目的を果たし、店の外に出たところで、聖はまた声を聞いた。

『君のそういうところ、充分にロボットらしくない――ううん、人間らしいと、僕は思うんだけど』

 その声からすると、さっきの『誰か』の連れの青年に違いない。ロボットという、日常ではあまり使う機会のない単語が妙に心に引っかかる。急にSFの世界に投げ出されたようで、聖はつい足を止めてしまっていた。

 ちょうど店の真ん前で、聖同様に立ち止まっている高校生カップルがいる。彼は私服だが、彼女はブレザーの制服姿。そして、彼女の髪の毛は日の光を浴びて眩しい銀色――人工的にしかあり得ない色をしていた。逆に表現するならば、髪の毛以外は何らヒトと変わりない外見と言っていい。

(ロボット? まさか、本当に?)

 混乱する聖にはまるで気づかない様子で、彼の方が彼女ににっこりと笑いかけた。

「ところで、ファー。ケーキは食べれる?」

「多量では体内の計器にエラーが生じる可能性もありますが、少量なら。……人間の嗜好にも興味がありますし、ご一緒します」

 それは、まさしく『誰か』の声だった。彼女がロボットであるならば、最初に受け取ったラジオのノイズのような音も、上書き、計器、エラーという言葉もしっくりくる。常識を越えた結論だけれど、そう考えたほうが自然なら受け入れざるを得ない。それを言うなら自分の耳だって一般の常識の範疇には収まらないのだ。

 どうやら、聞き耳は思考を持つ機械の声までもを拾うことができるらしい。そして、世界は聖が想像するよりもまだまだ広いらしい。

 ケーキ以外にも澪への土産ができたことを密かに喜びながら、聖は洋菓子店を後にした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ